第2話 無償ではたらく人が重宝されます。

「インターンのコを入れるんだって。」


終業後、居酒屋のカウンターでの夕食兼飲みの席で、同期入所の貞子さだこが言った。


「そのコがすごく模型作りがうまいらしくて、模型作りのために社員を雇っておくのはもったいない。ということになったらしいよ。」


「模型づくりのための社員って・・・。あたしはそんな風に思われてたんかい。」


「だって、華ちゃん、絵描けないじゃない。CAD(PCで図面を書くソフト)もイラレもフォトショも苦手だしさ。」


まあ、その通り。

あたしの日々の業務は、時々図面の一部を書いたり、現場で打合せをしたりもするが、あくまでアシスタント扱いで、メイン業務(?)は模型作りだ。

貞子が言うように、パソコンで図面を書いたり、フォトショップや、イラストレーターといった、施主の目を引くためのプレゼンテーションボードを作るアプリケーションの操作も得意な方ではない(できないとは言ってない!)。


対して、彼女はこれらの作業に強く、建築学科卒だったこともあって、デジタル関連にも強いので、デザインから確認申請業務まで最近は任されている。

20代の女性設計者にありがちな、妙に才走ったところもないので、施主の奥様方との打ち合わせもスムーズに行っているようで、所内の評判もよい。


「インターンってことは、お金がかかんないってことだもんね。」


どこの設計事務所も、大学やデザインの専門学校の学生を「インターン」と称して迎えている。

簡単に言えば「職場体験」で、設計を志す学生は、設計事務所で模型の作成や製図作業の補助などをする。

設計事務所側は職場体験をさせてやる代わりに、それなりのスキルをもった労働力を無償で使えるというメリットがある。


インターンに来る学生側にとっては、その設計事務所に気に入られれば、就職できるかも・・・。という期待もあるので、無償とはいえ、真剣に作業をする。


ひどい事務所だと、「いつかここに就職できる・・・。」という期待をさせておいて、卒業後何年も小遣い同然の給料で「インターン」として働かせるところもあるらしい。


4年いても最近主流のデジタルの設計業務がうまくこなせない。設計のセンスもない正社員を雇っておくのは厳しい。でも、模型の製作が得意なヤツがいなくなるのも厳しい。コストカットもしたい・・・。

というところで、募集したインターンにいい人材がいたってことらしい。


「あたしのシゴトはインターン以下ってことかあ・・・。」


「というか、○○研究室ではかなり優秀らしいから、所長も育てたいんでしょ。華ちゃんの模型業務も引き受けてくれて、しかも将来の戦力になるんだったら、そりゃそっちを雇うでしょ。それに、あの秩父の別荘がダメになったから、当座のお金もほしい。で、一刻も早くひとり分の経費も減らしたかった・・・。そんなとこでしょ。」


基本設計もほとんど終わり、確認申請業務も完了していたのに、いきなり音信不通になった貞子の担当していた中国人富豪(?)の物件のはなしだ。


「だから、あの物件はやめとけ。ってあたしも所長に言ったんだけどなあ」。


貞子はビールを飲み干す。


あたしも模型をつくったが、勾配の激しい敷地に、まるでフランクロイドライトの楽水荘のように建物がへばりついている物件で、某建築サイト経由で来た仕事だった。


施主は日本語が通じず、通訳を伴っていたが、なかなか意志が通じない。と貞子は言っていた。


あたしもため息ついてグラスワインを飲み干す。

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