第3話 辟易後退

 「総員、構え!斉射!」

 部隊長であるサクヤさんの声がコクピットに響く。

 その声を合図に、俺とオカさんは機体に装備された銃器の引き金(トリガー)を弾く。

 7メートルクラスの人型機から放たれる弾丸は、銃弾というより砲弾というべきもので、それ相応のマズルフラッシュと轟音が響く。

 次々と放たれる弾丸が、こちらに向かってくる群れの正面の数体のイントルーダーの身体に吸い込まれていく。

 鉄の弾がヤツラの身体にめり込み、その肉を抉る。抉られた箇所からは体液が流れ、赤黒い肉体内部が除く。

 だが――ヤツラは死なない。

 僅かに足を止めるだけで、何発撃ち込もうが倒れる気配が無い。

 「くそ、クソ!いい加減、倒れろよ!」

 オカさんが焦りにも似た怒号を発しながら、陵Ⅱ型に装備された狙撃ライフルを撃ち込み続ける。

 頭部、胸部、腹部、腰部――狙いを変えて俺もサクヤさんも撃ち込むが、手応えが無い。

 「榴弾を使用する!総員、退避!」

 ヤツラの歩みは非常に緩慢ではあるが、徐々に隊との距離が近づくのを見たサクヤさんが、指示を出した。

 それを聞いた俺とオカさんは、射撃を切り上げ榴弾の爆発範囲外まで後退。爆発後の破片の事も考慮し、近くのビルの背後に隠れる。

 「吹き飛べ!」

 それを確認したサクヤ機が、腰に装備されたグレネードのひとつを放る。敵群れの中に榴弾が入るのを見ると、サクヤ機もビルの裏側に後退。

 数秒後、榴弾が爆発する。銃弾とは比べものにならない爆発と火花が上がる。

 この榴弾こそが部隊の一番の火力、頼むから効いていてくれよ。

 俺達は爆発でモニターが煙る中、祈るようにしてヤツラの姿を確認する。


 ヤツラは、イントルーダーは――生きていた。


 爆発の中心にいた数体は、跡形も無く吹き飛んだ。

 周囲の群れもダメージを受けた。

 身体が大きく抉られ、肉は焼け爛れて骨までが見える。腕や頭が吹き飛んだ個体も見える。足を失い、地面に倒れ伏せているヤツも見える。


 しかし、ヤツラは止まらない。

 如何なるダメージを受けようとも、血と肉と内臓を引きずりながら、こちらに行軍してくる。爆発で起きた炎に身を焼かれながらも。

 足を失ったモノは、血だまりを作りながらも手で這ってくる。


 アレルヤ、アレルヤ、アレルヤ、アレルヤ、あれるや、アレるや――


 祈りの言葉は止まらない。


 「この狂信者共が――!」

 ダン、とオカさんがコンソールに拳を叩き付けた音が聞こえた。

 「なんで、なんで死なねえのさ――!」

 「「……」」

 その思いはサクヤさんも俺も同じだった。

 ただそれでも黙っていたのは、戦闘経験がオカさんよりも多い俺達はヤツラがそういうモノだと知っているからだ。

 それからヤツラと俺達の、聖夜の夜に命をチップにした鬼ゴッコが始まった。


 21:15


 「オペレーター。もう一度、確認する。本部は何と言っている――」

 「作戦本部よりB108小隊に出ている指令は――引き続き戦線の維持のみです!隊長の撤退の判断を伝えましたが……でも、返事は……」

 「クソ!」

 サクヤさんが叫ぶ。

 「あ、あの私…もう一度、本部に上申してみます……」

 「ああ、怒鳴って済まなかった……よろしく頼む……」

 サクヤさんがハタケヤマさんに謝る。何も彼女が悪い訳では無いからだ。

 「ちくしょうめ!所詮、一兵卒は、捨て駒で見殺しかぁ!」

 通信終了後、オカさんも声を荒げた。


 イントルーダーとの交戦開始から、約一時間。

 部隊の状況は、控えめに言っても悪かった。

 こちらの手持ちの武装では有効打が出ない事が分かった後、部隊はジリ貧の後退戦を繰り広げていた。

 ただ、ただ下がるだけ。

 打って出る事は数の違いから見ても、自殺行為。こちらが三体に対して、ヤツラはおよそ三十体。ハッキリ言って勝負にもならないだろう。

 更に良くないのは、手持ちの火器の装弾数がいよいよ切れかけてきた事だ。

 弾が切れては、敵を足止めする事も難しい。

 この事を見越して、二十分前からサクヤさんは支援要請、あるいは撤退を上申したのだが結果はこの有様。

 ああ、もうぶっちゃけ最悪だった。


 「さて、これからどうしますか……?」

 最後の榴弾を群れに放り込んで、敵の群れから大きく距離を放した後でサクヤさんは俺達に聞いた。

 もうすぐ割り当てられた戦闘エリアのボーダーラインに着く。撤退命令は出ていない。戦闘エリアを出てしまえば、敵前逃亡と見なされて軍法会議。良くて最高クラスの懲罰か、悪くて銃殺刑か。

 だからと言って敵に残った武器(ナイフ類)で白兵を挑めば、ヤツラの腹の中。

 「死ぬしかねえのか!」

 オカさんが叫ぶ。

 どちらを選んでも、どうにかなりそうな目途は無い。

 「……オレ、死にたくねえよ…そりゃあ、ロクな生き方はしてねえけれど、こんなのはイヤだあ……」

 オカさんの声が潤む。

 元々軍人では無いオカさんの思いはストレートだ。それは俺もサクヤさんも同じだ。

戦場にいるからといって、犬死にはしたくない。

 理不尽な命令で、玉砕なんかしたくない。

 アイツらに喰われたパイロットみたいに、悲惨な死に方はしたくない。

 ――だからといって、この状況はどうしたものか。

 そう、頭を抱えて悩んでいる時だった。


 「皆さん、朗報です!補給の許可が出ました!それから今、近隣のエリアで交戦中の部隊が敵を排除した後になりますが、援護に来てくれるそうです!」


 ハタケヤマさんからの通信が、部隊全機に響く。

 「……これは、何とかなりそうなの?」

 涙声のままオカさんが呟く。

 どれほど後になるかは分からないが、補給を受けて耐え凌げば――この最悪で最低な戦場から生還出来るのか。

 俺達はこのプランに賭けるしかなかった。


 21:32


 「隊長に進言がありますが、よろしいでしょうか?」

 補給車が待つ指定されたポイントに向かう途中で、俺は隊長であるサクヤさんに言った。

 「何だ、B2」

 B2、というコードネームで呼ばれた俺は答える。

 「今、補給車の補給リストに目を通していたのですが――B1、隊長の柩式ならば、これらの装備を殆ど使用出来るのでは?」

 「つまり、何が言いたい?」

 「――要するに、これらの装備を全て取り付ければ一時的にもヤツラに対して打って出られるのでは」

 「それは、可能かもしれないが……」

 サクヤさんは渋る。

 補給車には普段、警邏部隊では使用されないロケットランチャーやミサイルポット、バズーカなどの重火器が多数用意されている。

 これらを全て使えば、イントルーダーの群れの数を大きく減らせる可能性がある。数が減れば、それだけ生還の可能性は上がる。

 ただし、問題が幾つかあった。

 ひとつ、これらを使用できるのはサクヤ機――すなわち柩式だけ。

 棺式甲型――現在、ニホンの主力となっている人型機には、重火器群を扱う火器管制が充実している。しかしそれより旧型であるオカ機の陵Ⅱ型では扱いきれず、俺の陵Ⅰ型に至ってはロクな火器管制が積まれていない。

 こうなると、その兵装全てをサクヤ機が装備する訳だが、その分だけ補給する時間も掛る。

 その間は俺とオカさんだけで、敵の群れを相手にする必要がある。

 これがふたつ目の問題だ。

 現状ですら厳しいのだ、ひとりが欠けただけでも大穴である。

 「時間は俺が稼ぎます――」

 「――大丈夫なのか?」

 コクピットのモニターの隅に映る、通信ウィンドに映るサクヤさんに頷く。

 「分かった。B2、許可する」

 「了解しました。補給後、B2は遊撃行動に入ります。B3のオカ機は援護として……」

 この一連の流れを聞いていたオカさんが、話を遮って俺に言った。

 「だめだよう、クウさん!ひとりで特攻なんて……そんなの、だめだあ――!」


 オイ、こら。誰が死にに行くと言った?

 大体、オマエも行くんだぞ?

 主に援護だけど。

 キチンと話を最後まで聞きなさい!

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