しょうじを通して差し込んでくる月のあかりが、まぶしすぎて眠れない。それにあんまりにも静かすぎる。すいこまれるような、静かさ。

寝返りを何度かうっていたら、柱時計が午前二時を知らせた。

・・・もうがまんできない。あの光の正体を探しに行こう。

隣で寝ている母さんとひろ子を起こさないよう、そぅっと部屋をぬけ出し、家の外に出た。

わぁっ、満天の星だぁっ!

じいちゃんの自転車をなたから引っ張り出す。少し大きすぎるかな。よっこらしょっとまたがって、ゆかたじゃ、ちょっとこぎにくいけど・・・行くぞ!

夏の終わりの夜風って、少しぬるい感じがする。心地いいしめり気と草のにおい。時々、ライトに照らされるコスモスの花。へぇ、野生で咲いてるの、初めて見た。

自転車で東に二十分位こぐと、ものすごい数のコスモスの野原が見えてきた。赤色、ピンク、白・・・星のかたちの花たちが波のようにいっせいにゆれる。まるで、ぼくに手招きするみたいに。

そして、また耳の気圧が下がる。今度は低いチェロみたいな、変な音。音といっしょに、花がぼーっと光って見える。月明かりのせいかな。

ぼくは、自転車をみちばたに止めて、その草原の中に入って行った。母さん、コスモス好きだし、つんで帰ったら、夜中にぬけ出したの、おこられずにすむかも。

「その花にさわらないで!」

とつぜんの声が、空気をするどく動かした。本当に、花を折ろうとしたぼくの右手を、風がはらいのけたんだ。

まずい・・・そういえば今ってうしみつ時だ。おまけに、ここはおはかのそば! ・・・でもゆうれいにしちゃ元気な声だね・・・。ぼくは、ゆっくり、ゆっくり、ふりむいた。

月の光をぼーっとてりかえすコスモスに包まれて、その男の子は立っていた。ぼくと同じ年くらいの男の子。

「ごめんね、大きな声をだしちゃって。その花い妹のともだちなんだ」

花が、ともだち?へんなことを言う。

白いTシャツ、半ズボン、一見ふつうの人間だけど、こころもち手足が細長い。髪の色だって、銀色かな?と思うけど水色かも。目ははちみつみたいな金色。・・・ああ、そうかぁ!

「きみ、宇宙人?さっきUFOからぼくを見てたろ?」

「ボクはモエギ。うん、確かに、さっききみを見た。きみがともだちのヒロキに似てたんで、あれ?と思ってさ」

「ヒロキ? それ父さんの名前だ。ぼくは涼平」

そうぼくが言うと、モエギはさびしそうにほほえんだ。

「ボクの星での一週間で、やっぱりこの星では20年くらい過ぎてしまうんだね」

そう言ってモエギはお寺の方をまっすぐ指さした。境内に、大きなニレの木がある。モエギは風のような笑顔で、ボクに手をさしのべた。

「おいでよ」

ぼくたちは、手をつないでその木に近づいていった。

「ボクは、ヒロキとここで出会ったんだ」

軽そうな体ですいすいと、モエギはその木に登り、いちばん低い、太い枝にすわった。木登りに慣れていないぼくは、見かけよりうんと力持ちの彼にひっぱりあげてもらい、隣の枝にすわった。

「みきに耳を当てて、目を閉じてごらん」

モエギの言うとおりにしてみると、頭の中にセピアがかった映像が流れる。ぼくによく似た、これは幼い日の父さん。そして今と変わらない、モエギの笑顔。

「ボクの星はこの星よりも自転するスピードはおそいんだ。だから、時間の流れ方も全然ちがってる。これは、ボクにとっての一週間前・・・この星での20年前。この木と、ボクの共通のきおく。ほら・・・次はもう20年昔。この木はまだ登れないくらい小さかったっけ。ぼくは、きみのおじいさんとも、ともだちだったんだ」

いがぐり頭の、やっぱりぼくそっくりの少年が、モエギといっしょに、木の前の空き地に何かの種をまいている。あ、もしかしてあのコスモスたち?

「ボクの星の二週間前に、妹から預かった種をまいたんだ。ふしぎだよねえ、何十光年もはなれたところにある星なのに、同じ花が咲くんだよ」

ぼくは、モエギが話すスケールがでっかいぐうぜんの話に大感激した。宇宙には無限の星たちが存在しているんだもの、こんなささやかなぐうぜんがあっても、おかしくない、と思う。感動をかみしめながら、目の前の星空のような花の海をながめていた。

「ボクの妹のルリは、生まれつきの重い病気で、外で自由に遊んだり、ましてボクらみたいな宇宙旅行もできなくてさ。家の中で花や草を育てたり、星を観測したりするのだけが、楽しみなんだ。特にね、ボクらの星と環境がよく似ていて、同じ植物が育つ、この地球が大好きなんだ」

そう言いながら、モエギは目の前の風景をいとおしそうに見回す。彼の細い髪は風になびく、というよりも、風とじゃれ合って、遊んでるみたいだなぁ・・・。

「でもね、ルリも大きくなって、少しくらいきつい手術がまんできるくらい体力がついたんで、半年前に入院したんだ。その日にね、ルリの一番好きな花の、コスモスの種をひとつぶ、渡されて、地球のどこかにまいてほしいって頼まれたんだ。退院するころには、うんと増えているはずだから、それを見に来るんだって」

「ふーん、それでモエギは時々様子を見にきているんだね」

「うん、来るたびにどんどんふえていくから、びっくりするよ。早くルリにも見せたいなぁ」

モエギはそう言って星空を見上げた。

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