トラック旅団

 一週間ほど飛行は禁止されてしまったので、ネルはシミュレーションシステムを使い、操縦練習に勤しんだ。


 山崎さんが地平線の先に何か飛行機のようなものが飛んでいるのが見えたからという。


「こっちから見えるんだもの、あっちから見えていても不思議じゃない」と言う角川老人の忠告に従った為だ。


 しかし、一週間ほどすると、黒天狗団の本部から援護要請が来たのだ。


 何でもキャタピラを履いた本格的装甲トラックの旅団が下野毛山脈を越えてきたらしい。


 本部には戦車があるが、空中から攻撃すれば尚威圧感が増し、相手に打撃を与えられるだろうと本部の連中は考えていた。


 トラック旅団は猫撫山パーキングエリアを既に突破していて既に下野毛山脈のこちら側も越えたらしい。トラック旅団は長距離寝台装甲バスと同じ用に装甲も厚く、武装もしていた。


「山脈のこちら側に来たならチャンスも多い」と黒天狗団本部の賊長は鼻息を荒げたと言う。


 サンドバイクに乗ってきた伝令係は、是非とも飛行部隊も助力して欲しいと懇願した。


 分前わけまえも半々だということだったので、小暮川はネルと角川老人、マルさんに相談した。


「武装トラックを攻撃する仕事が入った。やってみるかね?」小暮川は言った。


 ネルは断る手もなかったので二度返事で了解したが、角川老人はちょっと黙り込んだ。


「相手は対空砲を持っているのかね?」角川老人が訊ねた。


「多分持ってないだろう」と小暮川は少し自信なく言った。「空から攻撃してくるなんて考えてもないだろう」


「しかし、以前、運転席の上に対空砲架を乗せているトラックを見たことがある」角川老人も自信なげに言った。


「爆弾を積んでいってはどうだろう」角川老人が提案した。


「そんな事したら元も子もない。それに黒天狗団のどこを探しても投下用爆弾は

ない」小暮川は今度はキッパリと否定した。


「牽制してくれればいいだけです」伝令が言った。


「角川のじいさまがやらなくても俺はやるよ」ネルは断言した。「燃料の大半を売ってくれるのは本部だもの。少しくらい恩返ししてもバチは当たらないよ」


「ネルがそこまで言うなら」と角川老人は観念した。


 どうやら角川老人は特に敵を観察するより他にすることがなかった事に引け目を感じていたらしい。


「虎股峠に誘い込んでくれるだけでいい」と伝令は言った。「後はウチラが先頭車両をやっつけるだけで制圧できる」


 伝令が帰ると、ネルたちは出撃準備に取り掛かった。


「今度は小グループのパーティーじゃないぞ。きちんと訓練された兵士と言って良いかもしれん」小暮川は気概を見せた。


「しっかりやってこいよ。お前なら出来る」小暮川はネルの頬をパンパンと叩いた。


「了解です。村長」ネルは小暮川に敬礼した。


 ネルはれっきとした強盗作戦に参加できることに喜びを感じていた。両親も兄弟もいない自分を村においてくれて、食事の世話までしてくれる小暮川達に恩義を感じていた。


 通常の野盗の時は山崎さんの子供達と一緒に部隊の後ろから牽制するだけの仕事だけでは申し訳ないと思っていた。だから、パイロットの仕事が入り大いに満

足していた。



 ネルはコクピットに座ると操縦桿を握りしめた。


 操縦桿を前後左右に動かし、ラダーペダルを踏む。


「動作確認よし!」マルさんが報告してくれた。


「今日は左から風があるぞ」角川老人が言った。


 飛行場の端にある吹き流しを見ると、右へと流れていた。


 ネルはこくんと首を大きく頷くと、左のラダーペダルを少しだけ踏み込んだ。


 スロットルを目一杯開くと、ИР四型は勢いよく滑走路を滑り出した。気持ち少し左を向きながら離陸した。


 ヒューンという轟音が心地よい。


 操縦桿を引くと、ИР四型は大空へと飛んで行った。


 ネルは飛行機を旋回させつつ高度を稼いだ。


 マルさんの奥さんが作ってくれた防寒着を通して寒さが突き刺す。


「そろそろ虎股峠に向かおう」高度を確保すると、角川老人が言った。


 戦闘機は万年雪が降り積もる高さまで上がってきた。虎股峠まで後少しだ。


 下を見ると黒天狗本部のバイク隊や四駆隊が疾走しているのが見えた。その後には三十八ミリ二連高速ガトリング砲戦車が二台走っているのが見えた。


 果たして、あのガトリング砲戦車で装甲トラックを止めることが出来るのだろうか、とネルは訝しんだ。




 この戦闘機の前部にある二十ミリ機関砲でも打撃を与えられるかは不安である。


 ネルは黒天狗団を越えて、虎股峠の向こうまで急いだ。


 それは突然現れた。


 キャタピラを巻いたトラックの列が雪原の中現れた。トラックは一列に並び進んでいて、最前列のトラック、運転席の上には、思った通り回転砲台が設置されていた。その他のトラックは回転砲台はないもののトラックの上に与圧服を着た男たちが陣取っていた。


 ネルは更に高度を上げるとトラック車列の後ろに回った。左後ろから回り込み、車列に沿って機銃掃射する


 ダダダダダダン。


 白銀の雪煙が次々舞っていく。


 タタタタタタン。


 敵も撃ってきた。しかし、速すぎて当たらない。


 ネルは最後尾のトラックから最前列のトラックまでを一薙ぎすると、また後ろ側に回った。


 ダダダダダダダン。


 マルさんも後部銃座の回転砲台からから撃ちまくった。


 トラックのコンボイは虎股峠に逃げていった。


 トラックの上の男達は必死で撃ちまくった。まさか、こんなところで飛行機に襲われるなんて思っても見なかっただろう。


 二撃目はトラックの荷台を狙ってみた。


 ダダダダダダダン。


 トラックの装甲は二十ミリ機関砲を見事に弾いていた。何人かの与圧服の男達が二十ミリ機関砲の餌食になり、トラックから放り出された。とうとう、ネルは人殺しになった。


 トラックコンボイはスピードを上げて必死に虎股峠に逃げていった。


 ババババババッ。


「後部に被弾」女の声が報告した。


 何発かИР四型に命中するが、飛行に支障はない。ネルは第三波を加えようと後ろに回った。


 やがて、虎股峠の向こう側から、黒天狗団のバイク隊が現れ、機銃と榴弾でトラックを牽制した。


 バババッ。


「左主翼に被弾」ИР四型が報告した。


 被弾場所が分かるということは神経のようなものが張り巡らされているのか。そして撃たれると痛いのだろうかと、ネルは思った。


 しかし、敵も銃撃に慣れてきたようで、よく当たるようになった。


 ダメージメーターを見ると、まだ青いままなので、飛行に支障はないのだろう。


 後ろのトラックに乗っている自動小銃を持っている連中の攻撃は何ということもないだろう。


 問題は最前列の回転砲台だった。十二・七ミリ砲だろうか。ИР四型の左主翼に命中させたのはそいつだった。


 今度は警戒して大回りに旋回し、右後ろからアプローチした。


 ダダダダダダダダダダダダン。


 最後尾のトラックを集中して狙った。最後尾のトラックの後部ドアが開いた。


トラック上の二人が弾け飛んだ。


 黒天狗の四駆隊が到着した。四駆隊の機銃がトラックコンボイを襲う。それでもトラックは走り続けた。


 やがて、戦車二輛が現れると戦局が変わった。


 ヴァリリリリリリリリッ。


 二連高速ガトリング砲が唸った。


 ネルのところからも最前列のトラックのフロントガラスが飛び散るのが見えた。


 装甲トラックの防弾ガラスを打ち破ったのだ。


 最前列のトラックは止まった。後続のトラックも峠で左右に逃げるところがなかったので、止まるより他なすすべがなかった。


 黒天狗団が展開していく。


 トラックのドアが外から開けられ、乗組員が手を頭の後ろにやり、次々と出てきた。


 敵はとうとう降参した。


 ネルは仕事を終えると、翼を左右に振って別れの挨拶をした。


 風が強くなり、吹雪の予感を感じさせた。

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