П-34(パウク)

 扉を潜ると大きな空間が広がっていた。電灯もなく薄暗いので奥まで見えなかったが、冷たい空気がその広さを伝えていた。


 ツヨシが先に中にはいると、人差し指をしゃくり上げ中へ入るように促した。


 中に入るとツヨシが奥の方で何やらゴソゴソと大きな木箱を漁っていた。そして、木箱の中からアサルトライフルを取り出すと高々と持ち上げた。


「!!!」腕三郎たちは驚いた。


「どうじゃ?」ツヨシはそう言って右手で高々とライフルを掲げると、左手でマガジンを差し出した。「弾もたっぷりあるぞよ」


「そうは言っても戦車にゃ対処できませんて、ツヨシ様」泉州は耐えかねて呆れたように言った。「多勢に無勢じゃと思います」


 すると今度は右上方を指差した。


「これならどうじゃ!」


 そこには六本脚の機動回転砲台が一機、そそり立ち、鎮座していた。


「!!!」腕三郎たちは再び驚いた。


「こいつは西の六脚機動回転砲台じゃねぇか!」蔵之介が叫んだ。


Паукパウク‐34型。Пペー‐34じゃよ」阿部泉州が唖然として呟いた。


「このパウクまだ動くんだろうか?」と腕三郎が誰に言うともなく尋ねた。

「喝!動くぞ。燃料も入っておる!」ツヨシが叫んだ。「これをもって黒天狗を撃て」


 六脚機動回転砲台パウクは西政府が作った機動自走砲だ。元々は四輪のタイヤと、砲撃を抑えるように四脚の伸縮支柱が備えられているものだったが、その当時進んでいたロボット技術を利用し、タイヤを廃止して支柱を関節駆動可能な支柱に置き換えたものだ。四脚だった支柱は機動性を高めるために六脚にし、キャタピラ戦車よりも機動能力を保持することに成功した。特に山岳地帯には有効で、東政府が行った人工地殻上昇計画により迫り上がった下野毛山脈区攻略には大いに活躍した。

 東政府も早速、自慢のロボット技術をつかって八脚機動砲台を造って対抗したが、西政府の対抗できる機動回転砲台は創ることが出来ず、山岳戦では地這いドローンで追い払うより術がなかった。


「こいつは凄えな」腕三郎は思わず固唾をのんだ。


「腕さん、元八脚回転砲台のもと操縦士だろ?操縦できるかね?」と平八郎。


「いや、儂は東政府の奴だけだ」


「いいや、西政府の回転砲台はもっと扱いやすいはずだ」と阿部泉州。「蔵さんだって、元戦車長だろ?」


「せんさん、まさかこいつで奴らと戦う気かい?」とゴローが尋ねた。


「こいつなら戦車五台分の戦力になる」そう云う泉州の眼はギラついていた。


「ウキキッ。そうじゃ、森を壊すものは壊されるのじゃ」ツヨシは森の方には似合わず、あどけない口調でそう言うと、両手を頭の上で打ち鳴らした。



 森の方は合計で三人いた。


 ツヨシにマサルとユキという雌の森の方だった。


 ユキはモニターの前で蹲り、監視カメラの画面を窺っていた。


 ツヨシとマサルは六脚機動回転砲台の周りを走り回ってメンテナンスをしていた。後部の給油口にはぶっといホースが給油ノズルで繋がれていた。給油ホースの他にも゜数多のコードが砲台に繋がれていた。


「私が見たのも二輌だけだったけど、もっといてもおかしくないわね」


「もっといる可能性があるんですかね」ヤマさんが、西政府の丸みがかった小銃を撫でながら言った。


「あるわ」ユキが顎を指で掻きながら言った。「油断しないことね」


「でも、西の回転砲台なんて儂らに扱えるんでしょうか」腕三郎が小銃のボルトをガチャガチャいわせながら言った。


「回転砲台には本物の蜘蛛の脳が使われちょる。東の回転砲台よりよっぽど使いやすいわい」とマサル。


「そうじゃ、バランサーはオートマチックだから二つのオムニコントローラーだけで動かせる。慣れれば子供でも扱えるわい」と、砲台の上からツヨシが言った。


 ツヨシ、マサル、ユキは黒天狗団を恨んでいた。それは人間以上の知能をオランウータンの身体に埋め込むという非情な仕打ちに対するもの様であった。踊り菩提樹の森に適応し、そこから出られなくした西政府の科学者。それ故、西政府の息が掛かった黒天狗団が許せなかったのだろう。しかし、遺伝子に『人間を攻撃できない』ように刷り込まれ、自分達の手では人間に復讐できない。そこで東政府の腕三郎達に協力を願い出たのだ。


 六脚機動回転砲台には四人の乗員が必要だった。


 一人は運転手、一人は砲手、もう一人は運転席の横に設置された二十ミリ機関砲の砲手兼助手、そして戦いを統べる統合司令官。


 過去の経験から運転手は腕三郎がすることとなった。砲手には元戦車長の蔵之介、助手にはゴローさん、統合司令官には元中佐の阿部泉州が受け持つ事にきまった。


 ヤマさんと後藤平八郎は元狙撃手だったのので、地上から援護する地上部隊となった。幸い、二瓦斯タイプの狙撃銃・アンドロノフ3の在庫があった。


「せめてGゲー-29でもあったらなぁ」と愚痴を言いながらも平八郎はアンドロノフを受け取ると球形瓦斯マガジンをキュッ、キュッと銃に回し入れた。慣れた銃が欲しいらしい。


「まさかこいつを扱うとはなぁ」と、ヤマさんはアンドロノフの丸っこいデザインの銃身を撫でたり照準を覗きながら言った。


 運転席は計器盤には花渦巻書体や磔刑たっけい書体で表示されていて、よく解らなかったが、軽く操縦しているうちにどれが何の計器か解るようになってきた。一番難しかったのが統合指揮官席で、八個のレンズが映し出す三百六十度モニターに表示される磔刑文字に泉州は手こずっていた。


 脚を動かしたり砲塔を回したりしていると、段々使い方が分かってきた。


「飛行機なんかは、自動お助けシステムが付いているからもっと簡単なんじゃが、こいつには蜘蛛の脳みそしかついてないからな。条件反射程度のことしか出来ないんじゃよ」とツヨシが腰に手をやりながら言った。


「本物の蜘蛛の脳味噌ですか?」とヤマさんが尋ねた。


「ああそうじゃよ」と中空を眺めながらツヨシが答えた。


 蜘蛛の脳味噌がどこにどのように使われているか解らなかったが、西特有の丸っこいデザインの他、東政府のものと変わりなかった。逆に両手で握るオムニコントローラー二つだけと左右のフットペダルだけで俊敏な機動脳力を引き出す使いやすさは有り難かった。内戦中頃から、徴兵で兵員を賄ってたので、いち早く戦線に送るには操縦しやすい兵器が好まれたからだろう。東の八脚装甲砲などは八本のギアコントローラーで微調整しなければならなかったので、腕三郎の年ではいささかか操縦しづらかっただろう。

 圧巻なのは泉州が着く総合司令席で、三百六十度パノラマモニターは文字通り周囲をまるっと一望できた。


 襲撃は早いほうがいいとツヨシが主張したので、翌日の早朝に決行することにした。

 その夜はユキが作ってくれた肉の煮込み料理を食べて腹を満たした。なんでもマサルがアンドロノフで仕留めた振袖兎の肉だそうで、少し獣臭かったが、香草で煮込まれたせいか、美味しく食べることが出来た。


 ユキはオランウータンにもかかわらず火を上手に使い料理してくれた。食後には蛸苺のショートケーキと代用紅茶もご馳走してくれた。しかも、ニンゲンは大食漢だからと二羽の振袖兎を使って煮込み料理を作ってくれた。振袖兎の煮物にはマタカキという茸が使われていたので、精力が付きすぎて夜は悶々とするかもしれないと言われていたけれど、年寄りだった腕三郎たちはそんな事もなく、ぐっすりと眠ることが出来た。



 翌日は日の出前に起き、カエルパンで軽い朝食を摂りながら、その日決行する『黒天狗討伐計画』の詳細をブリーフィングした。


 まずは腕三郎、蔵之介、ゴローと泉州が六脚機動回転砲台に乗り込み、ヤマさんと平八郎がその車体の上に乗って洗浄に向かう。北東へ崖を伝っていって、黒天狗団がやってきた「やっとこ街道」別名国道423号まで出て、角亀製油有限公司まで行く。やっとこ街道は踊り菩提樹の森と崖に挟まれてクネクネ曲がっているので、最後のカーブまで行くまで、奴らに気付かれることはないだろう。だが、そこには見張りが立っているだろうから、そこで見張りを片付ける事。それからは突撃して砲撃しまくり奴らの戦車を蹴散らす事。というなんとも乱暴な計画だったが、ツヨシとユキが計算した限りではそれで上手くいくらしい。


 夜が明ける前に腕三郎達は担当部署に付いた。腕三郎は運転席に、泉州は統合司令席に、蔵之介は砲手席に、ゴローさんはジョス席に付き、ヤマさんと平八郎は六脚機動回転砲台の放題の上に。


「安全装置解除」腕三郎はそう言うと安全装置のレバーを押し倒した。

 すると中央の計器モニターに「поднимать」と花渦巻書体の文字が浮かんで、中年女性の声で「ボディイマーチ」と声がすると計器の文字は消えた。仰々しい字体だ。


 イグニッションボタンを押すと、今度は「Начало」と文字が浮かび、同じ声で「ナチャーラ」という声がした。


 ボロン、ゴロゴロ……。エンジンが掛かる。


 ツヨシが掌紋識別装置に手をかざし、大きな方のハッチを開けると踊り菩提樹の森が見えてきた。


 両方のオムニコントローラーを少し前に倒し、アクセルを踏むと、パウクはドルン、ドルン、と咆哮し、ゆっくりと前に進んだ。動く度に、人差し指、中指、薬指のフィンガークリッカーがワシャワシャと蠢いた。まるでパウクの心臓が動いているようだ。それと同時に蜘蛛の脳味噌に触れたような気分になり、少々気色悪くなる。


 ドルンドルンと吠えながらパウクはゆっくりとテラスの上に進み出た。


「どうだい、ちゃんと動くじゃろう?」ツヨシが通信装置から尋ねた。空中のナノミニョン箔濃度が高いのだろう。ノイズが酷かった。


 泉州がパノラマモニターを見ると、トランシーバーのようなものを持ったツヨシが後から付いてきた。マサルとユキも付いてきた。


 腕三郎は上部ハッチを開け、後ろを振り返った。


「大丈夫みたいです。順調です」腕三郎振り返って叫んだ。


「こっちは実戦で確かめるしかないんでしょうね!」蔵之介も砲塔ハッチから上半身を出して、叫んだ。


「喝!無線機のスイッチを入れるんじゃ!」またもや車内のスピーカーからツヨシの声が響いた。


 腕三郎はハッチに潜ると雷マークのスイッチを入れた。


「これでいいんですね」


「そうじゃ。じゃが、お主らも分かっているじゃろうが、二キロも離れれば使えなくなる。今後こちらからは指図ができなくなる」


「聞こえる範囲でモニタリングの様子を伝えるわ」とユキが言った。


 パウクはガシガシと崖を這い進んだ。パウクは東政府の八脚機動砲台なんかよりよっぽど扱いやすかった。パウクの六本脚の先は鉤爪になっていて、それが自動収縮システムにより崖に食いついてくれるのでオムニコントローラーを前に倒すだけで自動的に崖を這い進むことが出来た。


 崖はかなりの急斜面で、どうしても車体が傾いてしまうので、シートベルトがなければ座席から放り出さ理想になった。ヤマさんと平八郎は車外で車体にへばり付かなくてはにらなかったので、パウクにしがみつくのに苦労した。


「ガガガッ───そのまま崖を伝っていきなさい」ユキの声が無線機から聞こえた。「やっとこ街道が見えてくるまでそのままでいいわ」


「やっとこ街道まで出ちゃっていいんですかのぅ」腕三郎が無線で尋ねた。


「ガガガッ───彼奴ら、昨夜は遅くまでどんちゃん騒ぎして、今は寝静まってる。大丈夫よ」


 どうやらユキは「監視カメラ」というやつを夜遅くまで観察していたらしい。


 二十分ほどでやっとこ街道に出た。無線はとうとう繋がらなくなった。あたりには誰もいなかったので用心しながら崖からやっとこ街道に降りた。


 プシュー、プシューとエアシステムが唸る。


 右には踊り菩提樹の森、左には崖が続く道が見える。道はクネクネと曲がりあまり先は見えない。


「ヤマさん、斥候に出て貰えんかのぅ」泉州が無線機でヤマさんに言った。


「了解」というとヤマさんは車体から飛び降り小走りで前に駆けて行った。


「腕さん、暫く待機だ」今度は直接腕三郎に話しかけた。「奴らも馬鹿じゃねぇ。見張りを立てているはずだ。そいつをヤマさんが片付けてから発進じゃ」


「了解」腕三郎が答えた。


 ヤマさんは無線をオープンにしっぱなしで進んでいったので、ノイズ越しにヤマさんの息遣いが聞こえた。十分程経つと、ハァハァ言うヤマさんの息が整い、沈黙が訪れた。やがて、パシュッというくぐもった音が聞こえた。アンドロノフのサイレンサーが囁く音だ。続いて二発、パシュパシュと音が聞こえた。


「ガガガッ───見張りをヤッたぞ」とヤマさんの押し殺した声が聞こえた。


「よし、パウク、前へ!」泉州が叫んだ。


 腕三郎はオムニコントローラーを前に傾け、アクセルを思い切り踏んだ。パウクはワシャワシャ、バルンバルンとやっとこ街道の砂利道を駆けて行った。


 最後の曲がり角まで行くとヤマさんが待っていた。その先は黒天狗団が征服した角亀製油有限公司の敷地内になる。左上を仰ぎ見ると、焚き火の煙が一本煙っていた。見張りのくせに焚き火をしていたようだ。どう見ても素人集団だ。ズブの素人、烏合の衆だ。

(これならやれる)と腕三郎は思った。

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