六脚機動回転砲台

踊り菩提樹

 森の中だと言われなければ、昼間だとは全く気が付かない位に真っ暗な闇の中、木製の細い吊橋を軋ませながら豹原ひょうばら腕三郎うでさぶろうはヘッドライトの明かりと蓄光ランタンの光だけを頼りに歩いていた。後ろからは相棒の三摩さんま蔵之介が足並みを揃えて歩いていた。

 

 まだ日は高い筈だが、「昼なお暗い」と云う表現では足りないくらいの深夜のような暗黒が広がっていた。まるでだだっ広い洞窟かトンネルの中を歩いているようだ。辺りには夜光キノコや夜光虫の青や緑の光がおぼろげに瞬いていた。


 あたり一面、直径二メートルから五メートル位の巨木がそそり立ち、その梢は遥か彼方の上空にある。その葉陰になって辺りは真っ暗闇だ。その巨木の巨大な枝や幹そのものに蜘蛛の巣のように何百本もの木製の吊橋が張り巡らされている。暗くてよく分からないが、ちょっと目線を上げるだけで上層の吊橋が何層にもなって縦横無尽に張り巡らされているのが見える。


 上を見上げると、大昔の高層ビルほどの高さの巨大樹の葉陰からレーザービームのような細い木漏れ日が真っ暗な森の中に差し降ろされていた。蜘蛛の糸のように細く眩しい光の筋。


 辺りは湿気が充満していて、高いところは霧になっていた。


 腕三郎達は今、最下層の吊橋を渡っていたため、チョロチョロと流れる水の音が聞こえていた。湿地帯をゆっくり流れる水の音だ。時々、遠くでジャバッ、と何かの生き物が水面をかき乱す音がする。


 ヘッドライトに反射する水面の間に、下駄が無数に林立していた。しかもそれは歯が一本の長い棒きれで、水面から一メートルくらい突き出ていた。下駄と下駄の間隔はとても狭く、茸のように密生していた。「喰われ下駄」の道だ。




 その森は遠くから見ると山裾に広がる森林に見えるが。近くまで来てやっと、まだ海岸線のすぐ近くの広大な湿地帯にある巨大な森林地帯だと気付く。

 かつては住宅街や商業施設だったその一帯は今や海面上昇により海抜数センチの広大な湿原になっていた。その湿原に生い茂っているのが何万本もの巨大な「踊り菩提樹」の森林だ。


 踊り菩提樹は背の高い常用樹で、高いものになると60メートルを超えるものもザラだった。幹も根も太く、直径二メートル以上の幹がほとんどだった。根はゴツゴツして強靭で硬い岩盤も突き破り地中深くまで根を張っていた。根の表面には微細な捕食触手が無数にびっしりと付いており、微細昆虫や大型微生物などを捕らえて栄養としていた。


 湿地帯には川から小魚や小型の甲殻類、昆虫やプランクトンなどか大量に流れこんでおり、潮が満ちると遠浅の海からも同じように海水の小型生物が流れ着き、ゴツゴツして複雑に絡み合った踊り菩提樹の根を良い隠れ家として住み着いた。


 踊り菩提樹が本当に狙っているのはそんな小魚ではなく、潮が満ちた時、小魚を狙ってやってくる中型の魚介類やそれを狙ってやってくる大型の魚だった。小魚を喰おうと根と根の間をすり抜けて泳いでくる中型・大型魚が来ると、踊り菩提樹は根を収縮させたり捻ったりして、中型・大型魚を根で挟んで挟み殺しにしてしまうのだ。魚を絞めた後は捕食触手を伸ばしてゆっくりとその肉を喰うという訳である。


 魚を捕らえるために根を収縮させたり捻ったりする度にその上の幹や葉もグラグラと揺れて、まるで踊っているようなので、その名がつけられた。


 踊り菩提樹からは燃焼性の高い真っ黒な樹液が採れ、精製すると質は良くないがエンジンの燃料などに使えた。その湿地帯にある踊り菩提樹の森林帯も「樹林油」の畑で、菩提樹の一本一本に金属製のパイプが繋がれ、樹液が常に採取されていた。


 そして、この木々の間には木製の巨大な釘のようなものが何千本も突き出ていた。


 喰われ下駄の道だ。


 これは樹液パイプの整備士達が残した天狗高下駄だ。一メートル以上はある円柱形の歯をつけた高下駄で、木々や配管を見て回る際に、誤って自分の足を根に絡め取られてしまわないようにこんな高下駄を履いて作業をするのだが、時々本当に下駄が根に絡め取られて抜き差しできなくなると、作業員は抜けなくなった下駄を脱いで、背中に担いである予備の下駄を履いて作業を再開し、抜けなくなった下駄はそのまま残してしまうので、そんな風変わりな光景が生まれるのだ。


 熟練した作業員は自分の下駄を履かず、その残された下駄の上をぴょんぴょんと器用に飛び移り作業してしまう。

 三人がかりでも抱えきれないような巨大樹の森の間に天狗高下駄が針山のように生え、至る所にパイプが這い回り、無数の質素な吊橋が駆け巡る光景は一種異様だった。


 やがて前方に眩しい光が見えてきた。


 森の終わりだ。


 その先は、崖と海と森の一角に囲まれた広いさら地になっている。まだ、森を歩く二人には見えないが、その平らな広場との反対側には腕三郎たちが務める

「角亀製油有限公司」の本社ビルが建っている。


 角亀製油有限公司の本社ビルは、内戦後に建てられた、今時珍しい鉄筋コンクリート七階建ての立派な建物だった。防酸塗装が不器用に塗られていて外見はみすぼらしいが、内部は清潔で広々した快適な空間で満たされていた。


 腕三郎と蔵之介は八時間の採油装置や樹木パイプラインの整備を終え、クタクタだった。早く本社に戻って体を休めたかった。


 森林内は禁煙なので、早く本社の休憩室に行って、タバコを一服したり、代用コーヒーでも飲んで休んだ後、本社脇の社員寮に帰りたかった。


「やっと一服つけるな。腕さんよ」蔵之介が胸ポケットの中のタバコの箱を撫でながら言った。


「もうちょっとだ。辛抱せんかい」腕三郎がたしなめた。


「まだ吸わんよ。当たり前だろうが」



 前方の狭い森の出口が近付いてきたようだ。ランタンの灯りがなくても足元が見える様になってきた。


 二人は最下層の吊橋をひょいと飛び降りて地面に降り立った。下生えの低い木々の葉っぱをかき分け、広い敷地内に足を一歩踏み出した。その時、後ろから蔵之介の腕が腕三郎の肩にかかり、後ろへ引き戻した。


 次の瞬間、地響きを伴う轟音が辺りの空気をつんざいた。切り立った崖の間から大きな黒っぽいものが飛び出してきた。


 キャリキャリキャリ、ドルン、ドルン、ドルン。

 バルルルルルルルルルルルッ!


 そいつが突然、火を吹いて更に物凄い轟音と光を重ね合わせた。


 戦車だ。二輛の戦車が突進しながら主砲を撃ちまくってきた。その高速ガトリング砲はレーザー砲のように継ぎ目のない曳光弾を本社ビルに浴びせていた。その豪雨のようなガトリング砲を受けて、鉄筋コンクリートの本社ビルは砂の城のようにあっけなく崩れ去り、五秒と経たないうちに大量の砂と砂利と瓦礫の山となった。


 粉砕とは正にこの事だ。本社があったその場所には巨大な砂山と燃え盛る瓦礫、そして濛々と立ち昇る黒い煙。それだけしかなかった。


「えらいこっちゃ!」蔵之介の声は震えていた。「ありゃ、西の二連砲戦車だぞい」


 

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