ИР四型

 トラックの運転手が窓から鍵の束とカードを検閲担当の兵士に渡した。受け取った僧兵は荷台の横にある施錠装置に駆け寄ると、トラックのガル式扉を左右に跳ね上げた。ガル式扉は通常、強力なスプリングのバネ仕掛けで把手を回すだけで素早く自動的に跳ね上がるが、このトレーラーは電動モーターで開閉するらしく、ウィーンと唸り声を上げながらゆっくりと開いた。


 扉の内側を見ると、分厚い鉄板が至る所に裏打ちされているのが分かった。その為、重たくてバネ仕掛けでは跳ね上げられないのだろう。

 運転席の窓が開き、運転手が分厚く膨らんだ書類ケースを玄白僧都中尉に直接渡した。


 中尉は受け取った書類をペラペラとめくり、注意深く確認した後、運転手に降りてくるよう合図した。


 運転席から降りてきた男は、鰓が張って顎が小さく、ホームベースのような五角形の顔で、異様に小さな目をしていた。小柄で太めの身体だったが、シャツの下に隠れた筋肉は鍛えぬかれたもののようだった。見た目通りの男ではない。


 屋根の上の見張り台からも男が二人飛び降りてきた。一人は赤鼻で痩せぎすの男で、もう一人は二重あごの巨漢の太った男で、こめかみに脳波増幅インプラントを埋め込んでいた。元民間の傭兵だろう。



「しかし、大したもんだ。本当に現物をかっさらって来るなんて…」トップクン少佐が荷台の中を見つめながら、ゆっくりとトラックの荷台に回りこんだ。

 荷台には木枠で固定梱包された大きな荷物がいくつも載っていた。どれも人の背丈以上もあるもので、木枠の隙間から迷彩塗装された内容物が姿を見せていた。分解されたもののようで、すぐには原型が何であったのか判りづらい。

「大僧正様達は写真と図面だけでも、諸手を上げて喜ぶだろうに…。まさか本当に現物を手に入れるとはな…」少佐は呟いた。


 ピョードルは少し離れたところから荷台の上の荷物を眺めているうちに、遠い昔の記憶が戻ってきた。巨大な葉っぱのような形をした平たいもの。円筒形のような物の上についたコクピット…。

「これは飛行機だ…」ピョードルは思わず声に出してしまった。

「敵の最新式の戦闘機だよ」トップクン少佐はピョードルを振り返りもせずに言った。


Ирイーエル四型ですね」玄白中尉が低い声で呟いた。


 恐らくは最高機密であるはずの物をまじまじと見つめてしまい、ピョードルは気まずかったが、少佐はまるで気にしていないらしい。


「プロペラが無いな」少佐は無表情のままだった。


「噴射エンジンの一種みたいです」荷台に載っていた赤鼻の男が妙に高いだみ声で答えた。


「ジェットエンジンか?」


「いえ、どちらかと言うとロケットエンジンに近いみたいです。例によって西側の奇妙な技術が使われてるみたいですね」


 赤鼻はそう言うと、木枠の大きな隙間に手を突っ込んで、戦闘機の胴体に当たる部分の点検ハッチのようなものを開けてみせた。中には強化ガラスで出来たような大きなシリンダーがいくつも並んでいて、その中に茶色いものが液体に浸かって幾つものチューブが繋げられていた。茶色い物からは、プクプクと小さな泡が吹き出ていた。


「何だこれは?木の根っ子のようだ」


「木の根っ子です」運転手が横から声を挟んだ。


「根っこから出る樹液を燃焼剤か何かにしているようです。威力が馬鹿みたいに強い代わりに劣化が早過ぎて保存がきかないので根っこ本体を積んでるのです」


「その樹液が燃料なのか?」


「いいえ、燃料は別です。これは添加剤に過ぎません。燃料は何かの植物から作った発酵ガスです。西のことですから、どうせ遺伝子改造した微生物か虫に作らせた化学物質でしょう。その燃料とこの樹液成分を混合して、強力な爆発エネルギーを生むようです」運転手は人差し指で頬を掻きながら溜息のように吐き出した。


「新型の燃料か…」少佐はハッチの中を覗き込んだ。「どれほど奴らの技術は進歩してるんだ…。こっちはまだレシプロエンジンなのに…。随分差を付けられたもんだ」


「そうでもありません。奴らがよく使う細菌ガソリンはコストが掛かり過ぎるんです。燃料の質は悪いし、機体設計の方もこっちの方が上です。馬力があるのは確かですが、安定性は全然無いようです」赤鼻が苦笑しながら言った。「メタンハイドレードが手に入らないんで奴らも必死なんですよ」


「しかし、西の奴らの技術は進んでるのか古いのか全く解りませんね」と玄白中尉がトップクン少佐に言った。


「そうだな。それにしても奇妙なデザインだ。鼻先が短く丸まって…。全体も丸まっている。燃料はジェットのように沸点が低いのか?」トップクン少佐はまだ目を見張ったまま、誰にともなく尋ねた。


 確かに、丸くて太い機首のすぐ後ろに狭いコクピットがあり、その後ろにシリンダーの機械群。その後ろがエンジンになっているらしく、更に、その後ろに噴射ノズルが付いていた。


「まさに、おっしゃる通りです」赤鼻が答えた。


「だとすると、これだけの装置を制御するにはコンピューターが必要だと思うが、奴らはもうコンピューターを禁制品としていないのかね?」


「未だにコンピューターは使用も製造も禁止しております」今度は運転手が答えた。「代わりに動物の脳を使用しているそうです」


「動物の脳だと?脳みそを演算装置にしてるのか?」


「どんなふうに使っているのかは解りません。どんな動物の脳かも解りませんでしたが、鳥の脳とも小動物の脳とも言われています。しかし、動物の脳を使ってなんかしらの制御をしているのは明らかです。政治犯の脳の一部を使っているという噂もありますが、定かではありません」


「なんと、生きた動物の脳だと?人間の脳?何という外道なことを…。西の奴らは命を弄びすぎる」トップクン僧正少佐はそう言うと、涙滴数珠を指で数えながら、口の中で式神祝詞を唱えた。


「政治犯の脳の一部、と言ったな?残った脳と身体はどうなるんだ?」僧正少佐は尋ねた。


「さぁ…」赤鼻は肩をすくめた。


 政治犯の脳は分割されて、武器として利用されるのだろうか?それともいらない部分は廃棄されるのだろうか?ピョードルは彼等の話を聞きながら、疑惑が浮き上がるのを感じたが、何も言わなかった。所詮、西側で行われていることだ。自分には関係がない。

 しかし、西の奴らには絶対に捕まりたくないと思った。

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