猫撫山パーキングエリア

 しかし、日が傾いても再び略奪団が現れることは無く、日暮れ間近には次の停車場「猫撫山パーキングエリア」に着いてしまった。

「このパーキングエリアでは一時間半の停車になります。ここを過ぎますと、下野毛登頂基地に着くまで、外に出られませんのでご注意ください」友江がマイクに向かい明るい声で言った。

 勘八はバスを降りると、バスの車体を見てみたが、少々黒い煤で汚れてはいるものの、車体にも窓にも傷一つなかった。

 装甲バスの車体は大戦中に開発された防弾ガラスと防爆カーボンで出来ているようだ。



 ここのパーキングエリアも閑散としており、バスの他に三台の凹みだらけの合成メタン車が停まっているだけで、食事を出す店も年季の入った定食屋一軒しかなかった。土産物屋も食品と駄菓子のようなものばかりを売っている小さな店が幾つかあるだけだった。

 昼を軽く済ませたためか、略奪団の襲撃に緊張したためか、勘八はガツンと腹にたまるものを食べたくて定食屋に入ったが、この店の品書きに書かれている料理も見たことも聞いたこともない料理ばかりだった。

 品書きを眺めていると、「魚料理」の項目に「ポソン定食」というのがあり、その肩書に「ボリュームたっぷり。店のオススメ」と書いてあったので、ポソンが一体どんな魚介類なのか全く見当もつかなかったが、その料理を頼むことにした。

 勘八のテーブルに運ばれてきた料理は魚というより焼いた肉料理のようで、食感も鶏肉のような感じがした。そこで勘八は給仕をしていた中年の太った女を捕まえ、鶏肉のような感じもするが、ポソンとはどんな魚なのかと聞いてみた。すると女はちょっと困った顔をして、「ああ、まあそうだねぇ。鯛の遺伝子とか混ぜくぜたモンだもの、立派な魚料理という訳だわね」と方言を混じえた口調で、勘八の質問にはキチンと答えなかった。

 勘八はまだ天然物の鯛を食べたことがなかったので、どの辺が鯛の味に似てるのか判らなかったが、確かにボリュームも有り付け合せの漬物と甲殻類の汁物とともに旨かったので十分満足できた。

 定食屋を出ると、バスの出発時間までまだかなりの時間があったので、うなぎの寝床のような奥に長い小さな土産物屋をひやかしに回った。

 五軒ほどある店の殆どが駄菓子のようなものばかりを扱っていた。中には何処か死んだ町の瓦礫の中から掘り出したのか、内戦中によく売られていた駄菓子などもあり、賞味期限は大丈夫なのだろうかと首を傾げてしまうものまで売られていた。

 勘八は持ってきた携帯ボトルに入っている合成ウイスキーが半分ほどしか残っていなかったので、何かアルコール類でもないかと探して回ったが、氷水を入れたケースの中にはペットボトルに入ったラムネや柑橘ジュースなどの子供が喜びそうなものや、除染水や代用コーヒーなど今の時代ではあまり有り難く思われない飲み物ばかりだった。


 一番奥の店が最も小綺麗で、売られているのも手作りの菓子パンやスポンジパンのようなものがメインのようだった。

 店の前で頭に布を巻いた中年の女が試食販売をしていて、「黒のレンガ」という名の洋菓子を小さく切って楊枝に挿して店の前を通る客達に配っていた。勘八も楊枝をもらい、それを口に入れようとすると「塩梅あんばいはどうかね?」と方言たっぷりの奇妙なイントネーションで訊いてきた。まだ食べてないよ、と思いながらも、

「塩梅はいいですよ」口元を少し引きつらせながら適当に答えた。

「それではそちらのお菓子の方はどうですかの」と女は勘八が持つ楊枝の先に掌を向けた。

 勘八がその「黒のレンガ」を一口でパクっと食べると、中には甘いクリームのようなものだたっぷり入っていて、周りに塗られたものは驚くことに本物のチョコレートのようだった。今時、こんな高価なものをどこからどうやって手に入れたのか、見当もつかない。


「美味かろうね。一つ、どないかね?」


 確かに旨かったが、勘八には少し甘すぎた。勘八が女の勧誘を断ると、女はタダでいいから一つ持って行けと、二ピースほど入った箱を包装紙で丁寧に包んだ小箱を勘八に押し付けた。勘八がそれも断ると、


「だども、お客さんあのバスで来て、峠を越えるんだでの。山ん中入るんなら、甘いもの持っていかないけんだども」と言って引かなかった。

 どうやら山登りか何かと勘違いしているらしく、全く見当違いなことばかりいう女だ、と思いながらも執拗に断るのも礼儀知らずなような気がして、しぶしぶ礼を言って小箱を受け取った。



 店を出ると、パーキングエリアの片隅に二つの黄色い巨大な箱が置かれているのに気付いた。昔、何処の食べ物屋にあった業務用冷蔵庫を更に一回り大きくしたもののようで、淡黄色の塗装をされていた。全体は金属で出来ているようだが、三方には高さ一メートルばかりの窓が付いていた。窓を覗くと中には大きな電話機があり、そこでこれは公衆電話なのだと分かった。


 田舎の町に行くと時折公衆電話を見かけたが、それはいずれも四方を全面ガラスで囲まれた電話ボックスで、大抵グシャグシャに壊されていたが、勘八の目の前にある電話ボックスはもっと年代物の骨董品に近いものに見えた。

 かつて子供の頃「歴史資料博物館」で見た復元模型の電話ボックスによく似ていた。

 丸みのあるデザインは勘八達が乗ってきた長距離寝台装甲バスのデザインに似ていたが、電話ボックスの方はバスと違い、光沢もなく土埃と煤で薄汚れていた。

 電話は首都でも政府関連施設や大企業などではもう繋がっていたが、一般にはまだまだ普及しておらず、公衆電話など、どの大都市でも見かけなかった。もし、ここにある薄汚れた黄色い電話ボックスが何処かに通じるのなら凄いことだ。


 バスの所に戻ると、バスの前には折りたたみ式のテーブルと椅子が三つ出されていて、テーブルの上には食べ終わった弁当箱とポッドが置かれていた。

 サンペイとヒヤマと呼ばれていた男達は、発泡洗剤でピカピカに磨かれたバスの車体を長い柄のモップで拭き取りながら鼻歌を歌っていた。赤鼻で痩せているキツネズミに似た男の腰にぶら下がっている手拭いに「三瓶」と書かれているのを見て、この男がサンペイで太ったほうがヒヤマなのだと分かった。


 姉崎友江は車内でベッドメイキングの最中だった。

 座席の背もたれを倒し、肘掛けとフットレストを複雑に折りたたんで、二列の座席を一つのベッドにしていた。そして天井の把手を引っ張ると天井から二段目のベッドが降りてきた。前後の席は互い違いに半分ほど重なるようになっていて、丁度、中二階と中三階のようになっていた。重なって狭くなった部分に足を向けるようになっていて、広い方に枕が置かれていた。

 成程、上手く考えたものだと、勘八は腕を組んで感心しながら姉崎の仕事を見つめた。

 勘八の席の上下のベッドを作り終えると、

「お隣はいないようだから、上でも下でも好きな方を使っていいですよ」と姉崎は次のベッドに取り掛かりながら言った。

 勘八の席は「一段目」と「二段目」─(即ち中二段の上の段)だった。二段目のほうが窓の面積が多そうだったので、上のベッドを使おうと思った。

 腕を組んでいると、先ほど貰った菓子の箱に気付き、

「あの、甘いモノは好きですか?」と小箱を姉崎の方へ差し出した。

「あれっ、この包装紙は八間堂の『黒のレンガ』ですか?」と弾けるような声で尋ねた。勘八が黙って頷くと、

「ええっ、いいんですか?」と言いながらも既に小箱へ手を伸ばしていた。

「店の人に頂いたんだけど、甘いモノは苦手で…。良かったらどうぞ」

「うわぁっ、嬉しい。私、黒のレンガなら幾つでも食べられるんですよ」

 姉崎は大げさなことを言って跳ねるようにガイド席に駆け寄ると、ガイド席の物入れに小箱をしまって、そのままバスの外へ出てしまったので勘八は唖然としてしまった。

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