須走パーキングエリア

 出発から一時間ほどするとバスはかつての高速道路ような道を走り、更に一時間ほど走り、初めての停留所に着いた。そこで五人の礼装軍服を着た若者が乗ってきた。士官学校を出たばかりの軍人のようだ。


 五人はお互い顔見知りというわけではないらしく、それぞれ自分の席につくと黙って本やノートを見たりしてお互い話をすることはなかった。誰もが少し緊張した面持ちで、仲がいいどころか、お互いに牽制しあっているようだった。


 五人が乗ってきた後は二つの停留所を通過した。降りる客も乗る客もいなかったのでそのまま停まることなく通過したようだ。道は依然として元の高速道路を走っているようだったが、やがて崩れ落ちた高架道路を応急処置的に補修したような荒れた道になっていったが、キャタピラ式のバスは凸凹道の揺れもしっかり吸収してガシガシと進んでいった。

 成程、こう言う荒れ地を進むのにはキャタピラが欠かせないのだろう。しかし、同時にこの先の道も、道とも言えないような道が続くのだろうなと、勘八は思った。

 昼が近くなってきた頃、バスは「須走すばしり」という名のパーキングエリア内のバス停に着いた。パーキングエリア内に入ると、昼休憩と時間調整も含めて一時間半停車する、とマイク放送した。本来は一時間の休憩だが、いくつか停留所を通過したので少し早く着いたそうだ。乗客はトイレ休憩や昼食を摂りに次々とバスを降りていった。


 須走パーキングは元々狭かったが、その一方にはパーキングの三分の一以上を占める瓦礫の山が更にパーキンクグを狭くさせていた。ここも暴動や略奪によって徹底的に破壊されたらしく、売店は三店舗が残るのみで、残りは全て瓦礫に変わったようだ。瓦礫の山には駐車場や道の端に放置された大量の車やゴミが含まれているようだった。

 生き残った三軒もかなり強引に改修されていた。店舗の他にも屋台が五台ほどが営業していたが、バスの客以外は四台の合成メタン車が停まっているだけだったので、ガラガラだった。


 店のうち一軒は木折細工や陶芸などの民芸品の店で、食べ物は扱ってなかった。どれもこの地方の食器や小物や置物などが並んでいた。特に「ヒルギ様」と言われる様々な種類の不気味なお面や人形が大量に置かれていた。


 もう一軒は「覚醒茶」やフルーツコーラ等の飲み物飲みを扱う、所謂「喉濡らし」と呼ばれる店で、残りの一軒が定食屋だった。看板には「紅蕎麦」と書かれていて、天然の紅蕎麦屋らしいが、紅蕎麦よりも、何か見たこともない材料の煮物や炒めものの定食が人気のようだった。こちらは人が大勢入っていて、パーキングの客だけでなく、近くの住人が食べに来ているようだった。



 店舗を構えた店の他にも小さな屋台が五軒ほどあった。どれも饅頭や焼きパンなどを扱うファストフードの店のようであった。その中に「カエルパン」と書かれたノボリと「馬込焼き」と書かれたノボリを掲げている屋台があった。


 蛙といえば遺伝子変換生物が野に放たれてから最初の頃に異態凶暴化した生物だ。しかし、急速に凶暴進化した蛙は内戦のきっかけとなった「異態生物撲滅隊」によって絶滅したはずだ。


「これは本物のカエルの肉なのかね?」勘八は屋台の奥でコテを振っているオヤジに尋ねた。


「まさか、まさか。馬込肉をミドリパンで挟んだもんですだ」オヤジは大げさに手を振って否定した。「ゴメの肉ですよ。ここいらのゴメはバカでっかくてすばしっこいんで馬込って呼ばれてますんで」


 勘八はゴメとはどんな生き物なのか全く見当もつかなかったが、鉄板の上で焼かれているのは水豚か這いずり牛の肉に似ていた。

 昼近くだったが、あまり食欲がなかった勘八は屋台で売っていた水豚の腸詰めを合成蒸しパンで挟んだファストフードと緑汁を昼食として胃の中に流し込んだ。だが、雑草としか見えない葉っぱと腸詰めを挟んだ蒸しパンは意外にも美味だった。


 屋台の前にあった丸テーブルで惣菜パンをたいらげると最近、他の紙巻きタバコから鞍替えしたカワカミタバコを吸いながら、パーキングの店を覗いてひやかした。タバコを吸いながら土産物店のような店を通りすぎようとすると、店の前に立っていたおばちゃんが話しかけてきた。


「お客さん、大顔の方へ行くのかね」


「ええ、そうですが…」


「お客さん、いつもカワカミタバコを吸われるんでしたら、ここらでまとめ買いしていった方がいいですよ。大顔はアケビタバコか藻タバコ位しかありませんからね」


 カワカミタバコは茶色い巻紙とフィルター部分が緑色になっており、特徴的な色合いをしていたのですぐに勘八が咥えているのがカワカミタバコだと判ったのだろう。勘八は咥えていたタバコを手にとって見つめた。


「あの辺は健康タバコなんて売ってませんからねぇ。ウチで買い置きしておくといいですよ」おばちゃんは満面のビジネススマイルで勘八を見上げた。


 勘八はアケビタバコも藻タバコも吸ったことはなかったが、美味いという話は聞いたことがなかった。一方、最近流行りのカワカミタバコはニコチンとタールの自浄作用がある北蛮桜の皮を漉いた紙で巻かれた健康タバコだ。

 その店でカワカミタバコを三カートン買っていった。政府の配給数量に制限があり、そこの在庫は三カートンしか無かったのだ。

 バスに戻ると、バスの回転砲台で護衛していた二人の男がバスの横で、折り畳み椅子と折りたたみテーブルを広げて軽食を摂っていた。その代わりにバスガイドの姉崎友江がバスの前部ドアの前でアサルトライフルを構えてバスを警護していた。長い脚を肩幅に広げて踏ん張り、ライフルを握る両腕は脇が閉まっている所を見ると、やはりこの女も傭兵上がりのようだ。


「おかえりなさいませ」

 勘八の姿を視界に捉えると、友江は警戒態勢を崩さないまま、笑顔で挨拶した。物々しい格好と不釣り合いな笑顔だった。

 バスの中に戻ると、他の客はまだ殆ど帰ってきていなかった。

 やがて、紙袋や持ち帰り袋を手にした客達が一人、また一人と戻ってきた。勘八が外に出てもう一本タバコを吸ってこようかな、と思っていると、バスの与圧ドアがくぐもった音をたてて閉まった。

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