覇界の螺旋 編

45 かつて、ただ一つあり

 螺真王ザ・パンゲアアトランティスは傲慢に見下ろす。


 視線の先には小さな、あまりにも小さなラ=ズがいた。

 それの傍らに立つ少年は首にさげたペンダントを握り締め。


 小さきモノが二つ、こちらを見上げている。


 ――ああ、と界転アトランティスはようやく気付く。


 あれは、どうやら我々じぶんを睨んでいるらしいと。


「火焔!」

「電身!」


 少年・旭の身体がプラズマに変換され、螺卒ラ=ズの虎珠に吸い込まれる。

 全高1メートルの橙色オレンジボディの足元に渦巻く曼陀羅めいた螺導紋サークルが広がって――着火イグニッション

 一瞬にして白と銀の外殻そうこうを纏った火焔ファイヤー虎珠皇こじゅおうが顕現し、背中のドリル推進で砂漠から飛び立った。


「虎珠。君は本当にムーに似ている――当然のことだが、面影があるよ。アトランティスが一目みて、ムーに連なる者であることが分かったほどにな」


 両腕にドリルを構えて迫る虎珠皇を前に、アトランティスは動こうとしない。


 まっすぐに突っ込んできた虎珠皇の速度が急激に勢いを落とす。

 もはや空中で停止しているも同然だ。推進力の源である背部ドリルは未だ高速回転を続けているのにも関わらず、である。


 虎珠皇はいま、凄まじい圧力に全身をさいなまれているのだ!


「こいつは、あのクソババアメガラニカ空間支配能力ちからか!?」

「あの時とは比べ物に、ならないッ!? 虎珠皇のドリルで掘り進めないなんて!」

「……刻冥、フォローをお願いできる?」


 空中で止まったままの虎珠皇を遠目に、彰吾はつとめて冷静な口調で言った。

 うっすら血管の浮いたスキンヘッドに冷や汗が一筋つたっていく。


「あの子たちが“理解”したらすぐに撤退できるようにネ」

「うん……ギガラニカを相手取ったばかりで消耗してる今の私たちが……あのアトランティスとまともに戦って、可能性はないもの」


 *


 アトランティスがおもむろに両腕を拡げる。

 一本脚の異形は全高100メートル。両腕を拡げた姿は金と銀の幹をもつ大樹にも見えた。


 拡げた両腕の中ほど、肘の内側にあたる部分にはすり鉢状の窪みがある。

 その螺旋状の凹凸が刻まれた部分を根元にして、手首の先までの空間が陽炎のように揺らいでいることに虎珠皇は気付いた。


「虎珠、何かあるよ! アトランティスの腕のところに何か!」

「ああ、あるな! 見えねーけどよ、たしかに。何があるんだ!?」


 陽炎の揺らぎはやがて歪みとなり、螺旋となった。

 目に見えない何かは――アトランティスの腕から生える何かは、確かに廻っていて。

 そこまで目の当たりにしたところで、ようやく虎珠と旭は“まさか”と口にした。


 不可視のそれは、ドリルであった!


「見よ、と言っても観ることはできまいが――余のドリルは東西さゆうにも天地じょうげにも存在せず。なり」

「言ってることがっともわかんねぇ! すぐにその顔面ツラに俺のドリルを叩き込んでやる!」


 虎珠皇は啖呵と共に両腕のドリルを後方へ向けた。

 敵空間からの防御に使っていた分のドリルをも推進力にまわし、空中に留められていた身体が加速する。


 全身の白銀外殻そうこうがタガネを打ちつけられたように凹んでゆく。

 意に介さずアトランティスの頭部へ接近!


 文字通り、目と鼻の先まで肉迫したところで――虎珠皇は

 上昇前進するための力が瞬時に反転。

 100メートルの高さから猛スピードで急降下した虎珠皇が砂地に叩きつけられ、砂飛沫が高々と巻き上がる。


 地表あしもとでうめく虎珠皇を見下ろして、アトランティスはドリルを廻す。


アトランティスの言葉では解かりづらかろう。教員の端くれとして界転わたしが説明してやるとしよう。ああ、そうしよう」


 落下の衝撃に手足の節々を軋ませながら、虎珠皇は小さな体をどうにか起こす。

 頭上からは、超然として傲慢で絶対的なアトランティスの声が響いてくる。


「捻利部界転は、ムーの欠片ミィ・フラグメントゥムを観察し分析し、ひとつの結論にたどり着いた。断片が虎珠と刻冥というそれぞれ異なるラ=ズとして発生し、各々が力を有し成長する――ダイラセン・ムーが行った、自らの力を高める為の秘策。これが奴に固有の能力でないことは、かつて対峙したアトランティスが知る所だ。ならば、ムーの行った所は余にもできよう。しかし、? なぜ、?」


 アトランティスの声が徐々に熱を帯びる。

 巨体から発せられる響きが、砂漠の砂をびりびりと震わせ始めた。


「すなわち、だ。のだ! ダイラセンだけではない。地底世界すべてのラ=ズは、かつて一つであり、今や分かたれ、やがて一つに収斂すべき存在なのだ!」

「なに、イカれたこと、言って……!」


 ようやく立ち上がった虎珠皇が仰ぎ見る。


「諸君らも実践しているではないか。ムーの欠片に過ぎなかった虎珠は今やダイラセンと対峙するほどに成長している。自らが歩んできた道をわたしとの問答で否定するかね?」


 相変わらず両腕を拡げたままのアトランティス。彼の声音には、講義を行う学者と演説を打つ独裁者とが混沌と混ざり合っている。


「大結論へ至るためのピースはもう一つある。そもそもラ=ズが地上の物質と融合する能力を有するのはなぜか? “収斂の真実”から、自ずと答えは導き出される――――ラ=ズは、ダイラセンは、地上に在る万物は、すべて元々は一つの“それ”であった! すなわち“パンゲア”! 地底より出で、地上を創りし螺真王ザ・パンゲア!」


 咆哮というべき宣言に呼応して、大地が再び震える。

 金と銀の両腕で廻る空間ドリルが、いっそう禍々しく神々しい気配を放つ。


「全てのものがパンゲアから分かたれた。今や、次なる段階だ。地上と地底の万物は再びパンゲアへと合一し、より強大なドリルとなる。これぞドリルの真理! 螺旋的進化である!」


 アトランティスが両腕をゆっくりと動かす。

 虎珠皇は身じろぎもできず、ただ仰ぎ見るばかりである。


「我がドリルは裏向きのドリル。裏ドリルが行うは、破壊ではなく――創造」


 不可視ドリルの切っ先が、重なり合った。


「垣間見よ。我がドリルの一端を」


 まず、歪んだ空間の周囲に塵が生まれた。

 塵は瞬く間にかさを増し、不規則な激流を球形に閉じ込めた灰のうねりになった。

 灰の球が二つのドリルによってかき混ぜられる。

 やがて、形をなす。

 まるで時間を巻き戻されたかのように、混沌とした灰の塊があるべき姿形かたちをなしてゆく。


 アトランティスのドリルが生み出したそれは、音もたてず砂漠に降り立った。



 全高20メートルの巨体。

 亡骸のような石灰色の装甲ドレスを身にまとうその姿は、ダイラセン・レムリアそのものであった。


「な――――」


 虎珠と旭は絶句。

 怒りと悔しみと絶望感がない交ぜになって、彼らの脳裏を真白まっしろにした。


 その時、虎珠皇の背後に直径1メートルほどの“亜空間口ワームホール”が開かれて。


「帰ろう……旭。今は逃げるの、虎珠」


 現れた刻冥は虎珠皇を亜空間に引きずり込んで、そのまま姿を消した。

 なす術もなく撤退する彼らを、アトランティスはただ悠然と見送るのみであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る