41 火焔

「――繰り返す。当該空域に侵入できない」


 エジプト空軍のパイロットは、困惑を頭の中に押し込んでどうにか冷静な口調で報告した。

 「スフィンクスがピラミッドの周りで暴れている」という冗談のような状況も、実際に戦車が破壊されたとあれば真に受けざるを得ない。

 ゆえに、こうして空からの偵察を試みているのだが――何度も侵入を試みるも、気が付けばなぜか件の空域をのだ。


「目標“スフィンクス”は見当たらない。その代わり“未確認物体なにか”がる」


 かろうじて確認できるのは、地表の砂漠で幾度も不自然に巻き上がる砂塵。

 パイロットには砂塵の正体を知ることはできない。

 距離や視力の問題ではなく、認識できない。


 いまピラミッドをめぐって戦っている螺卒ラ=ズたちは、周囲の空間を支配して切り離すだけの力を持つからだ。

 同じ三次元空間に、明らかなべつ世界が生じているのだ。


「ああ……なんだ。!?」


 あらためて砂漠の観察を命じられたパイロットは、今度こそ狼狽うろたえを隠せなくなった。


 広大な砂面に溝が刻まれていくのが見えた。

 ある一点を中心として刻まれていく溝が影をつくり、砂漠に墨を流すがごとく紋様を描いてゆく。

 規則的な同心円が、徐々に大きくなりながら並べられてゆく。

 螺旋状に、ならんでゆく。

 高度1000メートルの上空だからこそ観測できたそれは螺旋に渦巻く曼荼羅まんだらのようであり、いまひとつたとえるならば。


「あれは…………砂漠に巨大なミステリーサークルが描かれている!」


 *


 螺旋曼陀羅ミステリーサークルの中心に立つ全高1メートルの小さな螺卒ラ=ズ――虎珠はドリルを廻していた。


 廻せば廻すほどに、虎珠と旭は不思議な感覚をおぼえた。

 この空間せかいの理が掌に収まるような感覚だ。

 ヘレナの「ドリルを廻すとは世界をつくること」という言葉の意味が今ならわかる。

 それでも、まだ足りなかった。


「空間支配の真似事を始めているのね。生意気よ、坊やたち」


 ギガラニカが両腕を虎珠へ向ける。

 指先から放たれた巻貝ドリルミサイルが殺到し――ちょうどミステリーサークルの端にあたる所で、見えない壁にぶつかってぜた。

 爆風が晴れ、姿を見せたのは両翼のドリルを切り離して自身の周囲に展開した刻冥こくめいである。


「この空間を部分的に補強すれば……私だけでもギガラニカの足止めは……できる! 虎珠、旭、もっとドリルを廻して!」

「やってるけどよ……なんか、あとちょっと! ほんの少しのことなんだ……足りねぇってのはわかるんだけどよ!」

「虎珠、諦めないでがんばろう!」


 旭の激励と同時に、ドリルが炎をまとう。

 ドリルの炎はわずかずつ、虎珠の足下――ミステリーサークルの溝へ流れ込む。

 確実になにかを成す種火ではあるが、広大に拡がった螺旋曼陀羅を充たすには心許こころもとない。


 しばらく固唾を呑んで刻冥と虎珠とを見比べていた彰吾は、不意に思い至った。


「……濤鏡鬼とうきょうき。刻冥がやってる、アタシらもやるわよ」

「ヴン!」

「疑いもせず頷くのね。そういう馬鹿は嫌いじゃないわ――ってことだもの!」


 思い立ったらライドオン。

 彰吾が跳び、濤鏡鬼の背にまたがる。

 阿吽の呼吸でビークル形態モードへと変形し、白い巨鬼はアクセル全開。

 砂漠オフロードを蹴立てたタイヤの跡に爆加ニトロの炎が立ち上る!


ヴルルルン男なんだろ! ヴンヴンヴンヴンエンジンに火をつけろ!」


 虎珠が刻んだ螺導の聖痕に炎のわだちがシンクロする。

 内から外へ、外から内へと。

 疾走すれば螺旋曼荼羅に火が点るイグニッション


 火がついて燃える。

 大人おとこの炎が燃える。

 少年おとこへ渡すために燃える!


「虎珠。僕もヘレナさんから受け継ぐよ。ヘレナさんだけじゃなくって、お爺ちゃんからも、彰吾さんからも。大勢の人がつくってきたもの、つくってきた想いを持っていこう。君と! いっしょに!」

「ああ――ぜんぶ受け止めよう。俺と旭ん中に、ぜんぶ!」


 螺旋ドリル曼陀羅せかいを炎で充たし、濤鏡鬼と彰吾は虎珠あさひのもとへ。

 中心へ至り、濤鏡鬼が変形を解除。右腕の巨柱シールドドリルから火の粉が散った。

 迎える虎珠も、橙色の炎を纏う右腕のドリルを掲げる。


 ――すれ違いざまドリルとドリルでハイタッチ。聖火はいま渡された!


 螺旋曼荼羅の炎が虎珠に集まる。

 胸部中央の結晶が煌々と輝き回転し、姿が変わる。


 外殻そうこうが燃える炎のカタチに隆起!

 背部4基の噴進器スラスターから円錐形戦闘用ドリルが出現!

 両腕のドリルが宇宙ロケット型に変形して切り離され、両肩に自動装着!

 頭部の巨大ミィ・フラグメントゥム結晶も炎のカタチ――真紅の鶏冠!

 橙色だった全身は純白へと変じ、所々が赤く輝く!


「これで俺達おれは――――火焔ファイヤー虎珠皇こじゅおう!」


 名乗りを上げる小さな体は、巨神のごとき存在感プレッシャーを放っていた!

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