39 ピラミッド・パワー

 レムリアの鋼鉄の四肢に、メガラニカの触手が巻き付く。

 鉄の戦姫は膝を屈したところを強引に立たされ、はりつけの辱めを受け。

 無防備な胴にパシフィスの巨大な拳が打ちつけられた。


 ゴォン、と重い金属音が砂漠の空に響くたび、周囲の砂がおびえたように震える。

 大型トラックが猛スピードで衝突するよりも強力な打撃を何度も受け、黒鉄色の装甲ドレスはみるみるうちに歪み。へこみ。砕けてゆく。

 右肩と左腰の装甲はついに耐えきれなくなり、磔になったレムリアの足元に脱落した。


「下衆、が……けっこうな、趣味、だね……ッ!」


 レムリアは絞り出した声で吐き捨てて、渾身の力を右脚に込める。

 触手から分泌されている高粘度の液体によって、レムリアの力の源たる後頭部メインドリルは動きを止められている。

 それでも、体の一部だけであればメガラニカの触手拘束を抜け出すことはできた。


 自由になった右脚でパシフィスの股座またぐらを蹴り上げる。

 人間同士であればにあたる不意を突いた一撃。

 だがダイラセン・パシフィスの全身は分厚い岩石のようで、それは股間であっても同じことだった。


「んんんー? 今のはもしや、蹴ったつもりかァ?」

「あらあら、ダイラセンを名乗っておいて無駄な抵抗は見苦しいわ。お仕置きよ」


 メガラニカの鯱頭と蛇髪を生やした女が同時にほくそ笑む。

 同時に放たれた触手経由の電撃がレムリアを襲う。

 近くに居たパシフィスも感電するが、鈍感な象人は意に介さず。


「蹴りの手本を見せてやろう!」


 強烈な前蹴りがレムリアの胴に直撃。

 続けて、パシフィスの大きな手が左肩に伸びる。


 五指のドリルが肩口にめり込んで――力任せにもぎ取られた左腕が宙を舞い、砂地に沈んだ。


 *


「は、はやく助けに行かないと! 虎珠!」


 焦りと苛立ちが噴進器スラスターの炎となって虎珠を飛ばす。

 正面に居た二体のスフィンクスを立て続けに頭から尾まで貫くが、四方から伸びきたドリル竜巻に方向転換を余儀なくされる。


「クソッ! 何匹出てきやがるんだ、こいつら!」


 嬲られるレムリアのもとへ向かおうとしても、進行方向に立ちふさがる何十というスフィンクスの群れがそれを許さないのだ。

 行くべき場所へ向かえないという焦り。そうでなくても、自分の何倍もある巨大な獣が絶え間なく襲いかかってくる状況は虎珠に綻びスキを生んだ。


「下からきた!」


 旭の叫びが脳裏に響く。

 ピークに達した集中力。

 周囲の景色は、スローモーション。

 砂の飛沫しぶきが飛び散って、足元からスフィンクスのドリルが迫る。

 不覚をとったと理解して、ダメージを覚悟する。


 ――その直上から、闇色のドリルが急降下!


「お前は……」


 地中から急襲してきたスフィンクスを再び地面の下へじ込んでから、闇色ムラサキの矮躯が振り向いた。


「旭、大丈夫?」


 赤く大きな瞳を向けてくるラ=ズの声は、見知った少女のものだった。


「ノクス!?」

「……うん」


 大きな頭でこくりとうなずく。

 側頭部から後方へかけて伸びる二対の角が、日差しを受けて輝く。

 その姿――“刻冥”と呼ばれて、ノクスは虎珠にも肯きを返し。


「そう……ノクスは刻冥。刻冥はノクス」


 身体をみののように覆っていたドリルを翼のごとく展開ひら刻冥こくめいの姿は、龍を思わせた。


「いくよ……旭……虎珠。パシフィスとメガラニカはここで倒す……私たちの手で!」


 翼と両腕、頭の角として備わったドリルを回転させると、宙空に直径数メートルの“穴”が開く。

 空間に穿たれた穴から三つの影が落ちてきて、着地した。


 嵐剣丸夕季。濤鏡鬼。彰吾。

 四人は虎珠と刻冥に並び立つ。


 合図は不要。ドリルの回転音が重なって、砂漠を、青空を切り裂いた。


 *


「形勢逆転だねえ」


 ドリル獣スフィンクスの群れが四体のラ=ズによって次々と駆逐されてゆくのを見て、レムリアは言った。

 自分自身は片腕を失い満身創痍、触手の拘束からも脱出できていない。

 しかし彼女の声音には余裕が――たちへの期待と信頼が含まれていた。


「ただのラ=ズがたった四匹。それで何か変わると思って?」

。その為のマハトマだからね」

「へえ、すごいの…ねっ!」


 左腕を拘束していた触手ドリルが、石灰化した脇腹に突き刺さる。

 レムリアは短く呻いて苦痛をかみ殺し、飄々とした声音を意地で保ち。


「はん、これくらいは読めてたさ。なにせメガラニカだ、20年前につけた古傷を見逃すはずがないよねえ」

「口の減らんやつだ。おい、メガラニカ、もうトドメを刺して良かろう!?」

「いちいち話しかけないで。ま、これ以上は時間の浪費ね。さっさとやりなさい。」

「……そうとも。アンタたちは、使

「何ィ?」


 言葉を継ぐ代わりに、パシフィスとメガラニカの背後で砂面が弾けた。

 地中から飛び出したのは一輌の列車――レムリアの左腕である!

 刻冥たちの乱入と先の問答をにして、密かに地中へ潜り込ませていたのだ。


魔破斗摩マハトマ獄伝赤熱波導パルスエクスプレス!」


 赤熱化した左腕車輌が一直線にピラミッドへ突っ込んでゆく。

 列車は四角錐のふもとにたどり着くと、石壁に染み込むようにして内部への侵入を果たした。


「しまった……! パシフィス、あなたが調子に乗って腕をもいだりするから!」

「ぬぅ!?」


 メガラニカになじられてうろたえるパシフィスをよそに、ダイラセン・レムリアの片腕ちからを取り込んだピラミッドがDRLとして動作を始めた。


 地響きが砂漠の大地を揺るがす。

 ただ震えるだけではない。

 砂が流れを形成し始めている。

 ピラミッドを中心とした渦巻き状の巨大な流れだ。

 すなわち。


 ――――ピラミッドが回転ドリルを始めたのだ!


 廻る!

 太古のドリルが廻る!


 高速で回転するピラミッドは、まず巨大な竜巻を生み出した!

 スフィンクスたちの脚が地面から浮き、次々と空へ巻き上げられてゆく。


「ピラミッドの力って……どうなってるんだろ、あれ」

「ああ。どうなってんだろうな。見ろよ、パシフィスとメガラニカも必死に吹き飛ばされないようこらえてるって感じだぜ。よ」

「「これはまさしく“神風の術”――標的のみに作用するあやかしのわざなり。大螺仙ダイラセンは天狗の術も使えるのか!」」


 嵐剣丸が感服をもって仰ぎ見る。

 烈風にうずまく砂塵は青空を隠し、暗雲のごとく光をさえぎっている。

 渦の先を見る。そこまで巻き上げられたスフィンクスたちは、ひとりでに全身を引き裂かれ砂塵に還っていった。


 空が、捻じれていた。


 天そのものが、地へと矛先を向ける螺旋亜空間ドリルを成していた。


「魔破斗摩――――虚空ドリル!」


 破壊の意志が空間を捻り、巨大な、巨大なドリルの切っ先となって降りてくる。

 降りてくる。

 降りてくる、一万年来の仇敵の頭上へ。


「うおおおおおおーッ! メガラニカ、メガラニカァァァァァァーッッッ!」


 想い人を呼ぶパシフィスの絶叫が、天のドリルに押しつぶされる。

 地表に達した虚空ドリルが、砂漠を抉る。削り取るのは空間そのもの。

 直径十数メートルの“亜空間あな”が、拙い合成写真のように唐突に開けられて。


 象頭の巨人と名状しがたき怪人魚は、虚空の彼方へと堕ちていった。


 *


 砂漠を埋め尽くしていたスフィンクスも、二体のダイラセンも、ことごとくが姿を消し。

 もとの雲一つない青空の下、レムリアはピラミッドに背を預けている。

 全ての力を使い果たし、既に機械眼球カメラアイは消灯。立ち上がることもままならないようである。


「……レムリア」


 刻冥は、骸のようになった鋼鉄姫てっきの顔の高さまで浮上して名を呼んだ。

 身を案じていることは、声色で判った。

 レムリアは残された右腕を精いっぱいの力で持ち上げようとして、それがかなわないことを悟ると。


「あとは頼んだよ。嬢ちゃん刻冥坊や虎珠


 レムリアヘレナが声を絞り出した直後、空に亀裂。

 砕けた空の空間あなから、二つの巨影が降ってきた。


 全身を破壊しつくされたパシフィスと。

 無傷のメガラニカである。


 自らの盾になり倒れたパシフィスの上に、鯱蛸の巨体が登る。

 その場に居る全てを見下ろして、蛇髪の美女は口を開き。

 深淵の、暗く冷たい声を吐き出した。


「そう。が反撃だったのね?」

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