33 狙われたドリル

 夕季は一晩経ってから、下呂であったことを彰吾に打ち明けた。

 一時は胸の内に秘めおこうとも考えたが、山防人としての、飛騨の頭領としての立場が彼女の背中を押したのだ。


 報せをきいた彰吾は、複雑な面持ちをした。

 彫りの深い顔に驚きと困惑、そしてある種の覚悟が入り交じっていた。


「それで、あんたはどうするつもり?」


 たった一言の問いが、凄まじい重みをもって夕季の細い肩にのし掛かる。

 それでも夕季は、いつもの鉄面皮ポーカーフェイスを剥がすことなく冷徹な声音を吐き出した。


「――“山”の現頭領として、

「……そう」


 古来から忍者として活動を続ける飛騨の影一族にとって、機密の漏洩と二重スパイの発生リスクは最優先で摘まねばならぬ毒芽であった。

そしき”を抜けた者には、死を与えるのが掟である。


 夕季は掟に従い、幼なじみを討たねばならぬと断じた。

 だが、それをこうして彰吾に伝えたのは、彼女が鉄面皮の下で今もなお苦悶していることの現れだ。


 綿貫つらぬき夕季ゆきと堀 彰吾、そして草戸そうどめいは幼い頃から兄妹同然の間柄であった。


「“抜け忍”草戸 明は、堂本里美の偽名で旭くんに接触をはかっていたようです。消息と共に目的の調査も必要ですね。さっそく、ます」


 それだけ言い残して、夕季は川鋼寺の応接間から消えた。


「……こくね」


 彰吾は一言つぶやいて、夕季が消えた天井をしばらくの間見上げていた。


 *


「失礼します……あれ、誰も、いない?」


 意を決して保健室の扉を開いた旭は拍子抜けした。

 いつもなら養護教諭が――里美が居るはずの室内は無人。

 下呂で里美と会ってからの夕季に元気がないように感じた旭は、自分なりに何かを確かめようと思い保健室を訪ねたのだ。


「穿地くん、なにしてんの」

「うん、ちょっと用事があって。倉須くらすくん、里美先生をどこかで見なかった?」


 同級生の少年は首をかしげた。

 質問した旭に向ける眼差しは、怪訝なもので。


「……里美先生って、誰?」


「え――?」

「なんか朝からボンヤリしてたよね、穿地くん。一緒に帰ろうよ。今日はカノジョ居ないみたいだよ」

「だからノクスは彼女とかじゃないって……」


「ブオオオオオオン!」


 突然、エンジン音が鳴り響いた。

 校舎の中に居ても聴こえてくるほどの爆音に腰を抜かす同級生をよそに、旭はすぐに保健室の窓へ駆け寄り外を確認。


 聞き覚えのある爆音こえの主、濤鏡鬼とうきょうきがビークル形態で校門の前に停まっていた。


 *


 濤鏡鬼に乗せられて学校から川鋼寺に到着すると、彰吾はいつになく急かして応接間へ旭を上げた。

 既に集まっていた夕季、ヘレナに虎珠は、みなTVモニターに目を向けている。


 緊急速報、生中継とテロップが挿し込まれた画面には、一面の砂漠とピラミッド――を背景にスフィンクスのような何かがエジプト軍の戦車を蹴散らして暴れていた。


「……特撮?」

「現実だぜ旭。ほら、でこからドリル生えてんだろ」

地底世界したじゃあ見慣れたモンだが、地上の一般人にこれは刺激的だろうねえ」

「ねえ、これ、本当に何? 大変なことになってるのは僕でもわかるけど……」


「パシフィスが自分のちからを植え付けたんだろうさ。呼び方は“ドリル獣スフィンクス”でいいかねぇ、ショウゴ?」

「アタシじゃなくてパシフィスに訊いて頂戴ちょうだい

「あそこ本当のエジプトだよね。どうして突然あんなところに出てきてるのかな?」

「十中八九、狙いはピラミッドだね」

「まさかとは思いましたが……ダイラセンほどのラ=ズなら支配下に置くことも可能ですか」


 頷くヘレナに、夕季と彰吾はいっそう緊迫した面持ちになる。

 しかし旭と虎珠は、まだ事情が飲み込めない。


「ピラミッドってあの後ろの方に映ってるだろ? 何なんだよアレ」

「ピラミッドは昔の王様のお墓なんだよ」

「ハカ? 死んだやつを埋めた目印か。ンなもんどうして」

「説明するワ。旭もよくお聞き。ピラミッドってね、表立っては王様のお墓として知られているけど――本当はDRLなのヨ」


 旭が「なんだって――!」顔をする横で、虎珠は彰吾を見上げてふむふむと頷く。


「DRLって旭の爺ちゃんが作ったんじゃないのか」

「ミィ・フラグメントゥムのような地底由来のマテリアルを使わない次元連動装置Dimension Rooting Loaderはずっと昔から作られていたのよ。ピラミッドはかなり古い部類ネ。近年の調査で、その時代のファラオが地底へ行きラ=ズと融合するために作らせたものだと判明したの」

「ちなみに新しいもので言うと東京タワーやエッフェル塔。あと業が深い部類で有名どころだとだねえ」


 ヘレナが付け加えると、旭はもう一度「なんだって――!」顔をした。


 読者諸君も知る通り、ヘレナが語ったことは歴史的である。


 古今東西、地上人類は天を衝くような建造物を数多く作ってきた。

 それらの多くは秘密裏にDRL――多重三次元空間との架け橋として建造されたのだ。

 バベルの塔の顛末は、本作の第七話にて語ったレインボー計画の類型である。

 版図を地底にまで拡げようとした者達が巨大なDRLを建造し、結果としてラ=ズの妨害を受けたのだ。

 バベルの語源とされるヘブライ語“balal”はを意味するが、これがラ=ズによる無差別な融合憑依――“百鬼夜行”現象を示していることは言うまでもないだろう。


「パシフィスの野郎はDRLを手に入れて何かしようってハラか」

「具体的に何をするつもりなのかはまだ分からないけどねえ。次元の壁に孔を開ける道具を手に入れようってんだから、ロクでもないことに違いはないさね」


 そのとき、張りつめた雰囲気の室内にポーン、という気の抜けた電子音が聴こえた。

 SNSアプリの通知音である。

 立て続けにポーン、ポーン、ポーン、ポーン、と鳴り続ける音は彰吾の端末から出ていた。

 メッセージの主は捻利部ねじりべ 界転かいてん

 内容を確認するや、彰吾は眉のない瞼を驚きに見開いた。


「ノクスが拉致された」


 メッセージと共に、顔面蒼白になったモグラのイラストスタンプがものすごい勢いで連打されていた。

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