30 魔破斗摩・炎

「――ムーの気配においがするな!」


 パシフィスは象頭から伸びる長い鼻の先を旭達に向けた。


「きさまらは何者だァァァ!」


 加減のない絶叫と共に巨大な脚が持ち上がる。

 言葉の上では質問しておきながら、明らかに踏みつぶすつもりだ!

 少年と少女に影が覆いかぶさる。

 パシフィスの踏みつけは無造作なものであるが、ビルがそのまま倒れ込んでくるようなものである。


「に、逃げられない!?」

「……!」


 その時、二人の体が急に真横へ引っ張られた。

 思わず目を閉じた旭がおそるおそる瞼を開くと、目の前に自分の腕をつかむ虎珠の姿。

 隣では、ヘレナの小脇に抱えられた状態でノクスが不服そうな顔をしている。


 濤鏡鬼は四人を乗せたままフルスピードでパシフィスの足下から距離をとり、ビークル形態からラ=ズの姿へと変形した。


「虎珠、ヘレナさん!」

「ケガはえか、旭」

「うん! ありがとう、虎珠。濤鏡鬼も!」

「ヴォン!」


「……到着がずいぶん早い」


 ヘレナの腕をすり抜けてから、ノクスは口を尖らせた。


「オトナにはってヤツがあるのさ」

「……プライバシーの侵害」

「そいつは悪かった。ま、こうして助けに来たってことで帳消しにしといておくれ!」


 ウィンクをひとつしてから、ヘレナは普段の飄々とした調子を一転させ。


「坊や、アサヒとお嬢ちゃんを連れて逃げな」

「待てよ、俺たちも戦うぜ」

「馬鹿な事を言うんじゃないよ!」


 背中越しの一喝は、虎珠でさえ怯ませる“圧”があった。


「敵の力はきちんと見極めな。ドリルがない坊やにゃ電身もできない。もう一度言うよ。今の坊やじゃあ敵わない。やれる事がやるべき事だよ」


「……あんたはどうするつもりだ、ヘレナ」

「――ここはあたしに任せときな」


 頷いて踵を返す虎珠たち。

 だが、行く手を阻むように目の前の地面がボコボコと泡立つように盛り上がる。

 荷造り用のビニール紐や粘着テープ、ロープなどに憑依したラ=ズたちが次々と地上に這い出してきた。


 頭をドリルに変えて飛びかかってくる!

 濤鏡鬼が前に出て、右腕の巨柱シールドドリルで薙ぎ払い!


 側面から回り込んでくる紐状ドリル!

 ドリルなし徒手空拳の虎珠が一歩踏み込み、殺到する切っ先を掌底で打ち落とし!


「ちっ! よけろ旭!」


 虎珠が舌打ちして警告。

 小型ラ=ズは数があまりにも多く、数匹を打ち漏らしたのだ。

 旭とノクスを狙い、紐状ラ=ズは尖端のドリルをもたげ。



 ――八つ裂きにされた!


「ドリルが浮かんでる……?」


 旭は目をこすってもう一度、正面の“空間”を見る。

 間違いない。何もない宙空ばしょから、合わせて8本の円錐状ドリルが生えていた。

 謎のドリルはふたたび一秒だけ回転。切り裂い紐状ラ=ズの切削屑を振り落とすと、空間に染み込むようにして姿を消した。


「……旭、走ろう」


 ノクスが呆気にとられる旭の手を引く。

 強く握ってくる少女の手は、懐炉かいろのように熱かった。


 *


「さて。パシフィスが相手なら、本気で行かなきゃねえ」


 ダイラセン・パシフィスを仰ぎ見て、ヘレナは顔にかかる黒髪をかきあげた。


「時間稼ぎのつもりか、ニンゲン!」

と来たか――相変わらずニブいこって」

「何か言ったかァァァ!?」


 不敵に笑うヘレナに苛立ち、パシフィスは容赦なく踏みつけを敢行。

 ヘレナは腰に手をあて悠然と立ったままである。


 巨大な足がヘレナの頭上に迫ったとき、パシフィスの巨躯に勝るとも劣らない“もの”が地表を突き破って飛び出した。

 車体を黒鉄色の装甲で覆った弾丸列車だ。先頭車両の前面が巨大なドリルになっている!

 ドリル列車はちょうどパシフィスの足下を押し上げるように出現し、踏みつけを退けた。


 列車の車輪は前方に次々と生成される線路に載って、巨大な車体が龍のごとく空を駆ける。

 ヘレナは跳躍、校舎の上空を旋回する先頭車両に飛び乗って。


「魔破斗摩・錬結展身!」


 叫びと共に右の拳を列車にあてれば、体が吸い込まれる。

 空中を疾走する列車が変形開始。

 先頭車両の前面が蓋のように開き、巨大なドリルごと後ろに回る。車輛の中からしなやかな機械メカ腕が一対あらわれた。

 続いて後方の車輛も装甲を展開。末端が鋭くとがった二本の脚だ。

 腕がレールを掴み、強引にブレーキをかける。反動で後方の脚が前転して正面に回り込んだ。

 刃の切っ先のような両足がレールに載った。ちょうど人型が大きく体をのけぞらせた格好かたちは、氷上を滑るフィギュアスケーターを思わせる。

 上半身が起き上がる。真鍮色の配管パイプ歯車ギアを至る所に配した黒鉄の装甲ドレス、全高20メートルの鋼鉄てつが――空のレールを、蹴る!


「お……お前は! お前はァ!」

「そうとも!」


 パシフィスの眼前に降り立った鋼鉄の王女は、面頬装甲マスクの双眸を明滅させた。

 響く声は、まぎれもなくヘレナ=ブラヴァツキーのものである。


「ヘレナさんも巨大ロボットになっちゃった!?」


 巨大化したヘレナは首をわずかに後ろへ向け、足下の旭にうなずいてみせ。



あたしはヘレナ・ブラヴァツキー――――またの名を、大螺仙ダイラセン“レムリア”!」



「レムリアか……レムリアかァァァ! メガラニカを、よくもォォォ!」


 変形完了したヘレナ――レムリアを目にしたパシフィスがにわかに激昂し突進。踏み込む度に周囲の地面が大きく揺れる。


「声がデカいんだよ」


 レムリアが構える。左手は胸の前、右手は肘が伸び切らない程度に前方へ。

 突っ込んできたパシフィスが右剛腕の五指ドリルを振るう!

 レムリアは突き出された相手の腕に手の甲をそえ、わずかに身を屈める――パシフィスは見えないレールにのせられたかのようにレムリアの後方へスッ飛んで、校外の山に叩きつけられた。


 木々に身を埋めるパシフィスが体勢を立て直さないうちに、レムリアは音もなく跳躍。跳んだというより浮き上がったと言うべき軽やかさである。

 仰向けのパシフィスに対し、空中で連続蹴り!

 両脚合わせて16撃。スラスターもプロペラもない純粋な跳躍にもかかわらず、驚異的な滞空時間だ。


「ぬおおおおお!」


 全身に蹴りを受けながらも、パシフィスは力任せに巨体を起こした。

 レムリアは後方へ宙返りして距離をとり、両腕を前方へ突き出す。


「魔破斗摩・獄伝拳ごくでんパンチ!」


 列車を模した両腕が切り離され、車輪から火花を散らして空中を走る。

 左右の手刀は、上りと下りの波状攻撃でパシフィスの装甲からだを切り刻み。灰色の破片があられのように山々へ降り注いだ。


「くあああああッ! 先の蹴り、この手刀の切れ味は、ドリル!?」


 悶絶するパシフィスを前に、レムリアは人間形態いつもの髪をかき上げるような仕草で頭部から後方へ伸びる巨大なドリル機関ユニットを撫でた。

 レムリアのドリルは、回っている。

 直接攻撃に使っていないが、回転は全身の経絡かいろを通じて四肢にドリルの力を伝導あたえていた。


「この力! 本当にダイラセンになったのだな!」

「ふん。少なくとも、寝起きのアンタにおくれをとるつもりはないよ」


 レムリアが右の掌を腰だめに構える。

 全身の歯車が廻り、右手は赤熱化。熱量で周囲の空気が陽炎に歪む。


「魔破斗摩・赤熱掌底インパクト!」


 脚の切っ先が大地を蹴る。

 踏み込んできたレムリアに対し、パシフィスは気迫の雄叫びと共に手近な樹木を数本まとめて引っこ抜き。

 勢いをつけて正面のレムリアに投げつけた。


 レムリアは赤熱掌底でこれを迎撃。

 掌が触れた瞬間、木と土の塊は稲妻のような光を発して燃え尽きた。


「……頭が冷えた。貴様の言う通り、寝起きではままならん。あらためて万全の状態で叩きのめすとしよう」


 低く重みのある声を残し、パシフィスは山を揺さぶって地中へ潜行。

 レムリアはそれを追うことはせず、周囲をぐるりと見渡して安否を確認した。


 向こうの国道から、赤いランプを連ねてパトカーがやってきている。

 空にはヘリコプターが3機ほど。報道機関のものであろうか。


「――よしなに誤魔化ごまかしといておくれよ、山防人の諸君」


 呟いてから、レムリアは身体ボディを列車に戻して地中へと消えていった。

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