22 ダイラセン

 川鋼寺の応接間に三人の人間と三人のラ=ズが集まっている。

 旭、彰吾、夕季と、虎珠に嵐剣丸――そして螺卒ラ=ズヘレナ・ブラヴァツキーだ。


 虎珠と隣り合ってソファにかけた旭の横に夕季も座り、彼女の傍らには嵐剣丸が控える。

 旭たちと対面するヘレナの前に茶の入った湯呑みを出してから、彰吾もはす向かいに腰を下ろした。


 なお、濤鏡鬼は体が大きすぎて屋内に入れないため窓の外から覗き込む格好である。


あたしは、ギョーゾー・ウガチの戦友さ」

「戦友って……お爺ちゃん、戦争行ってたの!?」

「いいや、人間同士の争いなんかじゃないよ。20年前、とんでもないラ=ズが復活しそうになってね。そいつの力を削いで封じ込めるための戦いに、彼は協力してくれたんだ」

「とんでもない……? どんなラ=ズだったの?」


 身を乗り出して訊いてくる旭に微笑んで、ヘレナは出された茶を一口啜すすった。


「――“大螺仙ダイラセン”」


 言って、ヘレナは席についた者達を一通り見渡した。

 きょとんとした顔で自分を見上げる旭を筆頭に、誰もその“存在ことば”に心当たりが無いようであった。


「アサヒは“幻島”って知ってるかい? ある時点まで地図に載っていたのに存在が否定された島さ。昔は人工衛星なんてなかったし航海技術も拙かったから、冒険家が別の陸地を見間違えたり、蜃気楼を見たりしたのが地図に載ってしまったものだと結論づけている――、ね」

「つまり、真実は地底にあり、ってトコかしら?」

「察しが良いね、和尚オショーさん。そうとも。たしかに見間違い、勘違いってケースもあるにはあったが――幻島ってのはラ=ズに融合されちまった島なのさ」

「島と……融合!? ラ=ズってそんなことできちゃうの!?」

「いや、フツーはできっこえよ。ンなことできるラ=ズはたしかにだ」


 八幡城と融合したジャラジャラに正面切って向かっていった虎珠が、神妙な面持ちをしている。虎珠の反応を見た旭は、ゴクリと唾をのみ込んだ。

 ヘレナは目の前の少年とラ=ズにしっかりと目を合わせてから、告げた。


「そして、島と融合するラ=ズの中でも規格外中の規格外――――大陸と融合したラ=ズがいる。それが“大螺仙ダイラセン”と呼ばれる者達さ」


「大陸と……!」


 夕季は眼鏡のブリッジに指を添え、自分が驚きを顔に浮かべるのを隠そうとした。

 応接間には息を呑む音以外に誰の声もなく、ヘレナの話の続きを沈黙して待った。


「地上の時間で言えば今から一万二千年ほど前、地底世界に最初にして最強のダイラセンが現れた。ダイラセン・・ムーと、ダイラセン・・アトランティスの二ドリルさ」


「ムーとアトランティスですって!?」

「ムー大陸とアトランティス大陸だ! 僕も知ってる!」

「伝説上の大陸は実在していて、ダイラセンになって地上から消えたってこと……!?」


「ああ、そうさ。そしてダイラセン・アトランティスは一つの大陸を飲み込むだけでは飽き足らず、地上の陸地すべてと融合しようとした。それを阻止しようと、ダイラセン・ムーは――我が師はアトランティスに戦いを挑んだんだ」

「ヘ、ヘレナさんって何歳なの!?」

「さあ? 数えたこともないね。“昔ばなし”を続けるよ。一万二千年前の戦いで、アトランティスは力を大きく削がれて地底世界と地上世界のはざまで眠りについた。だが、ムーも大きなダメージを負い、最後の力を振り絞って自分自身を砕いて地上に散り散りにした」

「相討ちか。しかし、眠りについたってこたぁアトランティスを完全に訳じゃあねえんだな。肝心のムーがバラバラになっちまってどうすんだよ」


 ヘレナは、問うてくる虎珠をじっと見つめた。

 見据えた相手の全身をくまなく押さえつけるような“圧”のある視線であった。


「いずれ復活するアトランティスに対抗するためさ。自分自身を“種”にして、ヤツに対抗し得る者達を育てようとしたんだよ。ミィ・フラグメントゥム――“ムーの欠片かけら”とは、ダイラセン・螺・ムーが遺した力の残滓なのさ」

「だからミィ・フラグメントゥムを持ったラ=ズは強くなるんだね」

「ラ=ズだけじゃないよ。地上の人間にも、ムーは欠片を通して“智慧メッセージ”を授けてきた。かつてムーの声を聴いた者たちの中には預言者として事を成そうとした人間だっているよ。20年前のあたしたちがアトランティス復活の兆しを察知できたのも、ムーの智慧を予言という形で遺した人間のお陰なんだ」

「そんな人が居たんだ……」

「けっこう有名だったハズだよ。ほら、和尚オショーさん、アンタこの中で一番年上っぽいね。わかるかい、20年ほど前の今頃――1999年、7の月」

「――――“ノストラダムスの大予言”……!」


 彰吾の彫りの深い眼窩が驚きで見開かれ、冷や汗の玉が一粒スキンヘッドを滑り落ちていった。

 その反応を見て、ヘレナはどことなく満足げに口端で微笑み頷いてみせた。


 言うまでもなく、ミシェル・ノストラダムスとは16世紀の大預言者である。

 彼の遺した予言は、20世紀末の人々に大きな影響を与えた。


 曰く、


 ――1999年7か月、空から恐怖の大王が来るだろう。

 アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために――


「大王とはすなわち、ダイラセン。あの予言は、アトランティスの復活をはかる者達がいずれ現れることを警告していたのさ。予言の真意を受け取ったあたしとギョーゾー、他にも幾人か仲間が居たね――私たちは先手を打って奴らの力を削ぐことができたんだ」


「削ぐ、か。つまり、それでもトドメは刺せなかったんだな」

「ああ、歯がゆいが坊やの言う通りだ。だからギョーゾーはムーの欠片をもとに、今度こそアトランティスに引導を渡すための道具を作ることにした。ラ=ズと人間が融合して力を高める為の道具――DRLをね」

「お爺ちゃん、そんな秘密をずっと隠してたんだ……」

「アタシたち山防人にとっても初耳よ、旭。曉蔵さんはきっと、何か考えがあって敢えて何も話さなかったんだと思うわ。そういう人だったもの」


 旭は、首にさげたペンダント型のDRLを改めてまじまじと眺めた。

 ルビー色に透き通った向かい合わせの螺旋円錐に、祖父がいかなる想いを込めたのか。


 ――DRLが想いを繋げるものならば、祖父の想いこえだって聞こえるのではないか。


 そんなことを考えながら、少年はしばらくの間DRLを眺め続けた。


「アトランティスの気配は大きくなってきている。今度こそヤツを打ち破るために――一刻も早く、一つでも多く。ムーの欠片を集めて同志なかまを増やさなくちゃならないんだ」


 大方を話し終えたところで、ヘレナはまだDRLを見つめている旭と、自分を見上げている虎珠に声をかけた。


「だから、私に坊やたちのをさせて欲しいのさ。ああ、そうだよ。あたしは、虎珠あんたの手伝いをしなくちゃなんないんだ」


 ヘレナは自分自身にも言い聞かせるように、ゆっくりと頷いて話を締めくくった。

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