委員会5(微修正)


      管理委員会事務所 委員長執務室前




西野は今時珍しい木製の重厚な扉の前に立っていた。ノックをすると「どうぞお入り下さい」と返事があった。


「待っていましたよ、西野事務局長」

 いかにも好々爺といった笑顔を向けて禿頭が言った。

「何か御用でしょうか、委員長?会議で可決した要望に関してはすでに関係各所への振り分けは終わっているはずですが」

「いや、その件は何も心配していませんよ。それよりも、昨日政府からのお客様が見えられたと伺ったもので。その話を伺いたいと思いました」

 西野の心拍数が上がった。

「検査院の方ですか。確かうちの秘書官の平沢が処理しました。地下鉄システムのデータに不備があると言ってきましたが、使用した計算資源が旧式であったので向こうの計算に不備があったということで追い返しました」

「そうですか」

 この国における最高権力者は感情の起伏の少ない声で応じた。

「お望みでしたら、彼が提出してきた報告書を後ほどお持ちいたします。ほかに用件がなければ執務に戻りたいのですが」

「すまないね、だけどもう少しだけ老人の戯言に付き合っては貰えないだろうか?」

 そう言うと、委員長は部屋の隅に置いてあったティーセットを運んできた。

「分かりました、長くなりそうですね」

「そう時間は取らせないよ、私くらいの歳になると時々若い人間に話を聞いてもらいたくなるんだ」

「そうですか・・・」

「西野君は、人間の脳がどんな仕組みだか知っているかい?」

 委員長が会計検査院の話を掘り下げると思い込んでいた西野は肩透かしを食らったように感じた。

「詳しくは存じ上げませんが、脳細胞の集合体だと習いました」

「その通りだ、では脳細胞一つではなにができるだろう?」

 禿げ頭の委員長は少しばかり楽しそうに、教師のような口調で話をしていた。

西野は黙っていた。

「わからないだろうね。私にも詳しくは分からない。でもおそらく脳細胞一つ一つではなにもできないだろう、できたとしても大したことはできない。でも、それが無数に集まることで知性が芽生える」

 西野はいらだっていた。

「なにがおっしゃりたいのですか?」

「いや、導入が長くなってしまったがね、私は昔の友人の話をしようとしていただけだよ。その友人は、地下鉄にそう遠くない未来に知性が芽生えると信じていた」

「地下鉄AIのことですか?」

 開発当初から地下鉄システムには人工知能が付与されている。

「いや、地下鉄AIすら管理下に置く大いなる知性の誕生だ。彼はこうも言っていた『その知性が発生する時、人々は支配されていることすら気付かずにそれを受け入れるだろう』とね、今や空洞都市は400000都市、総人口9億人。地下鉄は増築を繰り返し今や我々もその全容を把握できていない」

 そのあと、委員長は西野を相手に自分の旧友の話を長々と聞かせた。出会い、信条、別れ、などなど。

「その人物は今は?」

「旅立って行ったよ、遠い昔にね。地下鉄の知性の誕生を見届けるとか言っていたな」

そう言うと委員長はすっかり冷めた紅茶を流し込んだ。

「さあ、老人の戯言はこれで終わりだ。忘れてもらってもいい。執務に戻ってくれ」

「あっ、はい。紅茶、ごちそうさまでした」


自分の執務室に戻ると、応接用の椅子に古谷警備局長が座っていた。

「定例報告にしては長かったな、何かあったか?」

 西野は、委員長の話を聞きながら生じた疑惑を初めて口に出した。

「ああ、委員長は我々の目的に気づいているかもしれない」

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