攫われる道中

 抵抗をしなかったからか、キリランシェロのように魔法で拘束されず、目隠しと手を縛られるだけで、男が言った通り、手荒な真似はされなかった。


 キリランシェロも一緒に連れていかれるのか、もしかして始末されないだろうか。

 不安がこみ上げてきて、リズタルトは男に問う。



「キラは、どうするんですか?」



 男は短く答えた。



「一緒に連れていきますよ」



 愉快げな声に、不快感が露わになりそうだったが、寸の所で抑えた。


 縛られなかった足を動かすよう促され、リズタルトは大人しく従う。


 視界が布で覆われているので、転ばないように慎重に歩いた。あまり遅いと何されるのか分からないので、可能な分だけ速度は落とさないようにした。


 拘束された場所からすぐ下ったのは分かった。向かいの岸にいた親子たちは、どうしているのだろうか。この場を目撃したら、この男に何されるか分からない。無事でいてくれたらいいのだが。


 そう考えていると、足下が揺れた。水音が聞こえる。どうやら、船に乗せられたらしい。船の中を少し進むと、座れ、と言われた。その場に座ると、乱暴に抑えられた。詰め込まれているような手付きだと思った。手が離れると、横で大きい何かが倒れた音がした。


 ぐっという声が聞こえた。キリランシェロの声だ。


 扉が閉まる音がした。扉がある、ということは小舟ではなく、屋根があって荷物を運ぶ時に使う舟か。足を伸ばしてみる。何かが当たった。壁ではなく木箱のようで、ぐっと力を込めると少し動いた。おそらく、荷物の間に詰め込まれたのだろう。荷物の中身を確認する関所があるため、その対策で自分たちをここに詰め込んだのかもしれない。



(せめて、目隠しを取ってから行ってほしかったな……)



 これでは、周りに何があるか分からない。だが、口は塞がれていない。周りに自分たち以外の気配は感じない。リズタルトは口を開いた。



「キラ、大丈夫?」


「うん。リズは?」


「大丈夫だよ」



 返事は少し苦しそうだったが、しっかりとしていた。先程は喋れないくらいに縛られていたので、少し緩めてくれたらしい。



「まだ魔法で拘束されている?」


「うん」



 だろうな、とリズタルトは嘆息した。


 グルーテリュスはグリュースを取り込むことによって、魔法を使える。ただし、種族や個体により、取り込めるグリュースの量に限界がある。グリュースを溜め込むための袋が、グルーテリュスにはあって、それぞれその大きさが違う、というのが一般的に分かりやすいと言われている例えである。


 無理に規定以上のグリュースを取り込むと、取り込んだグルーテリュスは崩壊する。身体が崩壊するか、精神が崩壊するか。その時になってみないと分からない。グリュースは薬みたいなものだ。過剰摂取すると毒になる。


 ドラゴンは大量のグリュースを取り込んでも、平気でいられる種族で、グルーテリュスの中でも屈指の強さと知性を誇っている。子供でも侮ると痛い目に遭う。


 キリランシェロは子供でもドラゴン。暴れたりでもしたら、計画が台無しになるかもしれない。拘束する魔法にも色々と種類があるが、キリランシェロに掛けられている魔法は、動きを封じるだけではなく、グリュースを吸収出来ない仕組みになっている可能性がある。


 つまり、キリランシェロの力を借りて、この場を脱出することは出来ない。



(他の方法を考えるしかないか……)



 このまま大人しく従うつもりはない。ただ、相手の事は何も知らない。迂闊に行動出来ない状況だ。



(情報が足りなすぎる……どうにかして集めないと)



 脱出不可能だろうが、何も知らないよりかはマシだ。



「キラも目隠しされている?」


「リズも?」


「うん」



 と、扉が開いた。荒々しい足音が一つ、近づいてくる。何かブツブツと言っている。小さすぎて聞き取れない。


 荒々しい音が、近くで途切れた。と思ったら、いきなり口元を布のような物で塞がれた。そのまま、頭の後ろで結ばれる。



「ネチネチ嫌味言うんなら自分で縛れよ、あんのクソジジィ……自分が忘れたっていうのに、責任を押し付けやがって。官吏様にお目に掛かったからって、調子に乗りすぎかよ」



 あの男ではない、男の声だ。苛々しているようで、手付きが乱暴だった。横でんぅっとキリランシェロの籠もった声が聞こえる。キリランシェロも口を塞がれたのだろう。


 男が出て行く。リズタルトは男の言葉を反芻した。



(裏に官吏が絡んでいるってことかな? だとすると、誘拐した目的は身代金目当てじゃなくて、政治目的の可能性が高いかな。何を要求されるんだろうな……碌な事じゃないだろうし、逃げ出さないとなぁ)



 自分一人ならともかく、キリランシェロもいる。まず、キリランシェロの拘束魔法をどうにかして解かないといけない。



(裏に官吏が絡んでいたら、どの官吏だろう?)



 政治を補っているのは、官吏と呼ばれる役人だ。五つの庁があり、官吏はそれぞれの庁に属している。


 呉庁……娯楽や伝統に関する事を担当している。ここに所属している官吏は、呉官と呼ばれている。


 侍守庁……王都や城の警備を担当している。軍事を司っている。ここに所属している官吏は、侍官と呼ばれている。


 地庁……王都以外の街や里を定期的に視察する庁。道路整備もしている。ここに所属している官吏は、地官と呼ばれている。


 刻庁……王都と城の財政を担当している。ここに所属している官吏は、刻官と呼ばれている。


 断庁……法律を司っている庁。裁判はこの庁が取り仕切っている。ここに所属している官吏は、断官と呼ばれている。


 官吏だけでは、どの庁の官吏か分からない。



(どうしよう……)



 これから何処に連れて行かれるか。誘拐犯の親玉は誰なのか。親玉の目的は何か。謎だらけで不安がせり上がってくる。不安が渦巻くにつれ、胸が詰まる。


 よりによって、こんな時に。そんな気持ちが浮かぶ。


 一昨日に誘拐されたら、何も疑いもなく絶対に助けてくれる、と信じていただろう。だが今は、そう思えなかった。絶対に助けてくれない、という考えはない。だが、やはり昨日聞かされた話を思い出すと、その自信が萎んでいく。


 自分が助けられていいのだろうか、とか、政治道具としての価値が本当にあるのか、とか色々と考えては、その度に心が沈んでいく。


 そんな暗い思考の淵から、呼び起こしてくれたのは、ふいに感じたぬくもりだった。左側のお尻の側面にぴたっと引っ付くもの。そのぬくもりは、キリランシェロのものだと分かった。


 キリランシェロが不安を紛らわすため、くっついてきたのか。はたまた、リズタルトの不安を感じて安心させるためくっついてきたのか。おそらく後者だろう。リズタルトは少しだけ勇気付けられた。心を渦巻いていた不安が少しだけ消され、余裕が生まれた。



(考えてもしょうがないか)



 そんな自分ではどうしようもないことに不安がっても、現状を突破できるわけではない。



(と、いってもまずは情報を集めないとなぁ。このまま大人しくして、様子を見たほうがいいかな)



 父はどうしているだろうか。サボっているか、珍しく真面目にやっているのか。攫われて時間はそう経っていないから、まだこの事態に気付いていないかもしれない。

 どっちにしろ、誘拐されたことに気付くのに時間は掛からないだろう。


 リズタルトもキリランシェロに寄り添う。体温が低めのキリランシェロだが、今はそれが心地良い。


 このぬくもりが、今のリズタルトにとって唯一の希望だった。

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