リズの手伝い

 腹が満たされ、一行はリズの手伝いをすることにした。


 まずは、陰干しをする場所を確保した。これは去年作業をした場所が残っていたので、そのまま使うことにした。


 去年使っていたという、石で積み上げた作業台にまな板を並び、リズからフライボンの捌き方を学ぶ。青銅みたいな皮は手間は掛かるが、意外と簡単に取れることに驚いた。



「本当だ。けっこう手慣れていますね」



 捌いたフライボンを紐で括り付け、頭を下に向かせた状態で干す作業をしていると、リズに話しかけられた。


 捌く作業は、後の四人に任せている。ヴェイツとテトはすぐコツを掴み、リズの教えがなくても手早く捌けるようになった。ドロシーは今後のため、慣れたほうがいいだろうとのことで、同じくコツを早く掴んだリコリスに教わりながら、危ない手つきでフライボンを捌いている。ドロシーが捌いたフライボンは、ボロボロになり、身がほとんどない状態だった。それは出汁用にととりあえず干すことにした。


 カインとリズは作業場よりも少し離れた場所で、干す作業をしていた。カインはテトによって干す作業をするよう強要され、リズと一緒に干す作業をすることになった。リズの肩には、キラが乗っている。リズが話しかけるたびに、尻尾をゆらゆらと揺らしている。カインには興味がないのか、視線を合わさない。



 カインは作業している手を止めて、カインはリズに顔を向けた。



「旅に出る前は、よくテトの手伝いしていたんだ。テト、診療所の手伝いしていたけど、猟師もしていたからさ。干し肉とか燻製とか、あと獲物を冷やすために紐を括ったりとか、一緒にしたんだ」


「なるほど。肉は捌かなかったんですか?」


「いんや。オレ、修理は得意だけどさ、包丁とナイフを使うとなるとダメダメでさ。だからテトと母さんには、危ないから包丁とナイフ握るなって言われたんだ」


「だから、テトさんはこっちの作業をするよう、強く言ったんですね」



 笑みを絶やさないリズの顔を眺める。背格好は同じくらいだが、表情はどこか大人びているように見える。



「そういえばさ、リズって何歳なんだ?」


「十六になったばかりです」


「おお! 同い年じゃん! なったばかりってことは、誕生日はこの間だったのか? いつ?」


「十七のマグナスです」


「おお! オレと同じ誕生日だ!」


「え……」



 動いていた手がピタッと止まった。笑みを崩し、リズは大きく目を見開く。



「君も、十七のマグナス、なんですか?」


「おう! もしかしてさ、生まれはカンデレラの辺り?」


「……カンデレラって、風車で有名な村、ですよね? どうして、ですか?」


「カンデレラって、テトみたいな翡翠色の目をした人が多いからさ。リズも翡翠色だし、もしかしたら、と思って」



 リズは少し視線を泳がせる。



「え、と……君と、テトさんはカンデレラの出身なんですか?」


「そう!」


「……カンデレラの出身、ではないです」


「そうなのか?」


「ルーツがカンデレラの人と同じかもしれませんが、僕に生まれはないんです。両親は世界中を旅していて、その途中で僕を産んだみたいですから。亡くなった母がルーツかもしれませんね。僕、母親似らしいので」



 ギュルルー、とキラが鳴く。キラの頭を撫でると、リズは目元を緩ませた。



「リズの父さんって、今どうしているんだ?」


「世界のどこかでほっつき歩いているでしょうね。あの人、放浪するのが趣味ですから」


「変わった人だな」


「否定はしません」



 にっこりと笑い、リズは手を動かし始めた。



「さあ、作業を再開しましょう。明日の夕方までは戻らないと」


「一夜干しして、燻製にするんだっけ?」


「はい。その間にもやることがありますからね」


「やることって?」


「フライボンのメスから卵を取っているでしょ?」



 カインは頷く。フライボンのメスから卵が見つかり、それを取っておくようにリズが指示していた。



「あれを漬けるんです」


「卵も食べられるのか!?」


「はい。一部は研究に回しますが、その以外は食用にします。卵も美味しいですよ。一口サイズで食べやすいし、プチプチしていてとても濃厚で」


「漬けるって、どうやって漬けるんだ?」


「そこら辺に転がっている壺を使います。ここら辺の壺は状態が良くて、考古学専門の博士に持って行くついでに壺の中に卵を入れて、お酒と調味料を混ぜて漬けておくんです」


「……それって、考古学者が必要っていうくらい、その壺は大事ってことだよな? 使って怒らないのか?」


「壺の中に微かに残っているだろう、残滓を採取して分析する技術はないので、大丈夫ですよ。当の博士は、気にしていませんから。それに卵が大好きなので、許されます」


「お、おう」



 どうやらイカネでは、魔物を食べる文化が浸透しているらしい。魔物を食べるのはリズだけではない事実に、若干顔が引き攣った。



「捌いた分持ってきたわよー!」



 ドロシーが捌いたフライボンを乗せたザルを持って走ってくる。



「さて、追加分が来ましたよ。さっさと終わらせましょう」


「おう!」



 とりあえず、今は干す作業を終わらせよう。カインは袖を巻くって作業を再開させた。

 背中を向けたカインは気付かなかった。ドロシーも干されたフライボンの群れを興味深そうに眺めていたので気付かなかった。


 リズが憂い気に眉尻を下がっていたことを。それに気付いていたのは、心配そうにリズの横顔を眺めるキラだけだった。

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