第2話入部

 翌日、早速和馬は吹奏楽部の体験入部に赴いた。吹奏楽部は昼休みに体験会をするということだった。音楽室へ行くと、一年生の中では一番乗りだったようだ。

「いらっしゃい。体験会にようこそ!」

先輩方が大仰に出迎えてくれた。

「はあ、よろしくお願いします。」

和馬はぺこりと頭を下げた。

「君、吹奏楽の経験は?何か楽器をやっていたとか。」

「いえ、楽器はやったことがありません。すみません。」

「いいんだよ。俺たちだってほとんど初心者で入ったんだから。それで、君は中学では何をやってたの?」

「サッカーです。」

「ほぉ!サッカー少年か。いいね。」

そして、どの楽器がいいか選んでと言われて、和馬は楽器を眺め回した。やっぱりトランペットがかっこいい、と思い、トランペットのところへ行った。

 そこへ、他の一年生と思われる生徒がやってきた。独りでおずおずと入って来た。

「いらっしゃい!」

とまた先輩が大仰に出迎えている。

「君は中学では何をやってたの?」

「あ、サッカーです。」

という会話がちらっと耳に入って来た。あいつもサッカーだったのか。

 それにしても、金管楽器はきらきらしていてかっこいい。だが、音を出すのがこんなに大変だとは。思いっきり吹いてやっと音らしい音が出た。

「そうそう。けど、頬っぺは膨らませないんだよ。」

と、先輩は笑いながら教えてくれた。思いっきり顔を膨らませていたようだ。恥ずかしい。

「いやあ、すぐに音が出せるなんてすごいよ。肺活量があるんだね。やっぱりサッカーやってたからかな?」

と言われた。そして、戸口の方では先輩が、

「君も元サッカー部なの?」

と言っているのが聞こえた。

 翌日も、和馬は体験入部へ行った。体験入部は一週間あるので、そこでいろんな楽器を試すといいと昨日言われたのだ。今日はクラリネットを吹いてみた。これは、意外に難しい。音が出ない。力が必要なのではなく、コツがいる感じ。でもそのコツがなかなか掴めない。それに、唇を噛みながら吹くようなのだが、痛い。上手くやれば痛くないのだろうか。それで、クラリネットは諦めた。次にトロンボーン、ホルン、チューバをやってみた。トロンボーンは、これまた難しい。音程を調節するのが難儀だ。ホルンはもっと難しい。音を安定して出せない。管が長いからだと先輩が教えてくれた。それに吹くところであるマウスピースが小さいのもやりづらい。そしてチューバは重たい。和馬の体格はいたって普通。足は割合にがっしりしているものの、腕は細い。指も細い。これでよくキーパーをやっていたものだと言われそうだが、キーパーというのは瞬発力が大事で、腕力はあまり関係ないのだ。まあ、一流のキーパーなら、腕力もあるのかもしれないが。

 ということで、やはりトランペットにすると決めた。そうそう、学校にはフルートもあったが、何となく柄ではない気がして辞めた。トランペットを再び吹いてみると、プワーンと音が出て気持ちいい。

 体験会の最終日、やっと意を決してやってきたという感じの一年生が音楽室に顔を出した。これで一年生は7人が来たことになる。出迎えた先輩はやはり同じように、

「えっ、君もサッカー部だったの?今までに来た一年生、全員元サッカー部だったよ!」

と言っていた。

 次の週から、学校でも普通の授業が始まり、部活も体験会ではなく、放課後の部活動に参加することになった。一年生は体験会に来た7人の他に、もう1人入って来た。彼は中学でも吹奏楽部に入っていて、ドラム担当だった。

 一年生の新入部員が出そろった。クラリネット佐々木誠、同じくクラリネット城之内健、フルート朴賢秀(パクヒョンス)、アルトサックス山崎功正、トロンボーン牧瀬裕也、チューバ大橋遼、トランペット渡辺和馬、ドラム角谷正樹。朴は在日韓国人だ。中学までは朝鮮人学校に通っていた。それから、和馬はアルトサックスは試していないが、それはいつも誰かが使っていて、人気が高そうだったから敬遠したのだった。また、朴は最後まで迷っていて、結局余っていたフルートになったのだった。

 2年生の林田真人も入部し、彼はホルンを担当した。2年生は元々一人部員がいて、それはトランペット担当の遠野彰だった。他に3年生が4人いるが、3年生は5月で引退だった。その、引退式を兼ねた最後の演奏は、5月末に校内の広場で行われる演奏会だった。何せまだ何もやったことのない部員が8人もいて、経験者よりも多いのだから、約1カ月で曲を仕上げるなど、なかなか難しいだろう。

 毎日、放課後の練習が始まった。先輩たちと混じって、吹奏楽をやっている先生方も教えに来てくれた。和馬の担任の数学科教師、沢口ゆずる先生や、英語科の遠藤吉彦先生、同じく英語科の山本崇先生、そしてもちろん音楽科の桜田文乃先生だ。和馬は2年生の遠野先輩に主に教えてもらった。音の出し方、音階の取り方、指使い。皆、思い思いに教えてもらいながら、必死に練習した。そして、1週間後には全員音が出せるようになった。

 次に、楽譜があまり読めない面々ではあるが、桜田先生から楽譜が配られ、楽譜通りの音を出す練習だ。今回演奏する曲は、星野源の「恋」。新入生歓迎会の時に先輩たちが演奏してくれた曲で、先輩たちはマスターしている曲だ。練習をしていると、唇が痛くなる。それでも部活時間はほとんど休まず、頑張って練習した。

「あー、唇いてー。」

「俺もー。」

1年生でまとまって帰りながら、愚痴を言いつつも笑いながら歩く。和馬は、何となくサッカー部に入った時と比べていた。物心ついた時からサッカーをやっていて、周りの皆もそうで、初めて部活に入った時は練習が変わって楽しい!と思ったが、上手い奴、下手な奴、というレッテルは今まで通り。初めはキーパーではなかった和馬は、足技はあまり上手い方でもなく、引け目を感じていた。今、楽器をそれぞれ始めて、それぞれ上手い下手はあるけれど、ライバルではなく仲間なので、穏やかな感じだと思った。

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