初対面の日

彼女は、跳ねるように俺の前へと立ちふさがった。

「雪のように白いという表現は、まるで死人を指しているようだと常々思っていたのだが、なるほど、生きている人間相手であっても、それは使えるのだと認識を改めるほどに、かっちりと着こなされた制服からわずかに見える肌は白かった。対して、黒い髪はいわゆるキューティクルが輝いていて、サラサラとした質感であることが、遠目にもうかがえる。アニメでヒロインがやる『ふぁさ』みたいなことが似合いそうだ。ぱっちり二重のキラキラとした目を、しかしキラキラとさせないまま、こちらをじっと見つめている。ピンク色の綺麗な唇から溢れてくるのは平坦な声。しかも、噂では虚言の癖があるとか。やる気のないヒロイン、といっても差し支えがないだろう。最近の傾向は分からないが、少なくとも俺の好みではない。出来れば俺ではなく、他を当たって欲しい」

ありえない。何がありえないって、俺の思考を読むだけならまだしも、この気持ちの悪い文体を覚えていられるということが最もありえない。というか、普通に恥ずかしい。消えたい。

「こんなものでしょうか。どうです、信じる気にはなりましたか?」

俺の思いとは裏腹に、彼女はどうでもよさそうに、相変わらず表情を変えることもなくこちらを見ていた。

「俺が悪かったです、ごめんなさい」

「謝られても、困るのですが」

「そうですよね、どうしようもないですよね」

「ところで、『ふぁさ』とは一体なんのことですか?」

「気にしないでください。ごめんなさい、本当」

ホント、意味分かんないですよね。自分にもし黒髪が綺麗に揺れていることをもう少し美しく表現出来るような語彙力があれば良かったと、心から思う。

「……そこまで萎縮されると、思考を読んだ側として、非常に責任を感じるのですが」

「貴方は俺の挑発に乗っただけです。本当に申し訳有りません」

「謝らないでください。それよりも、怖くないんですか? 私は噂どおり、実際に人の思考を読むことが出来ます」

言われて気が付いた。目の前にいるのは、噂のせいで学校中から忌避されている如月那緒だ。女子高校生にしては大人びた雰囲気と美しい容姿に、自分も見惚れてしまったことがある。故に、噂を聞いたときは恐怖よりもその真偽を疑った。妬み嫉みから来ている、ただの弊害ではないのかと。

「それもあるかもしれませんが、事実私は人の思考を読み取ることが出来ます」

「それさ、大変じゃない?」

彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。

「そうですね。延々と脳内で人々が話しているのが聞こえます」

「今も、俺の思考が読めてるんでしょ?」

「ええ、どうやったら逃げ切れるのか考えているところ申し訳ありません。私はしばらく、あなたの側にいるつもりです」

「他を当たって欲しいって言ったにも関わらず?」

「他はいません」

「大体、なんで俺なんだよ」

「私の能力は嘘じゃないと、知ってしまったから」

「お前が教えたんじゃないのかよ!?」

「結果は同じです。よろしくお願いします」

「勝手に話を進められると困る」

「早く帰って……妹モノのギャルゲーを進めたいみたいですね。」

「へぁっ」

「兄に従順な妹が好みなんですか。へぇ、それは確かに私ではヒロインに向いていませんね。ですが申し訳ありません。少しの間で良いので、私と一緒にいていただけませんか?」

相変わらず平坦な口調でまくしたて上げられた。しかし、表情はやや必死になっているように見える。

「お願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

それは兎も角、思っている内容を音読されることがこんなにも恥ずかしいとは思いもしなかった。手を差し伸べてやる他なかったと思う。

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