第21話 すばらしいびょういん

 大きな上月家の駐車場に車を停め、正門の分厚い扉を押して中に入るととんでもない光景が目の前に展開していた。

「何やってるの?」

 思わず聞いてしまった。

 十二番が庭の草むしりをしていた。

「お庭で外の光でも浴びてきてはいかがですか、だって」

 十二番がした上月中尉の声真似が意外と似ていたので、私は少し変な顔をしてしまった。

「で、庭に出てみたら草が伸びていたからむしっている訳なんだが、なあいいのか」

「何が?」

「だって、私が逃げだしたりしたらやばいんだろ彼女。これじゃあその気になればいくらだって逃げられるぞ」

「まあ、ねぇ。でも今日本共和国建国祭前だから、国境も街中も警備が厳重だし」

「上月さんもそう言っているけど、あんな小さな女の子簡単に人質にとれるし、殺して銃や刀を奪うのだって訳ないぜ」

 なんて事を言うのか。

「貴様、上月中尉殿を殺すつもりか」

「おっ怒るなよ。例えだ、例え。愛する彼女の悪口を言って悪かったな」

「べっ別に」

 彼女では無い、と言おうとしたその時、玄関のドアが開いた。

「……山本君?」

 少し顔の赤い上月中尉が、パジャマ姿にカーディガンを羽織って出てきた。

「あっ、すいません、お庭で騒いでしまって。お体具合はどうですか?」

「ここ数日良くなくて。今日はもう仕事にならないと思うので。五日後の廃棄には必ず出勤します」

「いやいや、中尉殿は他の方々とは違って働き過ぎですから、ゆっくり休んで下さい。これ川内大尉殿と私からです」

 高級メロンと中尉の好きなサクランボの入った籠を渡す。

 受け取るなりよろけた中尉。

 私はその肩をしっかりと両手で支えた。

「大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。あまり良くないみたい」

「病院行きました?」

「病院行くと衛兵将校だから優先されて重い症状の人達に迷惑かかってしまうと思うの。ただの風邪だと思うから寝ていれば治るよ」

「じゃあ薬買ってきますよ、自費薬品の方。購入伝票はどこにありますか?」

 問いかけに答えない中尉の顔を見ると、汗ばんでいて苦しそうだった。

 声を出すのも辛いのかな。察した私は、

「ゆっくりと寝ていて下さい。おい十二番、草むしりはもういいから中尉殿をベッドに連れて行ってくれ」

「十二番って言うな。私の名前は高木だ」


 国家貢献センターの購買部に行き、

「衛兵将校上月由梨那中尉殿が風邪をひかれたので、自費薬品の購入に来ました」

 医療品受付でそう言うと、係官の主計大尉がパソコンを操作しだした。

「あー、上月中尉はアレルギー持ちか。風邪薬は自費薬品のバンノールしか使えないみたいだな」

 購買部のパソコンに衛兵士官の医療データが入っている、というのは聞いた事がある。

 国民の誰よりも大変な仕事をしている衛兵隊は健康に気を付けなくてはならないからすぐに治療できる様に、という理由かららしい。

「バンノール、今切らしているんだよね。風邪なら病院いけば? 電話してから行けば待たないし、別にそのまま行ってもすぐ見てくれるだろ」

「病院には行きたくないらしいのですよ。バンノールは病院に行けばありますか?」

「そりゃあるけど……おーい」

 話をゆっくり聞いている時間は無い。

 私は敬礼すると走り出した。


 国家貢献センターから一番近い革命第二病院に車を走らせる。

 初めて車に取り外し可能なサイレンを付け、それを鳴らして走る。

 衛兵隊所属を示す黒い三角旗をつけているので、緊急車両扱いで信号無視をしてもお構いなしだ。

 人々のこちらを見る嫌そうな顔が少し引っかかりつつ、車はあっという間に革命第二病院にたどり着いた。


 病院の中は物凄く混んでいた。

 今年は風邪が流行しているらしいし、東日本と違って日本共和国は医療費原則無料だから早めに来院する人が多いのだ。

 しかしなんと混んでいる事か。

 うんざりしていると私の後ろからスーツ姿の男の人が薬の受け渡しカウンターに行って、何かを渡した。

 すると今来たばかりなのにもう薬が出てきて、お金を払って帰ってしまった。

 待っている人達から舌打ちとため息がする。

 自動ドアが開き、今度は衛兵隊将校が入って来た。

 階級章を見ると少尉だ。

 その人もカウンターに行き、何かを渡してすぐに薬を出してもらうとさっさと帰ろうとする。

 聞えよがしの大きなため息。

 睨みつける多数の目を逆に睨みつける衛兵少尉。

 目を一斉に逸らす待ち続けている人。

「お願いします、娘が死にそうなんです」

 大声がしたのでそちらを見ると、子供を抱えた男性が看護士に詰め寄っている。

「もう二時間待っているのに、さっきから何人も後から来た人達が先に診てもらって後回しになっているのです」

 看護士は困った顔をして、

「先程の人は勲章受賞一級職人、今診療室に入って行ったのが衛兵隊将校の一団でして」

「全員胃がもたれとか言っていたじゃないですか。こっちは死にそうなんです。お願いします、お願いします」

 医療は無料、人民の為、だけど命には格差がある様だ。

 知っていた事だが実際この様な物を見ると……。

 しかし、私も中尉の事が心配だ。

 ここは特権を使わせて頂こう。

 薬の受け渡しカウンターに向かい、並んでいる人を押しのけて、

「衛兵隊上月中尉の小隊所属の者だ。すぐにバンノールを出して頂きたい」

 並んでいる人達の視線が私に刺さるが、振り返り睨むとみんな視線を逸らせた。

 私も学生の腕章を取って勲章を胸に吊っていたから、いっぱしの衛兵隊に見えただろう。

 緊張した面持ちの受付の人が私に言う。

「ではすぐにお持ちします。購入伝票をご提出願います」

「無い」

「は?」

「だから無い。今中尉殿は喋るのも辛い状態なのだ、早くしろ」

 私がそう返すと受付の人は大きくため息をついた。

 そして、

「またかよ、衛兵隊の知り合いを語って嘘つく奴」

 急に横柄になった。

「はぁ?」

 私も更に横柄になって言い返した。

 しかし受付の人は全く怯む様子も無い。

「あのね、衛兵隊の知り合いと嘘をつく奴が多いから印が押してある購入伝票が無いと優先して買えない事に最近なったの。一般の人はそこの順番発券機で券取って待っていて。でも購入伝票無いなら本人が来て診察してからじゃないと薬は出せないよ」

 呆れた感じで私に言う。

「貴様、私は衛兵隊将校だぞ」

 中尉の為だ、少し見栄を張ってみた。

「階級章に星が無いし、学生か?」

 ばれている。

 この受付の人は良く見ている、変な所を感心しそうになる。

「大体ねぇ、今日一日で上月中尉の従兵は五人も来たわ」

 受付の人は心底嫌そうな顔で言う。

「えっ、そんなはずは。だって中尉殿の従兵は一人もいな」

 私が喋っているのを遮る様に語り出す。

「今日だけで坂中大尉(人間サッカーの発案者)の従兵八人、大久保中佐(人間野球の発案者)の従兵六人、上月中尉の従兵五人、そして北川中佐の従兵なんと大台の十人。こんだけ嘘つく奴がいるんだよ」

 みんな恐ろしい人として名高い衛兵隊将校達だった。

「君の制服は本物? 勲章は本物っぽいけど。とにかくそういう訳だから。はい次の人お待たせいたしました」

 受付の人は私の事を無視して業務を再開した。

 私は愕然とした。

 購入伝票を持っていない人が、脅しの文句に上月中尉の名前を使っていた事に。

 そしてそれは何もしていないのに、そうとう恨みをかってしまっているだろうという事に。

 何だか悲しい気持ちが胸の中に広がった。

 私は病院の喧騒を尻目に、ゆっくりと足先を玄関に向けた。


 国家貢献センターに行き、川内大尉に事情を話すとすぐに購入伝票をくれた。

 そしてそれを持って、センターから二番目に近いが二度と行かないと誓っていた革命第三病院に向かう。

 革命第二よりかは少しはましかな、と期待して来たのだがここも物凄く混んでいた。

 私の衛兵隊制服を見て、ため息が待合室のそこかしこから聞こえた。

 またかよ、と言う苛立ちを隠せない声も聞こえる。

 構うものか。

 中尉の体の方が大切だ。

 そう思って順番発券機にも行かず、直接薬の受け渡しカウンターに行って購入伝票を渡すとすぐにバンノールが出てきた。

 一万五千人民円もしたが保険外の自費薬品だから仕方がない。

 それを持って帰ろうとすると、恨みの眼でこちらを見る一般人の多い事多い事。

 じゃあお前らも衛兵隊になってみろ、心の中でだけで叫び足早に病院を後にした。


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