第25話 干渉する者

「シミュレート? 何のためのシミュレートだ」


 師匠が問う。ニンゲンが答える。



 かつての人類が 何処で道を誤ったのかを確認するため

 そしていつか再び 人類が地上を支配するため



「外の世界じゃ、昆虫や爬虫類を『人』にして、同じことをしてるってのは」

 


 事実なり それもまたシミュレート

 ただそれは 我の預かり知らぬ事



「じゃ、軍と警察をぶつけようとしたのもシミュレーションだったのか」



 あれは 雉野真雉が勝手にやったこと

 世が混乱すれば 我が乗り出すと思ったのだろう



「いやそもそも、その雉野真雉と天の眼が、あんたを取り合ってるのが混乱の原因だよな。天の眼はやり方が違うだけで望むものは雉野真雉と大して変わらない。権力者の背後から世界に影響を与えようとしている。そしてその両者に、神託だの託宣だの与えていたのはあんただ。違うか。つまりは、あんたがこの世界を動かしてるんじゃないのか」



 それは結果にすぎない



「だが干渉はしている」



 神は常に存在し 常に干渉するもの

 それは 我とても同じ


 我の思考も 行動も

 常に神の 干渉を受けている


 我の行った 干渉もまた

 神の干渉の 結果である



「あんたらにとっての神か。それは例の霊的水準云々の宇宙意志的なものか」



 宇宙意志は 神の一部に過ぎない

 我や お前たちが

 神の一部であるのと 同様に



「これじゃ禅問答だ。だから神様関係は苦手なんだよな」


 師匠はお手上げだって顔をした。



 鳥に鳥の 理屈あり

 人に人の 理屈あり

 神に神の 理屈あり



「……話を戻そう、徐福伝説の徐福、あれはコンゴウインコって事でいいのか」



 いかにも



「最初に『人』になった鳥だよな」



 いかにも



「ついでに訊いとくけど、大芭旦悟はまだ生きてるのか」



 いかにも



「生きてるのか! 今どこに」



 目の前に



「?」



 大芭旦悟が 大芭旦三の息子というは

 我の考えた 作り話


 大芭旦三は 元々我の世話人だった故

 その名を もじったに過ぎない


 大芭旦悟は 我のペンネーム也



 師匠はアゴが外れそうなほど、あんぐりと口を開けた。


「……そりゃ辻褄は合うけど、そりゃねえだろ」


 そうつぶやくと、しばし絶句した。


 どおおおん。爆発音がさっきより近くなっている。



 質問は終わりか



「じゃ最後にあと一つ。コロポックルを狩り尽くした人類が、何故コロを一人だけ残した。それがどうしても理解できん」


 コロの震えが止まっている。耳に、いや、声の聞こえてくる頭の中に神経を集中しているようだった。   



 それは



「それはわしが教えてやろうか!」


 突如現れた雉野真雉が後ろから師匠の首を両脚で絞めた。そして己が首を振る。俺はコロを抱えてフォークリフトから飛び下りた。バリンッと空を裂く音がしたかと思うと、フォークリフトが巨大な手で張り倒されたかの如き勢いで横倒しになる。音を立てて石棺が落ちて砕けた。


 雉野真雉は浮いていた。飛んでいるのではない。謎の力で天井近くまで浮き上がり、師匠の首を絞め付けながらぶら下げている。


「師匠!」


 俺の叫びを打ち消すように雉野真雉は吠えた。


「そのコロポックルはいわば薬だ、神のための薬。神が病に侵されたとき、老化で能力を失ったとき、病を打消し肉体を若返らせるために古の人類が残した特効薬なのだよ。さあ神様、どうぞその娘をお喰らいなさりませ、そして再び私と共に奇跡を起こし、託宣を下し、世界に神の威信を示すのです」



 無駄だ



「無駄ではありません、新しい神など打ち倒せば良いのです。あなたこそが神なのです。あなたと私こそがこの世界を支配するのに相応ふさわしいのです。さあ、さあ、お喰らいあそばせい」



 無駄だ



「何を躊躇ためらう事があるのです!」



 躊躇いではない 無駄なのだ

 何故ならば その娘は 

 もう コロポックルではない



 この言葉には、さしもの雉野真雉も一瞬絶句した。


「……コロポックルではない?」

「いや」


 コロは耳を塞いでいる。



 我が既に 神ではない如く

 その娘も既に コロポックルではない


 その娘が残されたは 唯一の実験個体であったが故

 コロポックルの肉を コロポックルに喰らわせればどうなるか



「いやああああっ!」


 コロが叫び声を上げてしゃがみ込んだ。同時に俺は飛び上がった。空中で脚を上げ雉野真雉の胸倉につかみかかる。不意を突かれた真雉は、一瞬遅れて首を振り始めた。俺の脚が届く前に振り切られちまえば俺は終わりだ、吹っ飛ばされる。間に合うか。


 そのとき真雉の後ろに灰色の影が現れた。洋鵡だ! 夢一郎が両足で雉野真雉の首をつかんでいた。真雉の動きが止まる。俺の脚が真雉の胸倉に届いた。


「そうりゃ!」


 俺は全体重を乗せて雉野真雉の脳天にクチバシをぶつけた。グラリと揺れた。真雉は師匠をつかんでいた足を放した。だが落ちない。まだ浮いている。しぶてえ。俺と洋鵡の眼が合った。やるか。


「せーのーで!」


 俺と洋鵡は二人揃って渾身の力で雉野真雉の脳天にクチバシをぶつけた。再び骨の砕ける音がした。雉野真雉を支えていた力がふっと消え、その体は音もなく地に落ちた。




「死んだ……のかな」


 洋鵡が問うた。


「多分な」


 俺は答えた。


 雉野真雉はもう動かない。いや、少しでも動けていた方が不思議である。雉野真雉の胸には大きな穴が開いていた。心臓は外れていたのだろう、そして傷口はレーザーで焼かれていた事で、出血も比較的少なかったようだ。


 しかしそう考えても、向こう側がのぞけるほどの大穴を体に空けられて、よくもまあ暴れられたものだ。執念と言うのか怨念と言うのかは知らないが、こんな化け物の相手は二度と御免こうむりたい。ハートが猛禽とか関係なしに困る。とは言え、これでもう俺の仕事は終わりだ。コロを連れて戻ろう。後の事は後になってから考える。



 まだだ



 あちゃあ。まだ残っていた。


「いや、あんたの始末は師匠がつけるって」


 師匠はまだ首を押さえてウンウン唸っている。すぐには立ち上がりそうにない。


 どどどおん。爆発音がまた近付いた。もう時間が無い。



 そうだ 時間が無い



「いや、そうは言うけどさ、あんた神様なんだから自分で何とかできないのかよ」



 いまはもう その力もない



 また都合のいいこと言いやがる。


「早くしないと、どんどん面倒になるよー」

「どんどん大変になるよー」


 カラスコンビはすがるような目で俺を見上げる。


「うっせーわ、だったらお前らがやれ」


「それは天の眼の意志じゃないから」

「僕らの神様がこの件には手を出さない方針だから」


「じゃあ何でシャモのオッサンの無線壊した」


 カラスコンビは驚いた顔で黙り込んでしまった。


「気付いてないとでも思ったか。何が意志じゃねえだ、何が方針だ、手ぇ出す気満々じゃねえか」

「それは、そうしないとコロちゃんが」


「言い訳してんじゃねえよ! いいか、今度その神様に会ったらこう言っとけ、てめえらのケツも拭けねえ奴が人様上から見てんじゃねえってな!」

 

 カラスコンビをぶん殴ってやろうかとも思ったが、やめた。キリがねえ。


「……で、俺はどうすりゃいい」



 水槽の裏に回れ ケーブルがある



 俺は言われた通り、水槽の裏に回った。


「ケーブル? ケーブルはある、けど、ケーブルっておい、どのケーブルだよ」


 水槽の裏手には、数十本の色も太さも様々な電線がうねうねとうねっていた



 ケーブルと コードがある



「ケーブルとコードの違いなんか、見ただけでわかんねえよ!」



 ならば 全部引き抜け



「ああもう、どうとでもなれ!」


 俺は足につかめるだけのケーブルやコードをつかむと、次々に引き抜いて行った。中には抜けずにブチブチと切れる物もあったが、お構いなしである。とにかく抜いて抜いて抜きまくった。




「ちょっといいかい、神様」


 そう言いながら、洋鵡が何かを咥えて持って来た。俺の足が一瞬止まった。洋鵡は持ってきた物を静かに床に置くと、優しく話しかけた。


「見えるかい、ニンゲンだよ」


 それは『彼』の首だった。『彼』はゆっくり目を開けると、


「ああ」


 と声を出した。


「……だが違う」

「違う? これはニンゲンじゃないの?」


「……ワシの知っている人間ではない」



 いかにも 我は人間

 だが その機械の知っている人間とは

 少し 違うかも知れぬ



「おい、そりゃどういうこった」


 ようやく体を起こした師匠が苦しそうに訊いた。


「あんたらが人間じゃないのか」



 いかにも 我は人間

 だが 我らは監視する者

 鳥の世だけでなく 人の世も監視し続けて



 ごぼり。ニンゲンは大きな泡を吐き出した。と同時に、体の端々が泡となって水に溶けだしている。俺はケーブルやコードを全て抜き終わっていた。



 ようやく この時が来た

 感謝する さらば



 ニンゲンの体は全て泡となって消えてしまった。呼応するように、『彼』も静かに目を閉じていった。


「さらばだ、友よ」


 それは誰に向けての言葉だったか。


 どどんどーん! すぐ近くで爆発音が轟いた。


「うわあああ! 真雉様、軍が! 軍隊が!」


 爆発音のした方から、白衣を着た中年のキジが一人、逃げ出して来た。そのキジは俺達を見て足を止め、倒れたフォークリフトに目をやり、落ちて砕けた石棺を見て愕然としていた。なんとも物凄い「もののあはれ感」を醸し出していたが、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。


「おっし、ズラカろうぜ」


 今度こそ誰も止めないだろう。もうこれ以上ここにはいられない。洋鵡は『彼』の首を再び咥えた。師匠はコロをおぶっている。俺は振り返り、さっきのキジに向かって、


「オッサン、あんたも逃げるんなら下に来な」


 それだけ言うと、穴の下に飛び降りた。

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