第17話 守るべきもの

――警察庁、軍の協力により三容疑者を逮捕と発表


 午後のワイドショーの時間帯、テレビ画面にテキストのみの速報が流れた。


「我々の協力があったそうだ」


 ダチョウは無表情に言った。


「そりゃあ嫌味にしても、何とも回りくどいねえ」


 コウテイペンギンがつぶやいた。


「いっそ本当に協力を申し出てやったらどうだ」


 オオワシが楽しそうに話した。


「何を協力すると言うんだ」


 不機嫌になるダチョウの顔を見ながら、してやったりとオオワシは微笑む。


「小国の工場の壁に穴が開いたそうじゃないか。例の犬の仕業だろう、捜査に協力してやると言ってやれ。何なら、うちのヒメコンドル部隊を投入してやってもいいぞ」


 ヒメコンドルは十数キロ先の匂いを嗅ぎ分けられるとも言われる、犬をも上回る恐るべき嗅覚を持っている。一部隊を投入してローラー作戦でもやられたら、まず逃げる術はない。しかしペンギンは鼻でフンと笑った。


「断られるに決まってるじゃないか。職務権限を逸脱していると噛みついてくるだけだよ、そんなの」

「それをわかった上で、あえてやるんだよ、連中に対して、軍が介入する用意があるという意思表示だけができればいい」


 オオワシの言葉に、少し熱が入って来た。珍しく、それにダチョウがうなずいた。


「面白いかもしれんな」

「おいおい、君までやめてくれよ、僕は内戦は御免だ」


 コウテイペンギンも珍しく気色ばんだ。


「つまり内戦にならなければ問題は無いのだろう」


 ダチョウの言葉は冷静だった。オオワシは固唾を飲んだ。ペンギンは明らかに動揺している。


「君は何を考えているんだ」


「基本的な事さ。軍は何の為に存在するか。それは国家を守る為だ。では国家とは何か。我々が守るべきは何なのか。それが我々の行動原理のはずだ。違うかね?」

「き、君は、く、クーデターでも起こす気なのか」


 立ち上がったコウテイペンギンに、ダチョウはニヤリと笑って見せた。


「もちろん、それはない」



 

 僕達がイヌワシに運ばれ、山の中腹の庵に辿り着いたのは、夕暮れ近くだった。ロウソクの明かりに背を照らされながら戸を潜ると、囲炉裏の向こうにタンチョウが居た。その隣にはカッコウが、そしてその向こうには……もーきんが居た。


「よっ」


 もーきんが軽く翼を上げた。


「よくいらっしゃいました、さあ、どうぞお坐りなさい」


 僕と『彼』はタンチョウの向かい側に腰を下ろした。カッコウがもーきんに尋ねた。


「あの小さいのはまだ風呂なのか」


 もーきんが答えた。


「風呂ぐらいゆっくり入らせてやれよ。ていうか、お前が小さいの言うな」

「別にいいじゃないか、私の方が大きいんだぞ」


「そんなことばっか気にしてるからお前はチビなんだよ」

「か、関係あるかあっ!」


「いい加減にしなさい!」


 タンチョウの一喝で二人は黙った。


「御免なさいね、賑やかで」


 タンチョウはそう言うと、囲炉裏に掛けてある鍋の蓋をクチバシで取った。中には湯がぐらぐらと煮立っている。しかし庵の風通しが良いからなのか、あまり暑さは感じなかった。タンチョウは後ろに置いてあったザルを取り出し、乗っていた枝豆を湯の中に入れた。


「すぐに煮えますから、食べながらお話ししましょうか」

「ちゃんと冷めてから食えよ」


 と言うもーきんに対し、


「お前が言うな!」


 とカッコウの突っ込み。タンチョウにギロリと睨まれ、また二人は黙り込んだ。タンチョウは『彼』に話しかけた。


「あなたは何か口にされますか」


「いや、ワシは食べ物は結構」


 カッコウがギョッとした。しゃべるとまでは思っていなかったのだろうか。そのリアクションに、僕は小さな優越感を感じた。


「へえ、犬が喋るんだ」


 一方もーきんの反応は、僕には気に入らないものだった。まるで驚いた感じがしない。犬が、それも機械仕掛けのロボット犬が、人の言葉を話しているのにだ。何故こいつは驚かないのか。同じ事を思ったのだろうか、『彼』がもーきんに話しかけた。


「お前さんは驚いておらんようだな」

「いや、驚いてるよ、結構」


「そうは見えんぞ」

「ここんところ驚くことが多いからな、慣れちまってるんだろ」


 何だそれは。そんな理由があるか。人によっては人生観をひっくり返しかねないインパクトがあるはずだ。こんなにも驚かないなんておかしいだろう。僕が心の中で畳み掛けるように突っ込んでいた時、奥の間の戸が開いた。


 何だ。何だこれは。見たこともない二足直立の生き物が居る。


「お風呂いただきました」


 言葉を喋った! 頭を下げた! 僕は思わず後ろに跳び退すさった。


「お前、驚きすぎ」


 と、もーきんは不思議そうに僕を見ているが、いやいやいや、これは驚くだろう、ビックリするだろう、何だ、何故みんな平気な顔をしてるんだ、何故僕だけが驚いているんだ!


「犬が喋るんだからコロだって喋るわな」

「犬?」


 謎の生き物が『彼』に気付いた。『彼』も呆然と謎の生き物を見つめている。


「SANPO……」


 謎の生き物が謎の言葉を吐いた。これにはさすがのもーきんも驚いたようだ。


「どうした、何か思い出したか」

「その犬、多分知ってる。SANPO……万能工具」


「これは驚いた」


『彼』は呻くようにそう言った。そして。


「コロポックル、なのか。本物なのか」

「そう、本物です。世界にただ一人残された本物のコロポックル」


 タンチョウのその言葉に、もーきんは激しく反応した。


「おい婆さん、どういうこった」


「こ、こら! タンチョウ様に失敬な!」


 カッコウが突っかかるが、もーきんは相手にしない。


「あんた昨日、はっきりした事はわからないて言ってなかったか」

「そう、確証が無かったのです。けれど、今のSANPOさんの言葉で間違いないと確信できました。コロちゃんこそ最後のコロポックルなのです」


 コロちゃん、と言われた謎の生き物は明らかに動揺していた。もーきんも動揺している。


「いや何で、何で最後とかわかるんだよ」

「わかりますとも、何故ならコロポックルを滅ぼしたのが、我らが神、ニンゲンだからです」


 謎の生き物は、ぷっつり糸が切れた操り人形のように倒れ込んだ。




 奥の間にコロを寝かせ、俺は枕元に付き添った。閉められた戸の向こう、囲炉裏の間では、煮過ぎた枝豆を食いながら、昨日俺たちが聞かされたような事を洋鵡と犬に話しているようだった。


 洋鵡たちも何か話しているようだったが、俺は興味が無かった。どうせ大した事じゃなかろう。しばらくして話が一段落ついたのか、カラスコンビが奥の間に顔を見せた。


「コロちゃん大丈夫?」

「大丈夫?」


「なんとか落ち着いてる」


「怒らないでね、タンチョウ様も悪気があったわけじゃないんだよ」

「タンチョウ様も必死なんだよ」


「そうかい」


 胸の中に、吐きだしたい言葉はいっぱいあった。けれど、それが形にならない。何と言えば良いのかがわからない。俺の頭が悪いせいだ。


「師匠が居てくれりゃあなあ」


 そう言うのが精一杯だった。




 公共放送の七時のニュースに合わせて警察庁で開かれた記者会見は、会見とは名ばかりの一方的な発表に過ぎなかった。


「営利誘拐、建造物侵入等の容疑で三名を逮捕した。今回の件に関し、軍の協力には最大限の感謝を述べたい。なお、逮捕された三名の氏名は以下の通り……」


 事件が起こった際、その容疑者の氏名が報道される事自体は珍しい事ではない。だが普通はマスコミの記者の取材というワンステップを踏んでのものであり、警察庁のお偉方が、わざわざ記者会見という形でそれを公表するというのは、世間一般に対し、何らかの意図があると思わざるを得ない。


 ことに具体的に何を協力したのかの説明もなしに、軍への感謝を公の場で述べた事は、軍と警察との間に遺恨は(少なくとも警察側には)ないとアピールをしたかったのではなかろうか。しかしそれが本当に双方円満に解決された問題であるかどうかは、記者からの質問を一切受け付けない警察と、この件に対し一切の態度を表明していない軍、という事実に現れているのではないか。


 そもそも、本来なら逮捕されるべき三人の容疑者の一人は私のはずである。なのに、私はこうしてまだ軍の施設の中に居る。更に気になるのが、公表された三人の名前の内、二人が烏骨姓な事だ。もしや圭一郎の両親ではあるまいか。それをあえて公表したのだとしたら、これは罠の可能性もあるのか。


 しかし今一つ納得が行かない。罠であるにしても、それが圭一郎に対するものであるとは考えにくい。いくら小国財閥の秘密に迫ってしまったとはいえ、所詮ただの高校生である。何を知ろうが何を言おうが、無視してしまえばそれで済む話だ。無視できない何かがあったのか。それとも、コロが目的か。


 軍もコロには何やら思う所がありそうだ。あの犬のロボット絡みで、とは言っているが、どこまで本当だかわかったものではない。そして逮捕された三人目、洋鵡姓の彼女は何者なのだろう。今回の件にどう関わっているのだろうか。


 ここまで考えては見たが、どうやらこの辺りで精一杯だ。わかっている事が少なすぎる。あまりにも情報が足りない。何とか圭一郎に連絡する手はないだろうか。


 ハチクマ先生の眼は虚空を彷徨さまよった。

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