第7話 石棺

 ゴトンゴトン、駅を離れた電車はモーター音を唸らせながら徐々に加速していく。通勤通学のラッシュが終ったばかりの車内は、まだほのかに熱気が残っているものの、少し開けた窓から入る風が心地良い。


 上りの電車に乗るときは、いつも山側の席に座る。そして海側の空を見ながら北上するのだ。今朝は頭の上の空は晴れ上がっているものの、海側の遠くの空には黒っぽい雲が見える。午後からは一雨来るかもしれないな、とハチクマ先生は思った。


 車内の席はほぼ埋まっているが、立っている者はいない。吊革にぶら下がっているのは頭のまん丸なボタンインコだ。天井の扇風機が回るのを追いかけて、吊革を飛び移っている。


 向かいの席ではセキセイインコと文鳥が並んで座っている。このくらいの体格の者には切符を持つのも大変なのに、二人とも両脚の下にしっかりと切符を抱えている様子が愛らしい。


 その座席の前を何か黄色いモコモコした物体が、転がるように通り過ぎた。良く見るとアヒルの子供だ。すみません、これ、待ちなさい、すみませんすみません、母さんアヒルは謝りつつ叱りつつ、子供を追いかけている。文鳥もセキセイもボタンも笑っている。にぎやかな乗客たちを乗せ、ゴトンゴトンとレールを踏みながら、電車は一路都心部へと向かって走った。




 その頃、圭一郎は珍しく余所の教室に足を運んでいた。


「珍しいねー、もーきんの方から来るなんて」

「ねー、珍しいねー」


 権太と徹のカラスコンビは嬉しそうに圭一郎を迎えた。


「おう、ちょっと聞きたい事があってな」


「何? 聞きたいことって」

「何? 何?」


「いや、アレだ、あの」


 上手く言葉が出てこない。圭一郎は普段、他人に頼み事などしないのだ。


「お前らなら知ってるかと思ってさ、あの、小国の家ってさ、どの辺にあるのかな、ってよ」


 するとカラスコンビは顔を見合わせ、真面目な顔でこう言った。


「それ良くないなー」

「うん、もーきん良くないよー」


「な、何が良くないんだよ」

「もーきん、また何かに首突っ込んでるでしょ」


 圭一郎はギクリとした。あの時、シャモに言われたことを思い出したのだ。


「もーきん、何か隠してるでしょ」

「隠してねえよ」


「いんや隠してるねー」

「隠してるよねー」


 油断していた、まさかこいつらがこんなに勘の良い奴らだったなんて。隠し事ができない自分の方に問題があるのだとは思わない圭一郎である。


「場所は教えるよー」

「友達だからねー」


 圭一郎の心の内を読んだかの様に、二人は答えた。


「だけど面白い事やるんなら教えて欲しいなー」

「できれば混ぜて欲しいなー」


 一瞬心が揺れた。人手は多い方が良いように感じたのだ。それにこいつら二人なら、頭も回るし行動力もあるし、仲間に入れて損は無いだろう。だがそれは自分一人で決めて良い事では無い。もしかすると今後のコロの一生に関わってくるかもしれないのだ。圭一郎でもそのくらいはわかる。


「まあ、アレだ、話せる時が来たら話すよ」


「しょうがないなー」

「しょうがないねー」


 そう言うと権太は鞄からバインダーを取り出し、ルーズリーフを一枚はずした。そこに徹が住所と簡単な地図を書き込んで行く。案外と近場らしかった。




 暑い。まだ春だと言うのに異様に暑い日が続いている。特に都心のビル街は猛烈に暑い。私鉄と地下鉄を乗り継いで再び地上に出たのは午前十一時過ぎ、晴れ上がった空に太陽は真上近くへと差し掛かり、不快指数は鰻登りであった。


 こんなとき哺乳類なら、例えば犬ならば口を開け、舌を垂らし、激しく息をする事で体温を下げようとするが、鳥類も同様で、舌こそ垂らさないものの口を開けて、そして種類によっては両翼を少し開いて脇に風が通るようにする。街を行き交う人々は皆一様に、口を開いたり脇を開いたりしていた。ハチクマ先生も上着を脱いで肩に掛け、口と脇を開けながら目的の出版社へと歩いていた。


 どうせ炎天下を行くならば、いっそ飛んで行こうかと思ったりもするが、若い盛りの飛び回りたい年代でもあるまいに、他人様の頭の上を飛んで行くなどというのは、人としていささか恥ずかしい。だから皆、暑さに茹だりながらも飛ばずに歩いているのだ。文明は便利を追及する中から生まれ、文化は痩せ我慢の中から生まれる、のかもしれない。などとハチクマ先生は考えたりした。


 目的の出版社は駅から徒歩十分弱、九階建ての年季の入ったビルだった。一歩入ると中には冷房が効いており、ハチクマ先生は思わず深呼吸をした。気嚢きのうから肺へと冷たい空気が流れ込み、一気に体温が下がる。生き返る思いだ。約束の時間までまだ三十分ほどあるので何処かで時間を潰そうかとも思ったが、とりあえず来た事だけでも伝えておこうと受付に向かった。


 受付で約束の旨を伝えると、受付嬢が八階の編集部へと確認の連絡を入れる。ハチクマ先生は八階に足を運ぶつもりだったのだが、どうやら編集者の方から来てくれるらしい。そのまま五、六分待っていると、エレベーターからでっぷりとした大きな影が降りてきた。体重で言えば十キロを超える巨体である。目的の編集者、モモイロペリカンだった。ペリカン氏はハチクマ先生を見ると翼を広げて声を掛けて来た。


「やあこれはハチクマ先生お久しぶりです」


 ハチクマ先生は固まった。え、会った事あったっけ。


「三年前の年末のパーティ以来ですなあ、お元気そうで何よりです」


 そのパーティの事はうっすら覚えている。だがあの時はたらふく酒を飲んでいたので、誰に会ったのかは記憶に無かった。


「ああ、その節は、どうも」


 危ない危ない、もう少しで初めましてと言う所だった。迂闊に人前で酒など飲むものではない。ハチクマ先生は変な所で反省してしまった。


「お時間は大丈夫でしょうか、いや実はまだ仕事の途中でして、地下に喫茶店がありますので、あと三十分ほどお待ちいただけると有難いのですが」


 申し訳無さそうなペリカン氏にハチクマ先生は慌てて翼を振った。


「いやいやこちらの方こそ早く来すぎてしまって申し訳ない。時間は大丈夫です、先に仕事を片付けてください」

「そうですか、すみません。では後程」


 ペリカン氏がエレベーターに戻って行くのを見届けてから、ハチクマ先生は地下へと向かった。




 六枚の岩の表面はごつごつと劣化の痕を晒してはいたが、サイズの揃い方だけを見ても明らかに人工物であった。大きな四枚はおよそ二十センチ×三十センチ、厚さは五センチ程度、小さな二枚は十センチ×二十センチで厚さは二センチ程、組み合わせれば小振りな石の棺が出来上がる。


 その六枚の石板の周りを何人もの白衣のキジ達が取り囲んでいる。室内に居る人影は全てキジだった。その外、ガラスの壁一枚隔てた廊下にも、幾人かのキジの姿があった。


「どのくらい昔の物ですか」


 石板の様子を分厚いガラス越しに見ていた雉野真雉の問いに、隣に立つ白衣の初老のキジは、若干緊張の面持ちで答えた。


「現段階ではまだ正確な年代測定はできておりませんが、おそらくは一万年から一万五千年程度であろうと思われます」

「それは我々の暦で、という事ですか」


「左様です、一年をおよそ三十日と考えて一万年から一万五千年前の物です」

「では十二年三百六十五日を一周期と考えれば」


「ざっと八百から千二百周期といった所でしょうか」

「なるほど」


 雉野真雉は満足げにうなずくと、続けざまに問うた。


「それで、中には何が入っていましたか」

「それはまだ不明です。ただ」


「ただ?」

「石棺内の数か所に、繊維の断片が落ちているのが見つかっております」


「ほう」

「繊維の様子から、何かが石棺内を動いた結果、こすり付けられた衣服などから落ちた、と現時点では考えられます」


「ほほう、動いた。動きましたか。それは良い話かもしれない」


 雉野真雉は嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、初老のキジへと向き直った。


「この石棺にはまだまだいろんな秘密があるはずです、大発見を期待していますよ」


 そう言い残して歩き去って行く雉野真雉の背を、他のキジ達は最敬礼で見送った。

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