第9話 貴女たち、絶対放さない

 黒い機装の歌は続く。あの機装から気持ち悪い音が流れて、耳をふさがずにはいられない。海底だった地面が小刻みに揺れ続けながら、どんどん隆起する。遺跡の奥の塔はとうとう海面より上に頭を出し、高い岩の塊が海面に突き出し、とうとう、私たちはほぼ海面に出た。


 浮上する手間はなくなったけど、気持ち悪くてとても力が出ない。相手の狙いが何かわからないけど、解除されたら困るのか、機装が解除されないぎりぎりの状態だ。とても、離脱できる力は出ない。

 相手の歌の効果はわからないけど、単に海底を持ち上げるだけというわけではなさそう。海底のままのように、空気が重たく感じる。とにかく重い。気を抜くと倒れそうになる。先生は膝をついているし、機装のない人たちは気を失っているのか、黒い機装が現れた直後にはうるさいほどだった悲鳴や叫び声もいつの間にかなくなっていた。


 ずっと続いていた、研究所や太平洋の島にある関係施設からの通信は、隆起からずっとひどい雑音だらけになって、繋がらないのか向こうが叫んでいるということしか分からない。


 このとき、私たちがいた場所から二〇キロメートルくらい離れた場所にも、大きな島が浮かび上がっていた。


 それを教えてくれたのは、空から高速で落下するように現れたネイさんだった。ネイさんの機装は見たことない姿に変化していた。ただでさえボディスーツ的な恥ずかしいデザインが、生地薄くなってる感じ。普段だったら絶対笑うか恥ずかしくて叫ぶところだ。もちろん恐怖でそのあたりの感情はふっとんでいた。


「瘴気の島ルルイエを浮上させてしまうなんて、あんた、芯まで腐りきってしまったのね!」


 ネイさんが叫ぶ。歌いながらってどうやってるのかは謎だ。先生は顔を蒼くして、ネイさんに何かを確認するように質問をいくつかして、頷き、歌い始めた。


 ネイさんは私に、先生と一緒に船ごと飛んで行って逃げるように言った。


「明日、あたしが戻ってこなかったら、あたしは死んだことにしといて。」


 帰るはずの方角と少しずれた方向に船を推して飛びだすとき、あの気持ち悪さがなくなった。ネイさんが何か歌っている。起動プログラムの歌のような、何を言ってるのか分からない、冷たい感じの歌だった。


 ネイさんの歌は少ししたら涙声になり、同時に背後で爆発が起こった。歌いきれないうちに黒い機装に防がれたんだ……。私は先生に向かって叫んでから、ネイさんの元へ引き返した。


 ネイさんは目から耳から鼻から口から血を流して倒れていた。機装はない。着ていた服がバラバラに千切れて、白い花吹雪のようだった。体もすり傷だらけ。かろうじて胸が少し動いているけど、呼吸が聞こえない。

 傷を治す歌を歌って、ネイさんが呼吸を再開したところで、黒い機装の子が歩いてきた。だいぶ壊れているとはいえ、向こうは機装が解除されていない。顔を半分くらい隠していたパーツが消えて、ネイさんくらいの少女の顔が見える。


「ネイはバカだよね。そんなに力を使うなら、そのぶん私のために歌ってくれたらいいのに。」


 くすっと黒い機装の子が笑う。学校のおしゃべりくらいの軽い感じで、『バカだよね』って。


「一応あなたも知ってるでしょう? ネイが何をしたか。」


 私は頷いた。自分の心や命を力に変換する歌。絶唱とか断唱とか呼ばれている。命を絶つ/断つ歌だから、「たつ」歌。

 それを、ネイさんは歌った。本当の意味で命を懸けたんだ。


 力の使い方を教わったときに、最初に教わった内容だ。大きな力を使うと、機装や石が受け止め切れなかったぶんが唱女たちに跳ね返る。例えば、無理に走ったり飛んだりすると、足や脚を壊してしまうとか、無理に持ち上げると持ち上がったとたんに手が細切れになるとか言われた。私も初めてのトレーニングで加減ができなくて腕と足を痛め、体力を使い果たしたみたいになった。

 そういう理由で、機装と力のコントロールと身体的なトレーニングで、跳ね返り(バックファイア)を極力なくすようにすることを最初に身に着ける。

 それに加えて、本来は自分が歌えなくなるような跳ね返りのあるダメージは出せないようになっている。だから普段は、敵のダメージ以外で自分がボロボロになったりはしない。なるようだと出撃させてもらえない。


 だけど、唯一、絶唱のプログラムは、跳ね返りを機装や適性などで和らげず、全力全開の力を使う。出力を制限したシミュレーションですら、病人なみに体が動かなくなる。


「新人のあんたよりネイのほうが欲しい。あんた、ネイの命になりなさい。もしくはとりあえず歌って?」


 私は深呼吸をした。歌ってくれるの?と黒い機装の少女が嬉しそうに目を輝かせる。まず頷いて、目を閉じる。石に想いを集中させる。効果をイメージして、大きく息を吸い……


 私は、ネイさんと共に、たぶん戦闘機とかの速さで、真横にぶっ飛んだ。海面についたら切れて死ぬレベルだっていうのは、足の小指が飛んだから実感してる。

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