第23話 李之挑発

また春が巡ってきて、いつも側侍として眺めていた皇上御見を皇太子妃として見ることになった。

「子妃様、お急ぎになられませ。どうやら連絡の相違があったようで、学徒が龍皇宮へ入ったそうにて…」

金鈴は焦ったように瑩珠を急かした。

「それで大家が私に時を稼ぐよう仰せになりましたのね?あら、学徒だわ」

遠くに緊張した面持ちの学徒が見える。瑩珠は懐かしいとくすりと笑ったが、すぐに表情を引き締め列に近づいた。

しかし…。

「あぁ、子妃様…道を開けて控えることをしませぬ…」

本来、皇族など、身分の高い者が近づいたとき相手より先に気づいて端に寄り、跪かねばならない。

「緊張の余り気づかぬのかもしれませんね。先代の状元が気づいても良い筈ですけれど…品が宜しくないけれど、少し大きく音を立て、気づくようにさせなさい。でなければ、参宮早々、罰せねばならなくなってしまうのは心苦しいわ」

女官と宦官達は頷き、先触れの鈴を鳴らしながら近づいた。

気づいたのかまだ慣れない動作で跪拝をしていく。

しかし、一人の探花の位を受ける少女だけが不敵な笑みを浮かべてお辞儀をするだけだった。

瑩珠は眉を潜めた。それを見た金鈴が少女に叱責をしようと前に出て声を張る。

「そなた、このお方をどなたと心得ますか!」

馬鹿にしたように少女はふんと鼻を鳴らし、笑った。

「心得る?その様なことをわざわざせぬとも分かりますわ、女官長様?皇太子妃、照氏でいらっしゃいましょう?」

「そなたっ…!」

瑩珠は冷たい微笑みを浮かべ、白地の胡蝶をあしらった襦裙の裾を払い、紫の上襦を揺らめかせて手で金鈴を押し止めた。

「お下がり、金鈴。探花、そなたを見受けるにではないか?やっと試に通り、兄らの後を追うのですね?私、残雪は残っていても美しゅうと思うが、花は儚さが美しゅうものよと思うのだ。名を申すが良い、名乗らぬならばそなたは残花よの?」

瑩珠は母のように振る舞うことを心掛けた。皇太子妃という位を軽んじられないように。李家の残花とは、少女が揶揄されている呼び名なのだ。彼女は李家の末妹で、一時皇太子妃候補であったが不適格という烙印を早くに押されてしまった。ぎりぎりまで残れば嫁の貰い手はあるが、異例の早さで弾かれたため、誰も妻にしようとは思わない。

李奏沙リ ソウサ。知っているでしょう?一時は皇太子妃の座を争ったのだから」

「争った?大概にせよ、李嬢リ ジョウ。我が妃にせぬで真に良かった」

瑩珠の後ろから黎翔が来ていたのだ。

「鸞殿下…お久しゅうございますわ、お会いしとうございましたのよ」

「左様か。だが身分を弁えよ。そなたは李嬢としてここにいるわけではない、だ。一国の皇太子の名を避けるのが道理であろう?だが、独り言と聞き流してやろう。幸い、両陛下のご臨席前だ。おいで?凰琳。お迎えせねばな?」

黎翔から差し出された手を瑩珠は取った。

「学徒達、見苦しいところを見せましたね。ですが、私達はそなたらの将来の幸を祈っておりますわ。さぁ、立ってお行きなさい」

学徒達は礼を言い、ぞろぞろと歩き出した。

「黎翔様…申し訳ありません」

「良い、残花のせいであろう?李の血脈を継いでいるのだからなにか許せぬのだろう?李一族と念一族がなにやらあったようだしなぁ」

先を歩く黎翔を瑩珠は悲しげに見つめた。

「殿下はお気づきになられ始めた…お兄様のご無念も晴らせる日がいつかくると良いのですけれどね…」

瑩珠は足を早め、黎翔に並んで歩いた。

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