第19話 王門照家

琴風が太妃となってから、度々龍安は院宮を訪れるようになった。

今回訪れた龍安は史書を持ってきていた。

「母上、ご機嫌麗しく存じます」

「まぁ、お掛けになって」

龍安は母太妃に対する礼を解き、琴風の前の席についた。

「どうされましたの?」

迷っているような表情をしていた龍安は口を開いた。

「余の父上は、前王朝から譲位されていたのですか?史書は先々代と父上の姓が違って記されている」

琴風は12年前の出来事を語った。

「いくら…氷波様が、奪った帝位を継いだからと言って大家は大家にございます。自棄を起こして暗君となられませんよう」

「な…なんと…兄上…いや、皇太子殿下には申し訳ないことを…」

琴風は薄く笑い、龍安の肩を抱いた。

「大家は私を母と慕ってくださる、それで十分吾子様の弟帝であらせられましょう」

龍安は泣き笑いの表情でありがとう、と呟いた。

「余は、纏うはずのなかったこの黒紫の衣に恥じぬ名君となりましょう。そして、兄上の王門には、余の直系皇子に次ぐ帝位継承位を約束し、黒紫を纏う許可を。また、紫帝家の汚点を隠すことなく、以後の皇帝で語り継ぐことといたします」

本来黒紫の衣は皇帝の禁色で、代々の皇帝など限られた人々のみの色であった。まさにそれが表すのは至高の位なのである。

数ヵ月後、龍安はある王を伴って院宮を訪れた。

「母上」

「あら、龍安様?こんなに院宮へお運びになって後華宮の妃嬪や官吏に諫められておられませんこと?」

「問題ありません。今日は会わせたい人がおりまして、連れて参りました次第。入室させても?」

琴風は首を傾けたが、快諾した。

「入られよ」

琴風はしゃらしゃらと金歩揺が揺れるのにも構わずに首を振り、涙を流した。

「永…永良様」

永良と呼ばれた王の宝冠をかぶり、黒紫を纏う青年は揖礼をした。

永良にございます。大家の皇恩を賜り、王門照家を立てることが叶いました。以後お見知りおきくださいませ、念太妃殿下。また、王門に助言賜りましたこと、厚くお礼申し上げます」

そう、この青年こそ、真の燈帝の皇太子だった紫陽永良なのである。

「さすがに本来のは臣下の不信感を煽ってしまいますので、少し変え、としました。今朝の朝議で許可をできたので余は安心しましたよ。兄上、人払いしておりますから母上と気兼ねなく話されよ」

永良は琴風に近づき、手を取った。

「お久しぶりです、母上…我が義弟おとうとは名君ですね。捨て置く方が自らが安全であるのに、我を王門に封じた」

「息災であられましたか…?龍安様は素直で正しい政道を進むでしょう?もう、17になられたのかしら、永良様は」

「はい、17です」

その後も語らい、永良は王府に帰ることになった。

「大家…いや、龍安。母上を頼む。そなたの御世、また子孫にいたるまで我が照王家は紫帝家を支えていこう。帝位を我が手に戻し国の混乱を招くより、そなたに任せ我らは紫陽の血筋を守り真の帝家の誇りを守ることにする」

龍安は永良に跪拝し、誓いを立てた。

「承知いたしました、兄上。余は以後の皇帝にこの汚点を伝え、照王家を敬うよう語り継ぎます。そして、照王家の人々には余の直系皇子に次ぐ帝位継承位を約束します」

こうして、紫帝家と照王家の間には約束がなされ、100年の間守り続けられてきたのである。

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