第25話 『じゃっじゃじゃ~ん!』

 遡って、日曜日。


 所長椅子に座り、ふんぞり返る浅葱。


 その目と口は、ニヤニヤと笑っていた。


「で?分かったのか?」


 なんて言ってはいるが、浅葱にはその答えが分かっている。


 何故ならば、愛花の目と口も笑っていたからだ。


 こちらは浅葱と違い、見る者を不快にさせない、爽やかな笑顔。


「はい。答え合せです」


 愛花が取り出したのは、二本の縄。


 昨日の説明でも見た、二本を揃えて輪っかを作り、片方の端を何回も通して纏めている。


「まず、やり方は全く違いますが、おばあちゃんと浅葱ちゃんは、私達にをかけました」


「「暗示?」」


「錯覚とも言えますね。おばあちゃんの場合は、この『二本を纏めた状態で、縄を見せる』。浅葱ちゃんの場合は、『鋏の音を二回聞かせる』です」


「「?」」


 愛花は縄を解き、テーブルに置く。


「今、直人君と希美さんは勘違いをしています」


「「は?」」


 いきなりそんな事を言われても。


 ただただ混乱するだけだ。


「ここはあえて、おばあちゃんの心得ではなく、浅葱ちゃんのヒントで行きましょう」


 愛花は別に用意してあった長めの縄を、プラプラと二人に見せる。


 そして、右手には鋏。


「まず、『二本を一本にする手品じゃない』。これはどういう意味だと思いますか?」


「どういう意味って…」


 二人は顔を数秒だけ見合わせ、代表として希美が答える。


「『一本を二本にする手品』…よね…?」


「希美さん、四十点ですね」


 中途半端な点数に、逆にどう反応していいのかが分からない。


「大目に見れば、その通りと言いたいのですが、正確に言えば、全く違います」


 この娘は、混乱させるのが趣味なのか。


「一本を二本に…その為には、実は刃物類は一切必要無いんです」


「「…は?」」


 疑問符を浮かべたものの、一応言っている意味は分かっている。


 刃物を使わずに、縄を二本にする。


 つまり。


「縄を…切る必要が無い…?」


「希美さん、もう一息です!縄を切る必要が無い…と言う事は…!?」


「えっと…一本を二本に……?」


「希美さん、大正解!百点満点です!」


 漸く貰えた、愛花からの百点満点。


 しかし、自分で言った言葉の意味が理解出来ていない。


 が、先に直人がその意味を理解する。


「見せかけた…って事は、その二本の縄って…!?」


 直人の言いたい事をいち早く悟り、愛花はニッと笑って、二本の内の一本の端を持ち上げた。


「じゃっじゃじゃ~ん!」


 愛花に引っ張られた縄に着いていく様に、もう一本の縄も持ち上がる。


「縄同士が…くっ付いてる…!?」


「いえ、正確にはではなく、…ですよね…?」


「はい」


「繋がっている…?」


「つまり、あの二本の縄…んですよ」


「はぁ!?」


 直人に言われ、一本だと言う二本の縄を見る。


 端の数は、四つ。


 本当にあれが一本なら、二つ多い事になる。


 次に繋がっていると言う部分を見る。


 繋がっているのは、それぞれの縄の端から五センチ程の部分だ。


 縄がささくれ立っているせいで、どの様に繋がっているかまでは分からない。


「まだ信じられませんか?では、証拠をお見せしましょう」


 愛花は、繋がっている部分から遠い方の端同士を持ち、思いっきり引っ張る。


 すると、縄はパンッと高い音を立て、あっと言う間に一本になった。


「ね?」


「いや…『ね?』って言われても…」


 変化が速すぎて、どの様に一本になったかが分からない。


「それ、どうやって二本に見せていたんですか…?」


「トリックはとても簡単です」


 愛花は二人に見える様にと、テーブルの上で作業を始める。


「このトリックのヒントになったのは、直人君が言った『縄は、二本の藁や紐を捻って、縒って作る』。そして、希美さんの捻れたイヤホンのケーブルです」


「あのイヤホンが?」


 愛花は縄を半分に折ると、折った部分、つまり縄の真ん中を解した。


「この部分を…」


 次に、解した部分の二本の紐を半分に折り直す。


 すると、縒り癖が付いている紐は、折った部分を中心に、それぞれ捻れていった。


「「あ…」」


 そうして完成したのは、言ってしまえば『偽物の端』だ。


「ね?実はこの二つの端っこは、縄の中心だったんです」


 確かに簡単だ。


「そして浅葱ちゃんとおばあちゃんは、そこから更にクオリティを上げました」


「それが縄の纏め方と、二回の鋏の音って訳ね…」


「はい。棕櫚縄を選んだのも、繋がっている箇所をささくれで目立たなくする為だったんですね」


「そこまで考えられて…」


「どの様に二本を一本にするではなく、…これを考えるのが『逆転の発想』であり、同時に『その先の展開』だった訳です」


 確かに。


 逆転の発想は、あくまで発想。


 それを実現する為に、どの様な仕掛けや行程を必要とするのかまでを考えなければ意味が無い。


 場の全員が納得していく中、直人がある事を思い出し、そして気付く。


「あ…じゃあ、『あれ』は何だったんでしょう…?」


「「「『あれ』?」」」


「八重さんの伝言ですよ。『手品だからこそ、何度でも見れる』って…」


 正直、手品だから何なのだと思う。


「あ~…それは多分、おばあちゃんなりのお説教なんだと思います」


「「「お説教?」」」


 なんだか、八重には似つかわしくない単語が出てきた。


「お説教と言っても、別に怒っているって訳じゃないんですよ」


「どういう意味だ?」


「『探偵としてまだまだ』って意味ですかね」


 そうだろうか。


 少なくとも、三人は愛花の頭のキレの良さは認めている。


「おばあちゃんの手品とタイ兄ちゃんの手品、があるんですが…何だか分かりますか?」


「共通点…ですか…?」


 何だろう。


 使った物は全く違うし、ジャンルも違う。


「……だろ?」


「「あ」」


「浅葱ちゃん、大正解。百点満点です」


 言われれば、そうだ。


 泰造の手品は、黒と赤が交互になっている状態を。


 八重の手品は、縄の一部が繋がっている所を堂々とさらしている。


「で、それが何なの?」


「トリックを堂々と見せられているのに、それを見落とす…これがもし、何かの事件だったなら?」


「「っ!」」


 何も言えなくなってしまう。


「残っている証拠や痕跡を見落としてしまう…探偵にとって、それがどんな意味を持つか分かりますよね?」


 痛い程分かる。


 証拠や痕跡の見落とし。


 それは、犯人に逃がすチャンスを与えている様なもの。


 更に言えば、事件の迷宮入り。


「手品を成立させる為に誤魔化しがあるとは言え、それでもこの目で見えていた物を見落とすのはいただけない…」


 愛花の言葉を聴く程、情けなくなってくる。


 得意分野があるから何だ。


 基礎が出来ていないのに、それが最大限に活かされる訳が無い。


「「…」」


 空気が重い。


 それを払拭する様に、愛花は笑う。


「すみません、少し意地悪な言い方でしたね」


「いえ…」


「勘違いさせてしまったかもしれませんが、何もおばあちゃんは、私達の探偵としての素質を否定している訳ではないんです。むしろ、認めてくれていると言っても、過言じゃありません」


「そう…なのかな…?」


「じゃなければ、『探偵としてまだまだ』なんて言いませんよ。否定するなら、『向いてない』とか、『諦めろ』って言いますよ」


 泰造はともかく、八重は確かにそうだ。


 相手を注意する事はあっても、否定する事は無い。


 むしろ、本人の気が済むまで応援するだろう。


 それが、多少厳しい言い方になっても。


「少なくとも私は感謝しています。おばあちゃんにも、タイ兄ちゃんにも…そして、浅葱ちゃんにも」


「あ?」


「探偵としてまだ未熟な所がある事、基本を思い出させてくれた事、ぶっきらぼうながらも応援してくれた事に」


「へっ…」


 照れ隠しか、浅葱は顔を背ける。


「だから…」


 愛花は身体を真っ直ぐ浅葱に向け、両手を腰の後ろに回した。


「これからも、この事務所に居てくれませんか?私達に力を貸して頂けませんか?」


「…」


 浅葱は椅子から腰を上げ、愛花の前に立つ。


「浅葱ちゃ…?」


「うらっ」


「みゅっ!?」


 ペチンと、軽くデコピン。


「ド阿呆ゥが。誰がこんな事務所を離れるかよ」


「浅葱さん…」


「言っただろ?俺はな、お前に恩があんだよ。それに、ここが気に入ってんだ」


「浅葱ちゃん…」


 二年前の今頃、愛花が初めて解決した謎。


「昨日お前は『照れちゃって』なんて言ってたが、違う。これは、俺なりのケジメで、本心なんだ」


 愛花が節子の体質に気付かなければ、きっと自分は今でも荒んでいただろう。


 節子の自殺を、心のどこかで引きずっていただろう。


 愛花の胸で泣いた時の感覚は、忘れる事はない。


 ずっと強がって生きていた自分の弱い所を見せても、愛花は受け入れてくれた。


 それは、浅葱の人生を大きく変えた。


 それからはずっと、穏やかで、楽しくて、賑やかで、溌剌はつらつとした人生を送ってきた。


 だからこそ、自分はここに居たい。


 愛花に、恩を返していきたい。


「それに何つーか…お前やばーさんを見てると、心配でもあるんだよ」


「「「心配?」」」


「探偵のクセに、簡単に誘拐とか詐欺とかに引っ掛りそうで…」


「なっ!?」


「「ああ…」」


 思わず納得。


「失礼しちゃいます!詐欺なんて引っ掛った事無いですし、誘拐はされても、ちゃんと無傷で帰れましたよ!」


「誘拐は経験済みなの!?」


「ええ…僕が知ってるだけでも、三回程…」


「多っ!?」


「おばあちゃんだって、私が誘拐されたって聞いても、落ち着いて犯人の要求を訊いてたんですよ!?探偵として、冷静に事を運んでいる証拠です!」


「いや、あれは単に八重さんが誘拐慣れしているだけで…」


「誘拐慣れって、そんな言葉初めて聞いたわ…」


 学習能力が無いのか、この娘には。


「身代金を用意している時、『色を付けてあげようかねぇ』とか言いながら、身代金を上乗せしてた事もありましたし…」


「うわぁ…私が犯人なら、逆に反応に困るわ…」


「しかも、八重さんの仏の様な精神と、愛花さんの天真爛漫な心に何かを思って、犯人は全員即自首か出頭してます…」


「ある意味やりにくいコンビネーションね…」


「…浅葱さん、僕からもお願いします。愛花を見張…見守り続けて下さい」


「今、見張りって言いかけました!?」


「私からもお願い。昔、実家で犬飼ってた事あるから、その時の首輪あげるわ」


「首輪!?」


「無駄無駄。コイツのイリュージョンスキルなめるなよ?鍵が付いてても、ソッコーで外せるぞ?んで、いつの間にか居なくなる」


「それは浅葱ちゃんでしょう!?出会う前から、見た事の無い細長い棒を使い熟していたじゃないですか!?」


「阿呆ゥ。必要悪だっつーの」


「一般人にピッキングの知識なんて必要無いでしょう!?」


「鍵を無くした時にしか使ってねーよ。前居た現場の事務所のドアとか金庫とか」


「金庫も!?」


「簡単なダイヤルのみなら、聴診器で結構何とかなるもんだぜ?あと、ここのドアにも使われてる『くの字』型の鍵穴はピッキングが簡単だから、今は製造されてねーってよ」


 今度、業者に頼んで替えてもらおう。

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