第22話 『何急に脱いでるのよ!?』

「「「うーん…」」」


 愛花、直人、希美が見つめるのは、一メートル半程の一本の縄と、一メートル程の二本の縄。


「まさか…一度ならず二度も浅葱ちゃんに遅れをとるなんて…」


 そう、浅葱は愛花から話を訊いた後、ほんの二十分程でそっくりそのままその手品を再現してしまったのだ。


「一体何なのよ、あの人…!?」


 悔しいのは愛花だけではない。


 直人も希美も同じ思いをしている。


「あの行動力を別の事に活かしてほしいですね…」


「なんか…私より探偵向きなんじゃないかとさえ思ってしまいます…」


 それは言っちゃ駄目だ。


 浅葱が得意なのは、手品の種やインチキを見破る事だけなのだから。


 探偵としての知識は皆無だと言ってもいいだろう。


(まぁ、僕も同じ様なものですが…)


 団栗の背比べどころか、そもそも団栗同士ですらないだろう。


 因みに、直人の得意分野は『薬品』だ。


 詐欺に遭う前から、危険物取扱資格の勉強をしていた。


 愛花がこの知識に助けられた事は何度もある。


「うーん…」


 本日何度目になろうかという声を挙げながら、愛花は長い方の縄を手にする。


 手品の内容はこうだ。




 三十分程前。


「手品は至ってシンプルです」


 愛花が持ってきたのは、荷物を縛る為に用意していた縄。


 竹垣を組む際によく使われる、細めの棕櫚縄だ。


「二本の縄の端っこ同士を手の中で擦ると、一本になるって手品です」


「…それだけ?」


「それだけです」


 なんて説明が簡単な手品なんだろう。


 しかし、トリックを暴けと言われたら、話は違ってくる。


「二本を一本に…か…」


 浅葱は縄の端を持ち、切り口をまじまじと見る。


「その手品と探偵って、関係があるんですかね…?」


「でも、おばあちゃんがやった事ですし…少なからずとも無関係って訳では無いかと…」


「…おい」


「はい?」


「その時の様子、再現出来るか?」


「は…はい。手品自体は出来ませんが…」


「分かってるよ」


 愛花は工具箱から大きな鋏を取り出し、一メートル程の縄を二本切り出す。


「最初はこんな風に纏められてたんです」


 二本を揃えて輪っかを作り、その中を片方の端を何回も通す。


「で、次に私は右手の上に揃えた縄の端っこ乗せられ、その上から更に左手を乗せて、縄を両手で挟みました」


「ふーん…」


「そしてこれを擦っていくと、手の中で縄が一本になる…ですね」


 勿論、今回擦った縄は二本のまま床に落ちる。


「どうです?解けそうですか?」


「…」


 沈黙。


 思わず三人も黙ってしまう。


「…その縄は、最初っから二本だったんだよな?」


「はい。こんな風に…」


 愛花は落ちた縄を拾い、揃えた後にパンパンと二回引っ張る。


 縄に仕掛けが無い事を確認させる為だろう。


「二本を揃えて、縄の隅々を確認させてもらいました」


「…」


 話を聴く限り、二本だった事は間違い無い様だ。


「縄を擦っている時、手の中で一本になる感覚はあったか?」


「はい。例えるなら…こう…粘土みたいな感じだったと言うか…」


「「「粘土?」」」


 例えが分り難い。


「馴染み合うって言うんですかね?確かに縄は最初二本分の感覚があったのに、徐々に一本に纏まっていったと言うか…」


「馴染み合う…か…」


 その言葉に、不意に母親の事を思い出す。


 二つのDNAが馴染み合い、DNAキメラとして生を受けた存在。


 実はまだ、罪悪感は残っていた。


「浅葱ちゃん?」


「あ…ああ、悪ぃ」


 愛花の声で我に還り、再び縄を見る。


「何かヒントを貰わなかったんですか?」


「一つ、心得は頂きました」


「「心得を?」」


「…」


「『探偵にとって、逆転の発想が出来るのは当たり前。しかし、求められるのは更にその先の展開だ』と」


「逆転の発想の…」


「その先…ねぇ…」


 逆転の発想のその先とは。


 分りそうで分からない、八重らしいと言えば八重らしい心得だ。


「さっき思い出してからずっと考えているんですが…やっぱり難しいですよねぇ…」


「接着剤…は、流石にないか」


 当たり前だ。


「ないですね。一本になった縄は接着した跡どころか、切った跡すら最初っから無かったかの様に完璧に繋がっていましたから」


「だよねぇ…」


 考え始めてから、僅か十分で行き詰まってしまった。


「シンプルだからこそ、出来る事は限られてくると思うんですが…」


 愛花の言う通りだ。


 二本を一本にするのなら、方法なんてたかが知れている。


 その方法を応用すれば、切った跡も完全に消せるのではないか、と。


「…」


 浅葱は立ち上り、まだ切っていない縄へと近付く。


「縄、また切り出させてもらうぜ?」


「?どうぞ」


 シャキンと鋏特有の甲高い音が事務所に響く。


 背を向けた浅葱の身体で見えないが、縄を切っているんだと簡単に想像出来た。


 二回その音が響くと、浅葱は戻ってきた。


 その手には、愛花が切ったものよりも短めの二本の縄。


 それを揃えた状態でテーブルの上に置いた。


「ちょっと短めに切ったが…それ以外は何の変哲も無い縄だ」


 確かに、何の変哲も無い。


「これを…おいお前、右手を出せ」


「?」


 言われるがまま、希美は右手を差し出す。


「で、左手を乗せて、縄を挟め」


 それは、愛花の言っていた状況そのものだ。


「手の中の縄は、まだ二本だよな?」


「うん…」


「よし、思いっきり擦れ」


 希美は強く縄を擦り合わせる。


「…っ!?」


 擦り始めて数秒で、希美の顔色が変わり始めた。


「どうした?」


「あ…あ…」


 そして、手が止まる。


「希美さん…?」


「金元さん…?」


 二人の呼び掛けにも、全く反応しない。


「へっへっへ」


 浅葱は希美の左手を掴み、縄の上からどけた。


 そこには。


「「なっ…!?」」


 擦り合わせた二つの端が消え、縄は完璧に一本になっていた。


「凄い…どうやったんですか!?」


 場の状況に、ショックなんてどこかに行ってしまった。


 浅葱は舌を出し、笑う。


「ぜってー教えねぇ」


「そんなぁ…」


「探偵のプライドを賭けて解いてみな?ばーさんからのヒントもあるんだからよ」


 プライド。


 その言葉が、愛花のショックを呼び戻した。


「うぅ~…!」


「愛花さん…」


「じゃ、約束通り俺は呑みに…っと」


 スマホ、財布、車の鍵、ジャケットを身に付け、鼻唄交りで事務所の扉に手を掛ける。


「ああ~!ヒント!せめてヒントを~!」


 足にしがみ着き、なんとか浅葱を足止めしようと頑張る。


「うっせーな!ばーさんの言った事そのものだよ!」


「八重さんの心得そのもの?」


「俺的に解釈すると、これは


「「「はぁ!?」」」


「そして、。この二つが、『逆転の発想』と『その先の展開』だ。以上」


 混乱している愛花を足から剥がし、今度こそ浅葱は行ってしまった。




 回想終了。


「最後の最後で、頓知とんちみたいな事言い残して…!」


 そのせいで、余計に分からなくなってしまった。


(『二本を一本にする手品じゃない』…それが『逆転の発想』…)


 単純に考えるなら、『一本の縄を二本する手品』になる。


 しかし、そんなものは手品ではない。


 刃物一つあれば出来る事だ。


(『一本は一本で、二本は二本』…これが『その先の展開』…)


 正直、こっちの意味は分からない。


 最初聞いた時は、『当たり前だろ』と思ってしまった。


「んむぅ…」


 ついに項垂うなだれてしまう。


「何か飲みましょうか。何がいいですか?」


「ホットのカフェオレを。銘柄はお任せするわ」


「ミルクティーを…セイロンで…」


「夜ですよ?大丈夫ですか?」


 特に愛花は、カフェインが入ると寝れなくなる。


「謎が解けてないのに、安眠出来る訳ないですよ!こうなったら睡眠時間を削ってでも、おばあちゃんと浅葱ちゃんの鼻をくじいてやるんですから!」


「その意気よ!愛花ちゃん!」


「金元さんは萬屋さんの…ですか…?」


「そうよ!自力で解いて、その後は罪滅ぼしとしてケーキバイキングに連れて行ってもらうんだから!」


 それでいいのか。


「そうです!インチキして、ケーキを騙し取るなんて最低です!」


「よく言った、愛花ちゃん!甘い物は、女の子にとっては宝石並の価値があるんだから!」


「浅葱さんは甘い物が苦手って言ってましたが…」


「あの人は女じゃないわよ!女の皮を被った、呑んだくれのオヤジよ!」


 えらい言われ様だ。


「二本…一本…もしかして、ったとか…?」


「「縒った?」」


 何の話か、一瞬理解出来なかった。


「いや、縄なんですが…」


 ケトルに水を入れた後、直人は長い方の縄を手にした。


「縄ってこうやって…二本の藁か紐を捻って、縒って作る物ですよね?」


 縄の端を少しほぐし、二人に見せる。


「この応用で、二本を一本に出来ないかなと…」


「無理でしょ」


 素早い否定。


「そんな事をしたら太さが変わるし、繋ぎ目も一目瞭然よ。あの人がやったその縄は繋ぎ目は無いし、変わったのは長さだけじゃない」


「ですよね…」


 引っ張ると、パンッと張りのある音が響く。


 勿論、どこかで切れるなんて事は無い。


「…あ」


 ふと、ある事を思い出す。


「どうしました?」


「いや…金元さん、お風呂はどうします?」


「「お風呂?」」


 知っての通り、事務所には風呂が無い。


 なので、事務所に泊まる時は、近くの銭湯に行かなければならない。


「僕と愛花さんは、ここに着替えがあるのでいいんですが…」


「あー…」


 因みに、ここから希美の家まではバイクで片道四十分程。


「私は…いいわ。ここでお留守番してるから」


 正直、女としてはどうかと思うが、今回は仕方がない。


「でも…」


「何よ。何も盗んだりしないわよ」


「いえ…そうではなく…」


 あからさまに落ち込む愛花。


(う…)


「服ならまだしも、下着は流石に…浅葱さんのを勝手に拝借する訳にもいかないですし…」


「んー…」


 愛花は立ち上り、仮眠室へと入っていく。


「「?」」


 そして、顔だけをひょこっと出した。


「希美さん、胸は何カップです?浅葱ちゃんのブラはGですが…」


「「ブーーーーーッ!!!!!?????」」


 二人共、思わずカフェオレを吹き出してしまう。


「熱っ…つーっ!」


「きゃーっ!溢したー!」


「服!服が!」


「ちょっ…!?何急に脱いでるのよ!?」


「仕方ないでしょう!?熱いんですから!」


「なら、せめて見えない所で脱いでよ!」


 阿鼻叫喚である。


「あの…大丈夫ですか…?」


「火傷はしてないですが…じゃなくて!」


 上半身裸のままで、愛花の両頬を両手で挟む。


 天宮探偵事務所の面々と八重と倉橋は、これを『頬っぺむにょの刑』と呼んでいる。


「何考えてるんですか!?下着を拝借する訳にはいかないって言ったでしょう!」


「ら…らって~…」


 愛花はチラリと横を見る。


 視線の先では、希美が床に溢れたカフェオレをティッシュで拭いていた。


「希美さんだけ仲間外れは…」


 どこまで優しいのか、この娘は。


 まぁ、そこが愛花の魅力の一つなのだが。


 因みにどの位優しいのかと言うと、浅葱に『詐欺師にモテそうだな』と言われた事がある程だ。


 そして、直人は否定出来なかった。


「…一時間半」


「「はい?」」


 二人の視線が、希美へと集中する。


「一時間半待って頂戴。カフェオレを溢した以上、流石に服を着替えなきゃだし、ついでに泊まりの準備もしてくるわ」


「…はい!」


 愛花の顔が、みるみる明るくなっていく。


「すみません…気を遣せてしまって…」


「いいのよ。私だって、愛花ちゃんの沈んだ顔を見たくないし」


「ありがとうございます」


 二人は仮眠室を見る。


 扉の向こうでは、愛花が色々と準備をしているのだろう。


「染みになるといけないので、家までは僕か浅葱さんの服を着て下さい。洗濯機はありますので」


「う…そうね…」


 見ると、少し染みが目立つ。


「僕の服は右の箪笥、浅葱さんのは左の箪笥の上から一段目と二段目にそれぞれ入ってますから」


「ん、じゃあ借りるわね」


 希美が仮眠室へと入る。


 微かに、二人の会話が聞こえた。


「希美さん?」


「服を洗濯させてもらうから、家に帰るまでの間だけ服を借りる事になってね」


「そうなんですか」


「…って、それあの人のブラ?本当に大きいわね…」


「凄いですよねぇ。私もあんな大人っぽい女性になりたいです」


「アンダーは…嘘でしょ!?これでGって、細過ぎじゃない!」


「大きいだけじゃなく、形も中々ですよ?前に一緒に温泉に行った時に触らせてもらったんですが、柔らかい上に張りもありましたし…」


「一体何食べたらそんなになるのよ…!?」


 なんて会話をしているのか。


 マグカップを回収した後、直人は二人の会話から逃げる様に洗い物を始めた。


(…あ)


 ふと、また思い出す。


 どうでもいい事なので、別に二人に話す必要も無い。


 と言うか、口が裂けても言える訳が無い。


(浅葱さん…最近ブラがキツくなってきたって言ってたな…)


 しかも、アンダーはそのままで。

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