天宮愛花は可愛い名探偵

仲眞悠哉

『神々の宝』

第1話 可愛い名探偵

 都内某所。


 そこには、少し寂れたオフィスビルがあった。


「あぅ~…」


 そのオフィスビルの一室に、探偵事務所を構える人物が一人。


「暑いですね~…」


 現在八月半ば。


 窓を開け、時折入ってくる風で涼を取るものの、焼け石に水。


 来客用の長いソファーに、事務所の主がいた。


 主の名前は天宮あまみや愛花まなか


 現役の女子中学生で、凄腕の名探偵である。


 身長は百四十センチも無い、小柄な体格。


 ロングの明るい茶髪を二本の太い三つ編みにし、その大きな瞳には丸い細縁の眼鏡。


 服は淡いベージュのワンピースを着用しており、見た目はさながら『文学少女』といったところだ。


 手には団扇を持ってはいるが、暑さにやられているのか手は全く動かず、団扇としての機能は果たしていない。


「アイス食べたいです~…」


 冷蔵庫にあった麦茶はとっくに飲み干し、あるのは煮出し中の熱い麦茶と、ご近所の奥様方から貰った素麺だけ。


直人なおと君~…浅葱あさぎちゃん~…」


 その時、外からバイクのエンジン音が聞こえる。


 音が大きくなった次の瞬間に音が無くなったところをみると、どうやらビルの前で停まったようだ。


「バイク…直人君かなぁ…」


 と思っても、窓まで確認しに行く気力は無い。


 しかし、こんな場所に来る人間は限られてくる。


「ただいまで…暑っ!」


 事務所の扉を開け、中に入って来たのは一人の少年。


 少年の名前は白石しらいし直人。


 歳は愛花より四つ上の十七歳の高校生。


 中肉中背の地味な感じの外見で、服装も青いパーカーに白いTシャツ、ズボンも黒いチノパン。


 一見、頼りないイメージも持たれるが、愛花の大事な仲間だ。


「お帰りなさい~…」


 団扇を持つ腕をフラフラと頼りない感じで振る。


「だらけてますねぇ」


「完全に夏バテなんです~…」


「明日も依頼が一つ入っているんですから、頑張って下さいよ」


「はいぃ…」


「ほら、アイス買ってきましたから」


「アイス!?」


 その言葉に愛花は飛び起きる。


「あ…あ…ありがとうございます!」


 さっきまでの怠さは何処へやら。


 その満開の笑顔に、直人もつられて微笑む。


「今日は豚肉が安かったので、生姜焼きにしようかと思うんですが…どうでしょう?」


「いいですね!夏バテにも効きますし、ご飯も進みますね!」


 と、再度事務所の扉が開く。


「おーっす」


 入って来たのは一人の女性。


 名前は西森にしもり浅葱。


 凛々しい顔立で、愛花が可愛いの部類に入るならば、彼女は綺麗の部類に入るだろう。


 髪は愛花とは対称的なダークブラウンのロングを高めのポニーテールに。


 赤いタンクトップにショートパンツ、ブーツにピアスと、こちらも愛花とは対称的な活気溢れる格好をしていた。


「あっちぃなぁ…クーラー点けろよ」


「ダメです」


 浅葱が腕を伸ばした先にあったリモコンを、直人が素早く奪う。


「先月の電気代を忘れたんですか?」


 請求書を見て、正直びっくりした。


 ああいうのを魂消たまげると言うんだと、リアルに実感した。


「ちっ…んじゃビール…」


「無いです」


 冷蔵庫の中には冷ました煮出し麦茶と晩御飯の材料だけが入っている。


「第一、浅葱さん未成年でしょ」


「阿呆ゥ。あと一年なんて、あっても無い様なモンだろが」


「ダメです。アイスで我慢して下さい」


「ちっ…」


 ビールを渋々諦め、冷凍庫の扉を開けてアイスを取る。


「そういや、明日の依頼って何だ?」


「あ、それ僕も訊こうかと思ってました」


 以前から予定があるのは知っていたが、肝心の内容を把握してない。


「んー…詳しい事は明日訊くんですが…」


 食べ終わったアイスの紙容器をゴミ箱に捨て、愛花は直人、浅葱の順で顔を見る。


「事前に聞いた話だと、お宝探しを手伝って欲しいみたいなんです」


「「宝探しぃ!?」」


 これは今までに無い依頼だ。


 実は愛花の祖母は有名な探偵で、特に多かった依頼は殺人事件の捜査である。


 両親を早くに亡くし、まだ小学校に入ったばかりの愛花も、その仕事っぷりを見てきた。


 その為か、一般人が知らないような専門用語を知っていたり、祖母譲りのキレる頭脳で、祖母が引退した後は愛花自身もその手の依頼を受けるようになっていた。


「宝探しって…あの宝探しですか?」


「はい」


「トレジャーでハンターなあれか?」


「トレジャーでハンターなあれです」


 直人と浅葱は顔を見合せる。


「あー…」


 浅葱は頭をボリボリとかく。


 せっかく綺麗に纏めていたポニーテールが、あっという間にボサボサになった。


「あれって都市伝説じゃなかったんだな」


「都市伝説って…」


「砂金探しだってお宝探しじゃないですか」


「いや、それはまた別では…あれ?でも金だしな…」


 軽く混乱してきた。


 ブツブツと呟きながら考えるが、益々分からなくなってくる。


「…って、じゃなくて!」


 ここで漸く、話が逸れている事に気付く。


「宝探しって…なんか眉唾な気が…」


「んー…でも、日本でお宝っていうのは、珍しくないと思いますよ」


 と、愛花は本棚から一冊の地図を取り出す。


「『お宝』は、言い換えれば『価値のある物』という事」


 開いたのは東京の中央区、新川のページだ。


「一つ、有名なお話をしましょう」


 指を差した場所は、新川一丁目の文字。


「この新川一丁目では、日本最大の埋蔵金が見つかったと言われています」


「こんな都内でですか?」


 事務所から目と鼻の先だ。


「はい。昭和三十八年の八月、とあるビルの増築工事中に地面を掘っていたら出てきたそうです」


「昭和三十八年…つい最近だな…」


「見つかったのは三本のガラス瓶に入った天保二朱判…江戸時代のお金が二万二千枚以上だったそうです」


「千両箱や壺ではなく、ガラス瓶に…ですか…」


「そして更に一週間後の、今度はその工事を請け負っていた会社の下請けの方が、更にガラス瓶を五本見つけたそうなんです」


「また二朱判ですか?」


「いえ、今度は二朱判だけでなく、更に価値のある天保小判も見つかったそうなんです」


「小判…!?」


 小判と聞いて、ゴクリと喉を鳴らす。


「その枚数は千九百枚!二朱判も五万六千枚程出たそうですよ」


 枚数を聞いても、正直ピンとこない。


 だから分かり易い様に、こう問うてみた。


「一体…幾ら位になるんですか…!?」


 ぶっちゃけ、金額にしてくれれば分かり易い。


 小判は千九百枚、二朱判に至っては合計七万八千枚を超える。


 少しワクワクしてきた。


 しかし、愛花の答えは意外なものだった。


「あ~…実はですね…」


「はい?」


「そんな驚く程の価値は無いんですよ」


「「…は?」」


 二人して、思わずフリーズしてしまう。


「見つかった当時、二朱判の価値は五百円ちょっと、小判も一枚一万円にもならなかったんです」


「って事は…」


 ざっくり計算、合計六千万円前後。


 今日では、建て売りの家一軒分の価値だ。


「なんか…拍子抜けだな…」


「とは言え、それが使われていた当時とは価値が違うので、本来は六億円の価値があったそうですよ」


「六億…」


 そう聞いて、その通貨の凄さが初めて分かる。


「他にも徳川幕府の埋蔵金に始まり、豊臣秀吉の銀山、北だとカムイのアイヌ族の砂金、南だと隠れキリシタンの黄金のロザリオ、海だと村上水軍の財宝等、日本にもお宝に関する資料や逸話は沢山あるんですよ」


 そう言われればそうだ。


 埋蔵金と聞けば、日本の至るところにある。


「成程…」


「確かにな…」


 中にはただの噂話でしかないものもあるだろうが、説得力のあるものも多い。


 とすれば、今回の宝探しの依頼も、もしかしたら実際にあるのかもしれない。


「ちょっと…興味が出てきたな」


「ですね…」


「明日が楽しみですね♪」

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