code-2:脱出

目が覚めると、そこは水の入った水槽の中だった。

正確には、半透明の緑色の液体に満たされた、円柱型の水槽のようなところで浮いていた

酸素ボンベのようなものは無いが、呼吸は不思議と苦しくない。

顔を触ろうと手を動かすが、なにか固いものに阻まれて触れない。

ガラスに辛うじて反射して見える自分の顔を見ると、ヘルメットのようなもので頭全体が覆われていた。角のようなものもある。

辺りを見回す。見たことのないような機器がたくさんならんでおり、どこかの研究所であることはわかるがそれ以上はなにもわからない。

なぜこうなったか考える。確かゼニス社長に呼ばれて、征服がどうとか言われて、それで…

そこで気付く。自分の名前が、全く思い出せない。

それだけじゃない。家族や同僚の顔、故郷さえも、どれだけ思い出そうとしても、頭にもやがかかり思い出すことができない。ただ思い出せるのは社長とあの会社のことだけである。

ありえない、きっと何かの間違いだ。こんなことがあっていいはずがない。こんな、こんなこと…

「code-Xの脳波が乱れてるな。何かあったかな」

その時、誰かの声が聞こえた。声は液体の中であるにも関わらず、普段と同じように聞こえた。

code-Xとはなんだ?何かの名前なのか?

そんなことを考えていると、声の主が奥から出てきた。どうやら男であるらしいその人物は、白衣を着ていていかにも研究者といった感じだった。

「特に見た目の異常は無しか…一体なんだろうな」

男は自分の前に立って、端末を見ながら誰に向けるでもなく言った。流れから察するに、code-Xとは自分につけられた名前のようだ。

つけられた…つけられた名前?こんな機械のコードネームのようなものが?

そこで、社長に言われたことを思い出した。「協力してほしい」「君は特別だ、だから入社させた」などと言っていた。人間をMHにするには特別な技術の他に本人の適性も重要だという。つまり…

「code-Xの状態はどうだ?」

「あ、班長。健康状態は問題ないのですがなぜかさっきから脳波に乱れが出ていて…」

「夢でも見てるんだろ。見たところコアとの拒絶反応も出ていないようだし、大丈夫だ」

聞こえてくる単語から、疑念が少しずつ確信に変わっていく。

自分はMHとして改造されたのだ、それは間違いない。そして会社以外の近辺記憶が消されたのは、社長に従うしか道を無くすため。そしてそれを確実なものにするためには…

「よし、今から思考制御装置の取り付けを行う。カプセルの電源を切るんだ」

…逃げねば。本能的にそう思った

思考制御装置とかいうものをつけられたら、おそらくもう逃げ出そうとすら思えなくなる。

その前に、ここから脱出を…

「あれ、なんか変だぞこれ…え?」

「おい、どうした」

「それがですね…なぜかコアの出力が最大に…」

「は?そんなはず…」

次の瞬間、部屋全体が閃光につつまれた。

ガラスは弾けとび、機器はショートし、男二人は大きく吹き飛んだ。部下とおぼしき方の男はガラス棚に頭をぶつけて気を失っている。

Xが脱走したことにより、施設全体に緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。

「な、なんてことだ…こんなことが…」

男はすぐさま近くの非常ボタンを押す。途端にベルが鳴り響き、男はそれが合図であったかのように部屋の外へ飛び出す。

それを追うように自分もドアを開けて出ようとしたが、ロックされて開かない。

 Xは少し距離をとり、強固そうな金属製のドアに向かって蹴りをいれる。普通ならそんなことをしようとも思わないが、改造されたとわかった今、それくらいならできる気がした。

 果たして、ドアは前方に吹き飛び部屋からは出られるようになった。

「止まれ!」

だが、そこはベルを聞いて駆けつけた警備員に取り囲まれていた。

「用意…撃て!」

廊下に銃声が絶え間なく響く。壁を深く穿つほどの威力をもつその銃撃の嵐は、しかしXには全く無意味であった。

「馬鹿な…!対MH用ライフルだぞ!なぜ効かないんだ!」

部屋から出ようと一歩踏み出す。

「ひっ…!撃て、撃て!」

また一歩、部屋の外に向かって踏み出す。

「くそぉ!なぜ倒れない!なぜだ!!」

カチン、と、ついに弾切れの音が聞こえた。それが合図だったかのようにその音は次々と増え、最後には全員の持つ弾が切れた。

また踏み出す。一歩、二歩、三歩…

それと同時に、警備員もまた一人、二人、三人と逃げ出していく。

すぐ近くまで行くころには、とうとうリーダーと思しい男一人だけになっていた。迫力に負けて腰が抜けた男の胸ぐらをつかんで無理矢理立ち上がらせる。

「出口を、教えろ」

「こ、ここから逃げたところでどうなる!?既になんの記憶もないお前が!後ろ楯がないお前なんかすぐに本部の…」

「黙れ!出口を教えるんだ!」

「…ここからお前の向いてる方向にまっすぐ行けば、外が見えてくるはずだ」

それだけ聞くと、Xは男をその場に放って部屋を出て出口に向かおうとした。

「最後にもうひとつ…」

そう言うと、男はポケットから何かスイッチを取り出して押した。

『自爆システム作動、職員は速やかに指定の避難場所へ避難を開始してください。繰り返します…』

ベルに混じって、避難を促す機械音声のアナウンスが流れる。

「何をした!」

「ただじゃ逃がさねぇってことだよ、お前みたいなのに万が一逃げられでもされたらたまらんからな!」

もうこいつに構ってる暇はない。脇目もふらず出口のある方向に走り出す。

『自爆まであと10秒,9,8…』

改造されているからか、いつもより圧倒的に速く走れる。それでも死の危険が目前に迫っていることへの焦りは治まらない。

『7,6,5…』

外の光が見えてくる。出口は目前だ。

『3,2,1…』

既に目の前には風景が見えている。木々がそびえる林の中だ。Xはその大地を踏みしめる…

『0』

一瞬、世界が反転した。頭上に草の生い茂る地面が見え、足は中空に浮いていた。一歩遅かった、爆風に巻き込まれたのだ。

近くの木に思いっきり体をぶつけ、そのまま地面に叩きつけられる。

銃弾さえものともしない体でも、不意に大きな衝撃を受ければ対応することは困難である。想定していないダメージを受けた体は思うように動かない。

あのときのように、また意識が遠退く。

そのとき、影が見えた。影はこちらを覗くように覆い被さる。

その影の主を確認する余裕はなかった。そのまま視界は暗くなり、ついに意識が途絶えた。

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