第四話:宝探しのはずだった

 船の中に入ると、操舵室でミトとラルフが喧々諤々の物凄い口喧嘩をしていた。


「ラルフまでついてくるなんて聞いてないわよ!」

「いいや俺は言ったね! 酔っ払って覚えてねえだけだろ!」

「言った言わないの水掛け論は埒が明かないからいいわよ。一緒に行きましょう」


 ラルフは私の声を聞いて天に拳を突き上げ、ミトは疲れた様子で頭を抱えた。

 ここで喧嘩して時間を無駄にしても仕方がない。

 何よりミトにはこれから大仕事をしてもらう必要がある。こんな場所で疲れてもらっては困る。


「じゃあ分け前は7:3な」

「どっちが7なのさ」

「勿論俺だよ」

「「ふざけるな!」」


 ここは私とミトの声が被さった。流石のラルフも圧に押されてのけぞった。

 出発前から悶着があって、これから大丈夫なんだろうか。

 一抹の不安がよぎる。



 そして不安は的中した。

 私たちは三日後にはリノリウムがあると目される小惑星に辿り着いたのだが、暗礁空域を抜けた代償は重かった。即席の物理シールドは付けたのだが、障害物が多く宇宙船の外装はボコボコになってしまった。船を貫通したものがないだけマシだけど。

 ミトも障害物だらけの中を操縦させられて疲れており、探索には参加できそうも無かった。私とラルフの二人で探索する事になったのだが。


「まさか崩落に遭うとはね……」


 ずるずると崩れた岩にへたり込む。

 きっと中心部にあるだろうと言う目論見で廃坑を進んだのは良いのだが、周囲の状況をよく見ていなかったのが悪かった。一緒に埋まらなかったのは不幸中の幸いと言うべきなのか、それとも死んだ方が良かったのだろうか。

 私は自決用のカプセルを取り出した。

 トラブルで宇宙空間に投げ出され、助かる見込みがない時に使われる。

 一瞬、口に入れる自分を想像してしまった。頭を振って、その考えを霧散させる。


「まだ諦める段階じゃない」


 とはいえ、現状手詰まりだ。行くも戻るもどちらも行き止まり。スキャンを使ってみても戻りの道は堆積した土砂が埋め尽くし、行く道の方はコンクリートで埋められている。

 行く道の方が人為的に何かを隠しているのは明らかだが、携帯用のドリルを使って掘り進められるとはとても思えない。

 その時、遠くから何かの震動が響いてきた。


「な、なに?」


 次にまた大きな震動。最初の揺れよりも大きく、壁に寄りかかっていないと体勢を維持できない。私の居る空間は幸いにして多少天井から石が落ちて来た程度だった。

 先ほどの崩落の二次的な物かもしれない。こうなると、事前にラルフから貰っていた地図も役に立たないだろう。

 行く道の方を行って見ると、コンクリートで埋められた壁が崩れていた。

 数メートルもの分厚い壁だった。スキャナの有効範囲は数メートルくらいだったので、道理でスキャナでは行き止まりと判断された訳だ。

 戻れないならいっそ進むしかない。

 半ばやけくそな衝動で、私は崩落した壁を乗り越えて進んでいった。

 自分の位置を示すマーカーはこの星の中心部へと進んでいる。

 進んだ先に見えるものは。


「銀行の金庫……の扉かな?」


 岩と土で固められたような坑道とは違い、周辺はコンクリートのような素材で壁が作られており、明らかに雰囲気が違った。

 扉は重い金属でできており、それも厚みが数メートルくらいはありそうだった。


「もしかして、この中にお宝があるんじゃないの?」


 一気に私の心が躍る。

 扉にはもちろんロックが掛かっているけど、電子ロックだったので何とかできそうだ。

 持ってきたタブレット端末を扉のパスワード入力装置につないでハックする。

 私の技術をもってすればこの程度のロック解除も朝飯前ってわけよ。


「オープンセサミ!」


 ピンと甲高い音が鳴り、分厚い扉がゆっくりと横にスライドし始めた。開いたのだ。


「よっし!」


 喜び勇んで中に入る。きっとリノリウムがザックザクにうず高く中に詰まってるんだ。

 

「ナニコレ?」


 中にあったものはそうではなかった。

 放射性物質を表すハザードシンボルを付けた黄色いドラム缶。金庫の中を埋め尽くすほどに大量にあったが、これは私が追い求めたロマンではない。

 せめてリノリウムを抱えて宇宙の藻屑になれるならまだしも、こんなただの放射性物質を抱えてなんて死にたくはない。


「ああもう、最悪!」


 壁を思い切り殴りつけた時、また震動が響いた。

 タブレットでマーカーを確認すると、私以外のマークが動いている。


「もしかしてラルフが助けに来てくれたの?」


 きっとそうだ。私が星の中心に到達したのを見て、宝を探し当てたと思ったのだろう。

 しかし残念だ。彼もこれを見てがっくりとうなだれるに違いない。

 やがてマーカーが動き始める。でも何かがおかしい。


「数が多い。どういう事?」


 他に救援を呼ぶにしても月まで信号が届くには大分時間が掛かる。この辺りを運よく通りがかる船があったにしても、この宙域には入ってくるには装備が必要だ。

 おかしいと首を傾げている間に、救援はここまできた。随分と速い。


「よくぞ宝を見つけてくれた。阿僧祇アイカ」


 現れたのは確かにラルフだった。宇宙服のヘルメット越しに見える軽薄な笑顔は、出会った時と変わらない。でも持っている物が物騒だった。一緒に探索に入った時は確か工具を手にしていたはずなのに、銃を手にしている。ラルフの後に続く人々も同じような銃を持っていた。


「これで俺の目的は達成できる。ここまで俺達を連れてきてくれて感謝しているよ」

「ラルフ、一体どういう事なの?」

「すまんね。君に言った宝ってのはすなわちこいつなんだよ」

「つまりリノリウムなんか最初から無かったって言う訳?」

「そう言う事だ」

「貴方、仲間が居たなら最初から自分たちだけでここに来ればよかったじゃない」

「そうも行かなかった。この坑道のセキュリティは俺達が抱える技術者ではとても突破できなくてね、君の力が必要だったんだよ。ついでに言えば、君の事を俺たちはずっと調べていた。どうにかしてこの星まで連れてくる口実が欲しかった。君がリノリウムとやらに興味を持っていると知って、話しかけるきっかけが出来て助かったよ」

「アンタどこまで私の事調べてンのよ」


 最悪。偶然の出会いじゃなくてストーキングの上に盗聴までやってるっぽい。

 それで、とラルフは続けた。


「七割は宝が欲しいと言ったがどうするね?」

「こんなもの貰ってもしょうがないわよ。要らない」

「だろうね。じゃあ俺たちが全部貰うとしよう。運び出す準備をしてくれ」


 彼らはご丁寧にも浮かぶトロッコを用意しており、手際よく容器を運び出していく。


「ねえラルフ。貴方何者?」

「有体に言えばテロリストだよ。どこの組織とかは詳しくは言えんけどな」

「これ、使うつもりなの」

「でなきゃわざわざ探しに来ないだろ」

「最低。人殺し。ミトに顔向けできないでしょ、そんな事したら」


 私の言葉を聞いて、少しだけラルフは俯いた。


「ああ。俺なんかと付き合ってくれた彼女は有難い存在だ。でももう戻れねえんだよ」

「わからない奴」


 ラルフの眼は血走っていた。恐らくこれ以上話をしても平行線だ。


「ところでアイカ。君のそのコンピュータに対する知識と腕前が俺たちには必要なんだ。手を貸してくれないか」

「断るに決まってんじゃん」

「そう言うと思った。この映像を見てくれ」


 ラルフは私に通信チャンネルの周波数を告げる。


「一体何なの……?」

「アイカ。アイカなの?」

「ミト?」


 宇宙船の中に居る彼女の様子が映し出された。

 怯えた様子で、彼女は両手を挙げている。顔には銃を突きつけられていた。


「アイカ! 無事なの?」

「何とか、何とかね」

「畜生!」


 ここで映像を遮断された。


「君とミトの仲は凄く良さそうだったからね、人質として取ったらどうかなと思った」

「卑怯者。地獄に落ちろ」

「何とでも言え。俺は目的を果たさなくてはならない」


 ラルフはうって変わって猫なで声でささやく。


「なあ。ミトは昔の彼女だ。君は彼女の大切な友人だ。俺としても出来れば殺したくはない」


 彼の持っている銃口がこちらを向いている事に私は今気づいた。引き金に指は掛かっていないが、いつでもこちらを撃てるというのに私は間抜けだ。


「協力すると言ってくれないか」

「……わかった」

「OK。その返事を聞きたかった。荷物もちょうど運び終えた所だ。一緒に戻ろう」


 不本意だけどここは従うしかない。

 坑道の入り口まで戻ると、ミトが宇宙船から飛び出してきて私を抱きしめた。


「アイカ! アイカぁ!」

「ちょっと痛いって」


 お互いに無事を確かめ合った。宇宙服越しだから体温とかは感じられないけど、確かにそこにミトは居る。無事でよかった。本当に。


「本当にあんな奴に協力するつもりなの。本気?」

「ミトの命には代えられないよ。今度は私が貴方を助ける番よ」

「おい、感動的な会話はいいがそろそろ行くぞ」


 私の船の隣にはどこから来たのか、ラルフ達の船が着陸していた。私たちの後をつけてきていたのだろうか。


「わかった。でも私たちは自分たちの船で帰る。それでいいよね」

「好きにしな。だが変な動きをしたら撃つからな」


 ラルフは念押しして宇宙船に乗った。

 彼らの船は私たちの船よりも三倍はあるかもしれない。恐らく長距離航行用の船だろう。私たちはラビットスターの操舵室に戻り、エンジンを始動する。

 隣に座るミトの姿は今までの自信満々とした態度とは違い、弱々しくおどおどしていた。まるで私に申し訳なさそうに、負い目を作ったかのように。

 それが、私の逆鱗に触れた。

 私はともかく友達に、昔の彼女にまでこんな仕打ちをするなんてあの男は絶対に許せない。ふつふつと頭が煮え滾ってくる。


「……あいつらに一泡吹かせてやる」


 ラビットスターは自動操縦に基づいて星から離陸し、宇宙に上がる。

 次いでテロリストの船も私たちを追うように離陸した。

 小惑星を離れ、すぐにまたデブリや岩が飛び交う宙域へと入る。

 ひとつ、私は咳払いして芝居を打った。


「ああ。もしもし、そちらの船名前わからないけど応答どうぞ」

「なんだ? こちらspesスペス号だが」

「宇宙号? ダサいネーミング」

「違う。ラテン語で希望って意味だよ」


 テロリストが希望を名乗るとか皮肉かと思ってしまう。


「ちょっとエンジントラブルが発生した。一旦停止するからそっちは先に行って」

「仕方がないな。先に帰って君らの帰還を待つとするか。だが逃げようなどと考えるなよ。君らの船には発信機を付けているからな」


 そんな事までしているのか。気持ち悪い。

 spes号は私たちの前を悠然と通り過ぎていく。

 完全に宇宙船の尻が見えた所で、私は再びエンジンを始動させた。

 ラビットスターは星のようにぐんぐん加速していく。


「ん、おい! 何故こちらの船に近づこうとする!」

「すいません、エンジンの調子が悪くて言う事を聞かないんです!」

「こっちは右に避ける! お前たちは左に舵を切るんだ!」

「舵も利きません! 無理です!」


 どんどんspes号に迫っていく。あちらも今頃エンジンを加速させたようだが、もう遅い。今こそぶちかましてやる。喰らえ!


 ドゴンというか、ガツンと形容すべきか、それ以上の衝撃がラビットスターに響き渡った。固定している筈の荷物や棚、ラックなどは固定具が外れて無重力を好き勝手に遊泳し始める。私たちは体をベルトでがっちりと固定しているにも関わらず、衝撃で首がむち打ちになりそうになるくらいガクンガクンと振り回された。車の衝突なんか目じゃない。

 そりゃそうだ。なんせ宇宙船同士の衝突なんだから。


「はっはっはー! ざまぁみろってんだ!」


 航行していた軌道からあらぬ方向にそれて行くspes号を眺めて非常にいい気分だ。

 

「あー。すっきりした」

「このクソアマ!」


 ラルフの声が通信で入った。あっちの船からレーザーが飛んでくる。

 咄嗟にミトが操縦桿を握り、間一髪でレーザーを避けていく。船に穴を開けられるよりはまだ岩や石にぶつかってへこまされた方がマシだ。

 しかし、徐々にレーザーの精度が良くなってきている。先ほどの一撃は船をかすり、即席のシールドをぶち壊した。


「ヤバい。もうそろそろ避けられそうにないわ」

「マジで?」

「もう神様に祈るしかないかも」


 やっぱり借金を返せないまま、リノリウムを拝めないまま人生を終えるのか。

 無念だ。

 涙目で敵の船のレーザー射出口を見る。エネルギーが溜まり、今にも光が発射されそうな雰囲気だ。


「死ね!」


 その時、ちょうどspes号の軌道の前に大きな岩が。


「あ」


 っというまに船は衝突してひしゃげた。アルミ缶を潰す時のようにあっけなくぺちゃんこに。そのまま潰れた船は私たちの横を通り過ぎていく。中からは黄色い容器がパラパラと宇宙空間に投げ出されていた。


「中の人生きてるかなあ」


 出来れば死んでいてほしい。心の底からそう願う。


「容器回収した方がいいのかな?」

「私らの船じゃ無理だよ。それに放射性物質で汚染されるし」

「だよねぇ」

「それよりも、さっき無茶したおかげで本当に私たちの船もマジで舵が利かなくなった」

「あらぁ」


 のんきな声をミトが上げる。

 

「直しに行くかー」

「いや、無理じゃないかな……」


 私たちの目の前にも隕石が飛んできているのが見える。遠くから速度は遅いけど、徐々に確実に近づいていた。


「ありゃー。これはもうお陀仏だねえ」

「そうとは限らんぞ」


 中年男性の声が唐突に入った。

 その次の瞬間、閃光が走って隕石を粉々に砕いた。


「よう、無事だったかお嬢ちゃんたち」

「ドワイト!? どうしてここに?」

「君らの船に乗ったあいつが誰だったかをようやく思い出してな。君らの船に密かに発信機を付けさせてもらった。やばい事になりそうだと思ったら案の定だよ」


 ドワイトまで発信機付けたとかどういう事だよ。


「でも助かった。ありがとう」

「その船、舵が利かないんだろ? 牽引してやるよ。少し待っててくれ」


 ドワイトの船が近づき、制御不能になったラビットスターを牽引してくれる。

 ドワイトの船には隕石をも破壊できるようなレーザーが取り付けられており、目の前の障害物を避ける事なく薙ぎ払っていた。その様子を私たちはキャビンから眺めている。


「ああいう装備付けたいなあ」

「幾ら掛かると思ってるのアイカ。5年はローン増えちゃうよ」

「そうなのよね」


 やっぱり規模の小さなデブリ屋はコツコツやっていくしかないのかな。


「でも生きてて良かった」

「お互いにね」

 

 ミトが私のおでこにこつんとおでこを当てる。


「生きていればまたお宝探し出来るもんね」

「アイカ、まだ懲りてないの? 私はもうこりごりよ」

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