エピソード12『次のステージへ向かう為に――』

前半戦

 あの様々なネット炎上事件が解決し、それから2週間後――。

谷塚駅近くのアンテナショップでは上位ランカーが次々と集まっているのが分かる。

時間としては午前10時30分、場所によってはプレイヤーが全員既に揃っている場所もあるだろう。

フィールドや場所的な関係もあって、別々に予選が開催される事となった。

1エリアにつき8名のプレイヤーが集まるのだが――この辺りは、ARゲームに理解を示している自治体等が少ないのも痛いのかもしれない。

「ここのフィールドは有名プレイヤーがいないのか」

「順位シャッフルでは、勝負にならない――白けてしまうという関係で1位~8位までの様に区切るようだ」

「よくあるパターンの組み合わせだな」

「しかし、これなら特定プレイヤーに不利と言う事はないと思う」

「ここの会場は25位~32位のプレイヤーが来ているようだが、特にスコアで目立つ選手はいない」

「本当に目立たない選手だけなのか? 回プレイヤーは上位プレイヤーに対するかませ犬ポジション――とは限らないだろう」

「では、どんなプレイヤーがいると思う?」

「特に突出する選手は――」

 周囲のギャラリーは、この会場にいるプレイヤーは引き立て役――と考えている可能性が高い。

しかし、そう言った評価をひっくり返すようなパフォーマンスを見せれば、必ず誰かが見てくれるだろう。

ギャラリーの中には残念ながら上位に入る事の出来なかったプレイヤーの姿もある。

ブックメーカーが上位入りを予想していたプレイヤーも、今回は対象外になる事も――実際にあったのだ。

【波乱のマッチングでもあるのか?】

【ブックメーカーが上位に入るであろう人物は、まさかのランク外に沈んだという】

【慢心があったのだろう。そうでなければ――】

【プレイヤーの心構えがなっていなければ、ARゲームでは負ける。ネット上でも、そんな事が言われていただろう?】

【どちらにしても、不正やチートをするようなプレイヤーが紛れてこない事を祈るばかりだ】

 ネット上のつぶやきでは、今回の大会でもチートや不正を行っているプレイヤーがいる可能性を示唆する書き込みがあった。

一体、この書き込みを残した人物は何を伝えようとしているのか?



 レースの開始は午前11時、下位4人が先にレースを行い、その後に上位4人がレースを行う。

この会場で言うと下位4人は32位から29位に該当し、上位4人は28位から25位に当たる。

その後、各レースの上位2位の合計4人が決勝レースを行い、上位2名が次のラウンドに進む。

敗者復活はないが順位決定戦レースは行われる。決勝前に敗者2名同士で行われ、そこでの勝者は今後のポイント戦に影響するだろう。

決勝レースに進出した4名の内、決勝での敗者は順位決定戦レースには参加できない。

その代わりに、万が一のリザーバー要員での参加が認められている。

「リザーバーねぇ――。チートプレイヤーが紛れていた場合の保険という可能性だって否定できない」

 レースの準備を行っていた会場を見て、ガーディアンの一人が不満をこぼす。

実際、ガーディアンの中でもチート勢力が滅んだわけではないと言う事で、更なるチート勢力の駆逐等を提言していた。

それらに対して中止を指示したのは、何とARゲーム運営本部である。この態度の変化は、ガイドライン変更と無関係とは言えない。

「今回の大会がチート勢力のランキング荒らしで中止にでもなれば――」

 つぶやきサイトに流されれば炎上しかねないような事をガーディアンは愚痴としてこぼす。

この人物が右手に持っていたタブレット端末には、あるネットのまとめサイト記事が表示されていた。

【超有名アイドルが海外進出に失敗? その原因は一部投資家による見せかけ投資の可能性】

 この記事の内容が事実かどうかは、ガーディアンにとってはどうでもよくなっていた。

彼のこぼした愚痴は、ARゲームのコンテンツ流通に関して反対している自治体も存在するという裏返しなのかもしれない。



 草加駅では、1位~8位と言うネームドプレイヤーぞろいの顔ぶれとなっており、会場は超満員とまではいかないが、市民マラソンクラスの観客がいた。

その理由は簡単であり、木曾(きそ)アスナ、日向(ひゅうが)イオナ、天津風(あまつかぜ)いのり、アイオワと言ったメンバーが揃っていたからである。

やはりというか、上位プレイヤーに有名所が集まると――こういう状況が起きる事が証明された。

ライブ会場を複数に分割し、1箇所に超有名アイドルが、別の場所では――と言うケースと同じだろうか。

「まさか、このメンバーの中に残るとは――我ながら貧乏くじを引いたか」

 周囲のメンバーを見てため息をついていたのは、長門(ながと)クリスである。

彼女としては仮に順位シャッフルでこの顔ぶれと対戦しなかったとしても、決勝トーナメントで当たるのは確実だ。

逆に言えば、ここで何とか倒す事に成功すれば――決勝が有利になるのは言うまでもない。

厳しいゲームになるかもしれないが、勝ち残らなければ意味はないだろう。

「運営的な事情もあって、私は参加できない。ここは、お前に若干の期待をしてもいいのかな」

 若干からかっているような口調で長門の前に姿を見せたのは、白衣姿の大和朱音(やまと・あかね)である。

「さすがに運営権限で参加したら、卑怯と非難されるのを恐れたか?」

「そう言う訳ではない。レースの前座でパフォーマンスならば認めてくれるという話だが、それではレース本編が盛り上がらないだろう」

「トップランカーに位置しているのは木曾だ。お前が出たとしても――」

「しかし、カリスマ的な人気と言うのはどのゲームにもある物だ。スコア的な部分では弱くても、パフォーマンスが有名なプレイヤーはいくらでもいる」

「ネームドプレイヤーの人気では――」

「それを言い出せば、別のARゲームのプレイヤーをこちらに呼び込めば観光客も期待できる、と言う理論に達するだろう」

「それでは駄目なのか? 自分も別のARゲーム出身だが」

「オールラウンダーが悪いとは言わない。しかし、ARゲームで複数ジャンルを制覇するのは――至難の業だ」

 長門から前座でのパフォーマンスでも出場するように言われるが、大和の方はそれも拒否した。

実際、パフォーマンス的な部分で言えばビスマルクやアイオワ、飛龍丸(ひりゅうまる)と言ったメンバーが該当する。

世の中、そう簡単にはいかないという裏事情もあるのだ。

「それに、今回のゲームは次へのステップへ進む為の試金石だ。自分が参加して、逆にリアルチート乙――は一番盛り上がらない」

 大和がゲスト参戦でさえも否定した理由、それはあまりにも自分の名前が広まり過ぎた事にも言えるのかもしれない。

それこそ、超有名アイドルグループと同じだろう。自分だけが目立って他のプレイヤーが――と言う状況では、本末転倒と考えているのだろう。



 竹ノ塚駅に近い場所にあるARゲームフィールド、そこでは9位~16位のプレイヤーが集まっている。

こちらは有名プレイヤーが不在と思われたが、コスプレイヤーである島風朱音(しまかぜ・あかね)、上位ランカーのビスマルクがいる事で観客が集まっていると言えるだろうか。

「そこそこのメンバーが揃うと思ったが、長門がギリギリ8位に入った事で変化したか」

 インナースーツを装着し、ARメットを装着していたビスマルクはメンバーの顔触れを見て驚く。

これならば自分と島風が決勝トーナメント進出は確定だろう――そう考えていた。

しかし、ARゲームには絶対と言う物はない。過去にはチートの使用が途中で判明し、失格処分となった選手もいる。

それによってリザーバーのプレイヤーに注目されていた事例も――その為、決勝トーナメントを確定させる為にも、自分のレースを見せる事が重要だった。



 駅とは若干離れたエリア、見沼代親水公園付近――そこでは予想外の混雑具合も確認出来た。

ここでは17位~24位のプレイヤーが集まっている。ここへ来るためには、私鉄ではなく公共のバスや新交通と言った物が必要だろう。

西新井大師から新交通を利用すれば、ここへ来る事も容易だが――それでも若干大変だろう。

近くにはパチンコ店やショップと言った物もあり、ARゲームだけの混雑とは思えないが。

「別のリズムゲームに集中した結果が、こういう展開を――」

 周囲を見て、未注目と言うか明らかにモブっぽい選手ばかりが集まっている事に対し、比叡(ひえい)アスカは若干の後悔をしていた。

マナーの悪いプレイヤーに当たれば、レース中のラフプレーやチート使用と言う可能性も高い。

それを踏まえての懸念でもあった。比叡の懸念は、観客の顔ぶれ的な部分を踏まえれば――と思ったら、ARガーディアンの姿も確認できたので、五分五分と言う具合か。

「この時期にイベントが重なるのは、ヨクある事よ」

 ARスーツではなく提督服で比叡の前に姿を見せたのは、何とローマである。

彼女もレースには参戦する予定だが、ガジェットの準備的な事情もあってインナースーツには着替えていない。

インナースーツの着替えスペースがないという訳ではなく、インナースーツのデザイン的な部分もあるかもしれないだろう。



 再び、32位までの8名が揃う会場に戻る。そこに姿を見せたのは、黄色いインナースーツを着たリベッチオだったのである。

ヘッドフォンをして何かの楽曲を聞いているような気配だが、ARメットは被っていない。

「なるほど――自分以外のプレイヤーでは、注目メンバーが――?」

 リベッチオがセンターモニターの順位表を見るのだが、有名プレイヤーの名前は見当たらない――と思っていた。

しかし、約1名だけ別のゲームで見覚えのある名前を発見したのである。丁度、自分の上に名前が描かれていた。

「ヴェールヌイ――だと?」

 リベッチオは32位とギリギリで進出した中、31位と言う位置にいたのはヴェールヌイである。

おそらく、今までネット上で炎上案件等に関係していた西雲響(にしぐも・ひびき)――そちらのヴェールヌイであるのは間違いない。

「一筋縄にはいかないと思っていたが、こういう順位調整手段も販促にはならないのか」

 順位調整でトーナメント工作を行うのは、ARゲームではだれもが知っている手段だ。

それが反則と言う判定にならないのは、何を判断材料にして順位調整とみるのか判断しづらい部分もある。



 谷塚駅付近、25位~32位までのメンバーが集まる会場では、今にもスタートしようという雰囲気になっていた。

ここで注目されたプレイヤーは、31位のヴェールヌイである。

彼女は過去にも別のARゲームでランカーに並ぶ実力があった――と判明した為だろう。

【このメンバーだと、ぱっとしない】

【ヴェールヌイが圧勝したとして、それ以外の1名で誰が残るのか――】

【25位のプレイヤー、実力はあるのだが――どう考えても20位よりも上にいそうな気配はする】

【やはり、順位操作の工作か】

【工作をやったとしても、それで有利にレースが進められるとは限らない】

 そして、最初に行われるのは下位4人である32位、31位、30位、29位のレースから。

それに対して先に上位4人のレースを行った方がいいという意見まで出るほどだが――これに関しては覆らない。

あくまでも下位4人と上位4人と言う組み合わせで予選を行う事は、既に運営側で決めた事らしいのだ。

人気プレイヤーだけ走らせて、他はおざなりという対応になる事を防ぐ意味合いがあるのだろうか?



 29位と30位のプレイヤーは重装備タイプではなく、スタンダードタイプのARアーマーを装着している。

タイプ的には汎用アーマーに独自カスタマイズをした物と言ってもいい。しかし、ヴェールヌイには遠く及ばないだろう。

「なんて事だ――。まさか、あのヴェールヌイが参戦していたとは」

「こっちも同意見だ。妨害をしてリタイヤを誘発したとしても――それではライセンス凍結も避けられない」

「どうする? 棄権するか?」

「それは――さすがにお断りだ」

 29位と30位のプレイヤーは、そんな事を事前に話していた。

さすがに談合となると反則行為になるのだが――実際は、ここで知り合ったばかりと言う可能性もある。

物によっては、こうした選手同士のレース前における接触を禁止している競技もあるが――ARゲームでは、そこまで制限がある訳ではない。

スパイと言う要素が絡むようなジャンルでは、さすがに制限を賭ける可能性は高いのだが。

『それでは、ルールに関して説明します――』

 スタートラインに4人のプレイヤーが揃った事で、ルール解説のアナウンスが流れる。

声としては男性スタッフのようだが、アンテナショップの店員が兼任する訳ではなく大会の方は独自でスタッフが招集されているようだ。

『ルールは1曲勝負、楽曲はこちらが指定した物をプレイする形となります』

『なお、使用ガジェットに制限はありませんが、チートの部類や不正ガジェットの使用は発覚次第に失格処分となります』

『ハプニングの類が想定されるのは、こちらも承知しております――』

『地震等の不測の事態により大会の運営に支障が出ると判断された場合、大会を中断する場合がありますので予めご了承ください』

『お客様にお願いがあります。プレイヤーに対する妨害、大会の運営を妨害する行為は強制退場となります。ご注意ください』

 プレイヤーに対するルール説明よりも、周囲のギャラリーに対する注意の方がメインのように見えたのは気のせいだろうか?

ギャラリーの数は多くはないのだが、レースが始まる前よりは増えている傾向がある。

有名プレイヤーが集まる場所では大混雑とまではいかないが、かなりの人数が集まっている情報も――。

「ARゲームといえども万能ではない――それを改めて証明させるような注意にも聞こえる」

 周囲の様子を見ながら、ARメットを展開していたのはリベッチオである。

彼女のARアーマーは天使と思わせるようなガジェットにアーマー、翼をブーメランに出来るような箇所――。

リベッチオ独自カスタマイズと言われると、若干他人に引っ張られたような気配も見えた。

翼のブーメランは飛龍丸(ひりゅうまる)も使っているガジェットである。敢えてこの装備を使用しているのか、それとも動画で研究済みなのか――?

「ルールが若干変わったとはいえ、複雑化した部分の簡略化がメイン――初プレイでも何とかなるか」

 既にARメットを装着していたヴェールヌイは、以前に使用していたソード型を今回のバージョンアップでも引き続き使用している。

しかし、ソード型の場合は色々と修正が入っているという話もネット上で聞かれるが、中には意図的な嘘を拡散するケースもある為、アンテナショップの変更ガイドをさらりと見た程度だ。

対戦格闘ゲームではダイヤグラムと言う物が存在し、有利不利が起きないように調整されていると言う。

実際、9対1で有利という組み合わせも20年以上前の格闘ゲームには存在したほどだ。現在は、そこまで極端な割合ではないようだが。



 その中継をセンターモニターではなく、ARバイザーでチェックしていた人物は――周囲の状況を見回し始めていた。

いつの間にか囲まれたような様子ではない。おそらくは――中継をチェックしていた際に隙を突かれたのだろう。

しかし、彼女がそれに気づかないわけがない。相手が悪いと言わざるを得ないのだ。

「さて――ここからが、全ての本番と言う事か。こっちも準備に大変だったけど――ね!」

 パチンと指を鳴らしながら中継エリアの映像を確認していたのは、明石零(あかし・ぜろ)だった。

彼女は順位が32位以内ではなかったのと、プレイ規定数が満たなかった為のエントリー対象外だったのである。

一定の回数を条件に入れたのは、サブアカウント勢や不正行為のプレイヤーを参加できないようにする為だろう。

他にも32位以内に入りこめなかった有名プレイヤーは何人かいるようだが――。

「見せてもらうよ――それぞれの覚悟を。ARゲームに情熱をささげてきた、君達の演奏を」

 まるで何かの結末を知っているような表情で、明石はARガジェットを起動し始めた。

彼女の持っているガジェットは、ARゲーム専用と言うよりは――別の用途をもっていそうな気配もする。

アカシックレコードEの技術とは限らないようだが――ショップでは見かけない形状か?

「アイオワが使用していたアガートラームは、さすがにレースでは使えないという事で拝借してきたが――真剣勝負に水を差す連中もいるのか」

 彼女の使用しているガジェットの正体、それはアイオワから拝借してきたアガートラームだった。形状は汎用的な小型タブレットにも見えるが。

装着された明石のARアーマーは飛龍丸(ひりゅうまる)と同系統、むしろ蒼龍丸(そうりゅうまる)と言えるようなデザインをしていた。

それを知らないで飛龍丸と勘違いし、彼女を狙ってくるのは――。

「ARゲームプレイヤーの夢小説やフジョシ向け――むしろ、こちらとしては言及したくないが、ナマモノを扱うとは――タダ乗り便乗としても、やり過ぎとは思わないのかな」

 襲ってきたのは夢小説勢とフジョシ勢。しかし、アガートラームを持った明石の敵ではなく、あっという間にガジェットを無力化される。

明石がブーメランを使うまでもなく、アガートラームによる格闘戦だけで沈黙させられるとは――相手側も思ってみないだろう。

彼女が使用している物はアイオワの使用した大型ナックルではなく、同じナックルでもカイザーナックルが近いだろうか。

次々と明石は相手プレイヤーを再起不能にしていくのだが、ワンパンチ決着になる事に声が震える事もあった。

それ程に破壊力が高い――と言うよりも、弱点をピンポイントで突いていると言った方が早いだろうか。

「馬鹿な――事が――!?」

 彼女達が使用していたのがチートガジェットと言うのもあるが、それ以上にアガートラームには解析不可能なブラックボックスもあった。

しかし、それを見破れるような隙を明石が与える訳はなく、かませ犬にも劣るような勢力は何の活躍もすることなく、ガーディアンに確保される事となる。

連中の言っている事も支離滅裂な事ばかりなのだが、それ程にアガートラームと言う力におびえているのだろう。

「アガートラームは、元々貴様たちも使っているだろう? それがブーメランしていると言えば――おのずと分かるだろう」

 アガートラームはチートキラーという側面を持っているが――チートプレイヤーとの対決以外では、この攻撃力は発動しない。

つまり、正規のガジェットで戦えばこのパワーが発揮される事はないはず。

それを知らないで挑んだ一部勢力は――文字通りの自業自得だった。

 


 ルールの説明も終わり、スタート地点で準備を行っていたメンバーもスタートの合図を待つのみになっている。

「ARゲームは自分の知名度アップに利用しようとしていたが――そう言う流れではなくなっているように見えるな」

 実況者でもあるリベッチオは、他の実況者がプレイしているようなジャンルのゲームでは動画再生数が伸びないと考えていた。

その中でネット上の噂を経由してARゲームを発見する。

この辺りは他のARゲームプレイヤーときっかけは同じだったが――彼女の場合は知名度上昇と言う理由でARゲームを始め、その予想は見事に的中したのである。

 その一方で、リベッチオの動画は初回こそは伸びが他ゲームの実況動画を投稿しているユーザーよりも上にいた。

中には禁忌とも言えるようなADVゲームやネタバレが厳重管理されているようなゲーム実況を行い、それで干された人物もいるほどには――リベッチオの存在は大きくなっていった。

それでもアイドル化した実況者の前には勝てず、そこから再生数の伸びが以前よりは鈍くなったのである。

「アイドル実況者とは違う。それを証明したいが為に自分は――」

 その後、ある人物がARゲームを自己アピールの道具として利用している現場を目撃し、そこから自分がやってきた事が悪い事なのに気付く。

まさか、他のプレイヤーの行動から学ぶ事になるとは――ある意味でも反面教師と言えるのかもしれない。

「今はARゲームが楽しいと思っている。そうでなければ、あの段階でライセンス凍結されていてもおかしくはないのだから」

 リベッチオは新たな決意でARゲームに挑むと決めた。

その後はARゲームの現状をアンテナショップなどで調べ、自分が本当は何をすべきなのか――そこで知ったのである。



 スタートの合図が鳴る前に、4人のARバイザーには何かのジャケットが表示された。

今回のプレイする楽曲のジャケットは直前に公表されるようだが――。

【天神(あまつかみ)】

 そこには漢字でジャケットサイズギリギリに書かれた2文字、それと北欧神話をモチーフとしたような鎧騎士――。

しかし、このジャケットを見て何かを感じていたのはヴェールヌイだったのである。

「リズムゲームプラスパルクールには、J-POPに代表されるような楽曲はない。しかし、こういう変化球があったか」

 ヴェールヌイとしてエントリーしているが、彼女が女性と言う事実を知っている人物は決して多い訳ではない。

それを利用する形で名前こそはヴェールヌイでエントリーしたが、西雲響(にしぐも・ひびき)の時に使用したボイスチェンジャーアプリは、そのままにしてある。

彼女が変化球と言及したのは、この天神が一種のソーシャルミュージックである事に由来していた。

それを知っていたからこそ、ヴェールヌイはニヤリと表情を変えたのである。

【課題曲が出たな】

【J-POPは収録されていない話を聞いていたが、こう来るとは】

【確かに、収録曲数が200曲以上には強化されている――ランダム選曲をしても、こういう事は起きるだろう】

【しかし、この曲をクリアできるのか? 下位のプレイヤーだぞ】

【下位と言っても、32人の選ばれたプレイヤーである以上、油断していると怪我をする】

【天神はレベルで言うと8クラスに該当する。予選と言う意味でふるいにかけるには好都合だろう】

【難易度詐称ではないし、これは妥当だろうな】

 つぶやきサイト上でも楽曲に関しての話題が上がる。

さすがに難易度詐称の曲を予選に入れるのは問題がある――という意見もあった。しかし、本当に難易度に問題があれば対象外にするはず。

それを踏まえれば、今回の楽曲収録はイレギュラーでも何でもない。

この楽曲があるゲーム作品のアレンジ楽曲であるという事実も――と思ったら、そこはあまり触れていない。

別の事情があるという事ではないようだが――詳細は省く。



 楽曲が発表された段階で、リベッチオは別の意味でも笑っていた。

「まさか、この楽曲が来るとは――想定内と言うべきか」

 リベッチオが笑っていた理由、それは数日前から天神をプレイしたいたという事もある。

自分がプレイしていた楽曲が、こうした形で再びプレイする事になるとは。

「――上級難易度の楽曲を投入されるとおもっただけに、これは別の意味でも驚きだ」

 ヴェールヌイはこの曲が来た事には別の驚きを感じている。

何故かと言うと、2ケタレベルの難易度を誇る楽曲――それが予選から投入されてもおかしくなかった環境だった為だ。

上級難易度楽曲が大会では好まれると言うのも理由の一つかもしれないが、ARゲームでは高難易度譜面で大コケするよりも安全牌をプレイする傾向が強い。

それこそ、高難易度譜面をプレイして失敗した場合にネット炎上する事を防ぐ為にも――。

「さぁて、こちらも楽しむとするか」

 リベッチオの笑い方は、何か皮肉とか憎悪的な物ではなく――単純に楽しんでいるようにも思える。

もはや、実況者のアイドル化等がどうでもよくなったのだろうか?



 午前11時、下位4名のプレイヤーがスタートし――遂にランカーを決めるバトルが始まったのである。

「順位的には――上位4人が勝ち残る可能性がゼロと言うべきか」

 各会場の映像を確認しているのは、大和朱音(やまと・あかね)である。

彼女は、既に別の場所へと移動を開始しており――信号待ちの合間にタブレット端末でレースの様子を見ていた。

このエリアでは一種の歩きスマホに関しては厳しく取り締まっており、通報された際には端末の没収をされてしまう事もある。

これは歩きスマホや運転しながらのスマホが社会問題化し、流行語にまでなってしまった過去を振り返れば――。

その為、信号待ちや足を止める際に画面をチェックしている状況である。

「規制ばかりをする事が正しい事ではない――それは比叡からも言及されていたが、ソーシャルゲーム等がふとしたことでデスゲームと呼ばれる事は避けるべきなのだ」

 大和はソーシャルゲーム等が人の命さえも奪う様なデスゲームになる事を――風評被害だとしても、避けるべきだと考えた。

WEB小説ではVRMMO等がデスゲーム化するケースは多いが、身近にあるようなカードゲーム等が闇のゲームとして扱われる事もある。

それは一部のゲームに限った事ではなく、ホビー漫画やホビーアニメでは度々題材となっていた。

俗に『玩具(おもちゃ)で世界征服』と言われるようなケースが該当するだろう。

キッズ向け等の理由で、そこまで描写される事はないが――下手をすれば、身近な玩具でも命を奪う様な道具になりかねないのは事実。

大和が避けるべきと考えていたのは、ARゲームが戦争などに悪用され、それこそ国家間で行われるデスゲームが展開される事である。

海外の大統領などがARゲームを悪用し、それこそ大量破壊兵器へと作り変える事があれば――。

「ゲームに夢中になる事――それ自体は誰にでもあるだろう。しかし、周りの声を聞かずに集中した結果――闇に落ちる事だけは、あってはならない」

 ゲームの闇、それは無数に存在する悪しき部分であり、避けては通れない物でもあった。

スポーツにも怪我や事故と言った物が100%ないとは言えないように、ゲームでもネットが炎上するような事態が起きないとは断言できないのである。

人間には誰にでも失敗を起こす事がある――それは比叡からも言及された。

何事も試す前から禁止にして安全策を取る事、それが本当に正しいのか――それは、まだ分からないと言える。

「命を奪いあう様なデスゲームを現実化させる事は――絶対にさせない」

 改めて大和は決意を固めた。過去に何度も起きた戦乱を再現させるような状況――悲劇しか生み出さないようなゲームは繰り返してはいけない、と。

《人の命は奪って良い物ではない。それは――悲劇を繰り返す事になる》

 アカシックレコードの一文、アカシックレコードの技術を戦争に転用してはいけない事を――この一文が証明していた。

アカシックレコードを生み出した人物が誰なのか、それはもはやどうでもよくなっていた。

実際、アカシックレコードにアクセスした事のある明石零(あかし・ぜろ)も、生み出した人物が誰なのか調べるのを途中で断念している。

「アカシックレコードE、それが何なのかは分からない。しかし、アカシックレコードの全貌を知る事は――ネタバレその物を呼ぶか」

 アカシックレコード自体がネタバレの正体と言う可能性――大和は様々な情報を得てきた中で、これほどのシュールな展開になるとは思わなかっただろう。

アカシックレコードと言うシナリオ――まるで、そこに書かれている事が預言であるかのような記述も散見されている。

しかし、アカシックレコードEを探る事は――このタイミングで行うような事ではない。後回しにしても、問題はないかもしれなかった。

「今は、レースの方が重要か」

 大和は信号を渡った先にある新交通の駅に到着し、そこである人物と遭遇した。

その人物は、大和にとっては衝撃的な人物なのだろう。



 同刻、32位のリベッチオ、31位のヴェールヌイ、30位、29位のレースが始まった。

コースは直線距離オンリーであり、大きな障害物は存在しない。

チェックポイントでUターンをする事になる事以外は直線と言ってもいいだろうか。

途中には国道などもあると言う状況だが――プレイヤーが通るまでの間は、通行止めとなっている。

この交通規制は高校駅伝やマラソンのそれと似ていた。

それ程の交通規制をしてまでプレイするゲームなのか――という疑問も一般市民や事情を知らない人間は持つだろう。

テレビ局の取材ヘリも飛んでいない中で、マスコミが騒ぎたてる様子もないというのは――取材規制を運営側が敷いている為と言われている。

しかし、実際はARゲームに視聴率を取れるような物はないとテレビ局が慢心した為というのが――ネット上での考えらしい。

実際に視聴率を取れるような番組だと言う考えを持っているスタッフがいなかった為、こうした状況になっているのだろう。

「まさか、こちらとしては『あの』弾幕シューティングゲームのアレンジ曲を、ここに収録したというのが不思議だが――この際どうでもいい」

 レースを開始して間もなく、何かのパターンを掴んでいたヴェールヌイがリードする。

しかも、出現するノーツの場所さえも分かっているような行動で、的確にソード型ARガジェットを振り下ろしていく。

そのスピードは、超高速の斬撃――には程遠い物だった。早く振り過ぎてもタイミングが合わない事でスコアに結び付かない。

それを踏まえれば、スピードを出してレースとしてのトップを撮る事は諦めているという戦略かもしれないが。

ヴェールヌイは走りながら移動している。残りの3名はホバー移動に対して。

その為、他の3名はヴェールヌイよりはスピードと言う点では後れを取らないが――ノーツの見逃しで取り逃す可能性はあった。

レースで1位を撮ってもレースとしてのスコアは勝てるだろうが、このゲームはリズムゲームである。

リズムゲームの最大のポイントは正確な演奏。それによるスコアが出せない事には、レースで1位でも逆転される可能性は高い。



 楽曲のメインパートに突入した辺りで、30位のプレイヤーと29位のプレイヤーはお互いに失策をしたと確信する。

それは何故かと言うと、ノーツの見逃しをした際に自分のゲージが急激に下がった事だった。

「予選仕様のゲージに何かあると思ったが――そう言う事か」

 リベッチオは1個のノーツを見逃した際、自分のゲージが急激に減った事に違和感を持つ。

実際、1ミスでゲージが大幅に減ると言うのはリズムゲームにも存在し、それらは基本的に段位認定等の特定モードに限られる――はずだった。

俗にハードゲージと呼ばれるものであり、機種によっては辛判定などとも呼ばれている。

「そう言う事ならば、話は別か」

 タ、タ、タ、タ――特徴的なリズムの部分で何かを感じたリベッチオは、ホバー移動のブーツを変形――ヴェールヌイと同じく歩行モードに変更する。

次の同じリズムのパートでは、何とか背中のウイングをブーメランに変形させ、それを上手く投げる事で演奏する事には成功。

今までの様な力技がリズムゲームプラスパルクールになってからは、通じなくなっている傾向があった。

それだけではなく、複雑化していたARガジェットの運用も攻撃・防御・技術の3すくみタイプに変更され、別の意味でも分かりやすくなっている。

この変更に関しては賛否両論あったのだが、過去のシステムも全面廃止する事無く、オプションとして適用出来る仕組みに変更した。

運営側としては複雑なシステムで敬遠していたプレイヤーを開拓しようと言う努力もあり、システム変更から2週間で多くのプレイヤーが新規エントリーしたのだと言う。

「やっぱり――細部で調整しているという事か」

 リベッチオはパワードミュージック時代のプレイも動画に残しているのだが、そちらと比べるとリズムゲームプラスパルクールでのプレイは違っていた。

ゴリ押しが通じたパワードミュージック時代よりも、今の方が動きにキレが存在している。

素人がいきなりプロのダンサーに近づくような劇的変化ではないが、見る人が見れば変化しているのは間違いない。



 その後、レースの結果はリベッチオが1位通過、2位通過はヴェールヌイとなった。

残る2名は道中でゲージを全て失った事でゲーム終了――リタイヤとなっている。

「上位4名の底も見えたと見るべきか。全力を出さなければ、ARゲームでは怪我をする事もあると言うのに」

 ヴェールヌイはメットを脱ぎ、上位プレイヤーのレースを観戦――レースの様子を見て、自分の思った事をそのままリタイヤしたプレイヤーに向けて言っていた。

おそらく、彼らは既に別の会場へ向かっている為、彼女の声は聞こえていないと思うのだが。

「それにしても、リベッチオと言ったか――あのプレイヤーは何者だ?」

 自分よりも高いスコアでクリアしたリベッチオ、ヴェールヌイは彼女に興味を持った。

そして、ARバイザーでデータを調べた所――動画サイトで有名な実況者である事が判明する。

「ARゲーマーやプロゲーマーと言う訳ではないのに、あの動きは――」

 何か疑問があるような眼でリベッチオのデータを見ていたのだが、特に目立ったような記述は見つからない。

チートプレイヤーではないと言うのは、プレイリザルトを見れば分かる。しかし、それ以外のスコアと言うのが――。

「プレイ回数は予選参加の規定回数ギリギリか。研究対策でやっているとは思えないが――」

 リベッチオのプレイ回数を見て、他の一部プレイヤーが実行していた研究対策のプレイ回数減らしと言う訳ではないと悟る。

実際にプレイ回数を予選の参加条件に加えたのは、こうした対策班やチートプレイヤーを締め出す為と言われていた。

公式発表でも不正プレイヤーのスコアが無効判定にされており、一連の設定に効果があった事を強調するようなお知らせも書かれている。



 午前12時、大体のエリアが昼食休憩になっているのだが――とあるトラブルの影響で、17位~24位の上位戦が遅れていた。

下位戦の際、そのレースをトップで走っていたローマにアクシデントが発生、ゴールはしたものの2位通過となったのである。

2位通過と言う事で予選は通過し、決勝には進めるのだが――彼女は別の何かを疑っていた。

この審議をしている関係で、本来であれば11時30分頃には行われるはずだった上位戦が遅れている。

上位戦には比叡(ひえい)アスカが出場するのが決まっている為、この遅れに関してクレームが入ると思われたが――時間通り行われない事に関するクレームは少ない。

『先ほどのアクシデントに関して、違法なガジェットが使用されたという報告があり、審議を行っております』

 まさかの展開だった。アナウンスでも流れている通り、何と不正なガジェットが使用されたというのである。

不正ガジェットはレース前の段階で調べているが、それでも100%で発見出来る訳ではない。

精度自体は強化されている一方で、確実に取り締まる事は不可能である事も露呈した形だ。

「案の定か――やはり、緩和案を受け入れるべきではなかったのだ」

 ある黒服の一人がつぶやく。彼はスタッフと言う訳ではなく、ARゲーム運営のメンバーである。

彼は緩和案に関して反対の意見を述べていたが――それが受け入れられる事はなかった。

いつまでも保護的主義に走るべきではない――という案が圧倒的となり、現在の状態に至る。



 10分後、長い審議が終了し結果が報告された。その結果は、使用されたガジェットに不正アプリがインストールされていたという事らしい。

これによって1位となった選手が失格扱い、ローマは繰り上げ首位となる。しかし、それでローマが納得するかと言うと――。

「結局、不正アプリや違法ツールは使う人物がいる限りはなくならない――と言う事ね」

 不正アプリに関しては認められたが、それを他のレースや予選にさかのぼって調査する事は――ほぼ不可能と言ってもいい。

つまり、本来であれば順位としては下位のプレイヤーが不正アプリを使用して上位へ進出しているという可能性もある。

ローマの不満は、そこから来ていたと言ってもいいだろう。

「不正を行うプレイヤーは、どの世界にも存在し、頂点にたって優越感に浸る――どの世界でも同じ事は繰り返される」

 そして、ローマは決勝の準備をする為にアンテナショップのガレージへと向かった。

最終的に彼女が審議結果のアナウンスを全て聞く事はなかったと言う。

不正ガジェットを使用して失格となったプレイヤーは、案の定というか超有名アイドルファンだったという情報があるが――真相は不明だ。



 午前12時20分、他の会場でもローマが申告した不正アプリの一件が報告されたのだが、判断はそれぞれの会場に任せることとなった。

その後、リベッチオとヴェールヌイが参加していた会場では、決勝前に不正アプリの調査を行うと放送が入り、検査の結果――まさかの展開となる。

【予想通りと言うべきか――】

【例の不正アプリがネット上で噂になっていたが、ここまでとは】

【そこまでして、ARゲームで勝ったとしても何が残る?】

【イースポーツ化が言われていた際に賞金制度の話があった。それをにらんでの不正アプリだろう】

【それで、超有名アイドルに流れる資金源を確保しようと? それこそ馬鹿馬鹿しいと思わないのか】

【不正をして得た栄光なんて、化けの皮が剥がれれば地獄へ落ちる――CD大賞の買収疑惑のあった某芸能事務所も解散になった一件、忘れた訳ではないだろう?】

【結局、どのジャンルでも同じような事件は繰り返されると言う事か】

 つぶやきサイトの反応もテンプレ過ぎて、逆に言うと新鮮味がない。

まるで、まとめサイト等が意図的に何かを誘う為にマッチポンプを仕掛けているのがばれているようでもあった。

マッチポンプを疑う動きや自作自演のような流れが疑われたのは、今に始まった事ではないのだが――。



 午前12時30分、リベッチオとヴェールヌイが参加していた会場での結果が、予想外だった事に驚きを感じているのは――。

「やはり、アイドル投資家やまとめサイト勢力の様な存在を根絶するのは難しいという事か」

 タブレット端末で事の顛末を目撃していたのは、新交通で移動中の大和朱音(やまと・あかね)だった。

新交通でも草加まではいけない為、途中でバスに乗り換える必要性があるのだが――。

ちなみに、新交通と言っても電車に似たような物であり、立ち乗り専用ではなく座席もある。

大和は次の駅で降りる関係上もあって、座席に座らずに立っているのだが。

「あの時、彼女に遭遇するとは――」

 大和は駅で遭遇した人物の事を思い出していた。

彼女は、近くにあるゲーセンに用事があったようで――その際に大和と遭遇したと言うべきである。

「どちらにしても、急ぐべきなのはARゲーム全体の改革なのか――」

 AR全体の改革はプレイヤー自身も望んでいる事だろう。しかし、それは全員が思っている事ではない。

一部では現状の保護主義的なガイドラインがあってこその繁栄があった――と言う様な人物もいる。

運営サイドでも同じような意見を持っていた人間は存在し、ガイドラインの緩和は全体の3分の2の賛成意見で成立したと言ってもいい。

結局は100%の賛成で変えられるような事ではなかったのである。賛成する人間がいれば、反対する人間がいるのは――宿命なのか?



 大和が駅で新交通に乗ろうとエスカレーターへ向かう直前、そこで彼女が遭遇した人物はあきつ丸(まる)だったのだ。

服装は別のガーディアンが使用している白い提督服と言う事もあり、最初は誰なのか分からなかったが――顔を見て何となく分かるレベルである。

「超有名アイドルファンは特定の芸能事務所が消滅したとしても――別のアイドルが生まれる事で、同じようなマナーを守らないファンが――そのループが続くでしょう」

 あきつ丸は大和に遭遇したと同時に、彼女に向かって何かを進言する。

忠告や警告の類なのかは分からないが――何かを察する事は可能だろうか?

「一つの事件が解決しても、また再び事件が起こると言う繰り返しはコンテンツ流通でも当然ある事。それらの意見を強制的に統一させる為に取った手段――それはディストピアと言うべきもの」

「あきつ丸――何が言いたい?」

 あきつ丸の言葉に対し、大和も思い当たる節を感じ取り――。

「過去にあった超有名アイドル商法に絡む事件――それと似たような事を行おうとしたのが、ARゲーム運営と言う事だ」

 それ以上の事を彼女が言う事はない。残りは自分で考えろ――と言わんばかりである。

ARゲームを出世の道具に見ている事は大和に限って言えばないのだが、他の運営スタッフも同じ事を思っているのかは分からない。

一体、あきつ丸は何を伝えようとしていたのか?

その後のあきつ丸はゲーセン方面へと去っていくのだが――大和がそれを引き留める事はしなかった。

他のARゲーマーもあきつ丸を目撃するが、それを引き止めなかったので――そう言う事なのかもしれない。



 午前12時45分、新交通からバスを経由して谷塚駅のアンテナショップへ到着、姿を見せたのは大和朱音(やまと・あかね)である。

彼女は運営の為に本選への参加権限はないが、大会の一時中断権限は持っていた。

これが意味しているのは――チートアプリの調査が該当するのだが、現状ではそこまでの行動をとるような事件は起きていない。

さすがにチート疑いで権限を乱用しても、大会の運営妨害と判定されかねない部分もあった。

「既にこのエリアの決勝は終わったのか?」

 大和はスタッフルームへと足を運び、事情説明を聞く。

すると、スタッフからは予想外の単語が飛び出す事に――。

「実は、予選の方で違法アプリを検出したという情報があって、それを再調査したのですが――」

 男性スタッフは検出された違法アプリのデータを大和に見せる。

すると、大和の表情は変化した。おそらく、ビンゴと言えるかもしれない――。

「これと同じアプリが使用された形跡がないか調査を――それと、この事に関しては本部には内密に」

 大和は該当するアプリを使っているプレイヤーが他にいないか調査を依頼するのだが、その際に本部に伝えないで欲しいとも言及した。

何故に本部へ伝えないで欲しいと言ったのか、それはスタッフにも分からなかったが――相当重要な事なのだろう、と判断する。

この様子を一部のプレイヤーが目撃するが、それをネット上につぶやいて拡散しようという人物はいない。

仮にいたとして、その情報が歪められて大会中止に追い込まれでもしたら――それこそ、一部勢力の思う壺だろう。



 アンテナショップを出ていく大和だったが、別の場所へと向かう途中にARメットを被っていないヴェールヌイと遭遇した。

黒髪のツインテールにメガネ、白衣でARインナースーツを隠している辺り――特徴を見ればバレバレなのは言うまでもない。

「大和――あなたはコンテンツ流通をどのように動かすつもりだったの」

 ヴェールヌイの一言、それはあきつ丸(まる)に言われた事の焼き直しに近い物だった。

コンテンツビジネスを何とかしようと言うのは考えているが、それは自分1人だけでは力不足と言わざるを得ない。

逆に言えば、一人でコンテンツビジネスを全て動かそうと言うのであれば――それこそ超有名アイドルのプロデューサーとやっている事は同じである。

それだけは何としても避けなくてはならない――そう大和は思っていた。

「超有名アイドルや悪目立ちするネットユーザー等のタダ乗り勢力、そうした勢力に宣伝場所として悪用されない物――それを考案したつもりだった」

「しかし、どのようにガイドラインを作ったとしても、わずかな穴を発見する形で裏技を使われた結果――」

「それは分かっている。あの勢力が、ここまでARゲームを解析するとは予想外だった。それ程の宣伝効果がARゲームにはあった、と言う事」

「つぶやきサイト、ブログ、動画サイト、キュレーションサイト――さまざまなSNSが100%悪用されないという保証が出来なくなっている以上、ARゲームも世に出回れば、そうなるとは考えてなかったのか」

「ダイナマイトの理論は何度も言及されている。結局は使用する人物のモラルにゆだねられる事も――」

「そこまで分かっているならば、ガイドライン改訂の際に年齢制限を何故に付けなかった?」

「年齢制限の付いたゲームの場合、下手にアダルト描写等があると思わせてしまう。それは避けたかった――課金的な意味で制限をかけたとしても」

「別の制限を入れれば、それを突破しようとして不正を行う連中が出てくる。だからこそ、制限をかけすぎる事はルール作りとは全く違うと言う事だ」

 2人の対話は続くのだが――お互いに引くような事はない。それに加え、本来であれば大和は別の場所へ向かうはずなのだが――。

この会話に関して、密かにSNSへアップしようと言う人物は周囲にいなかった。逆に自分が炎上すれば、自爆と言う事で大損をする。

アフィリエイト利益を得られるとしても、危険な橋を渡るのはリスクが大きいと考えたのかもしれない。

それだけ、ARゲームの話題に関しては逆炎上すると考えている人物が多くなった――それは逆に良い事だろうか?

「これだけは言っておく。不正ARアプリの一件、リズムゲームプラスパルクール以外でも報告例がある。つまり――」

 言いたい事を言って去って行ったヴェールヌイは、あきつ丸のデジャブを感じさせた。

結局は言いたい事を伝えたいだけ――自分はクレーム処理担当ではないと言うのに。

しかし、クレームを言うだけならば本部へ連絡すれば済む話と言うのも事実なのは確かである。

それを大和へ直接言うのには理由が――そう考える事にした。

「コンテンツ業界を掌握するのは――マッチポンプ等を考えて利益を得ようとする芸能事務所、その利益を利用しようとする政治家のやることだ」

 大和は自分がコンテンツ業界を牛耳るような実力はない――と考えていた。

一方で、ARゲームの未来を考える専門家等は大和の力が必要とも――。



 同刻、17位~24位の上位戦に関してはレース自体が中止の危機になっている。

しかし、比叡(ひえい)アスカの進言もあって中止は暫定的にだが、回避される事になった。

「チートと言う他力本願に頼るようでは――レースに参加する資格などない。どうしても参加しようと言うのであれば、自力で勝って見せろ――」

「仮に自分と戦って勝てれば、自分は決勝トーナメントを辞退する」

 まさかの発言に会場がざわつく。これが単純な脅しの類やブラフではないのは、今までの彼女の成績を考えれば明らかである。

しかし、残念ながら再エントリーをしようと言う人物は現れず、数人は自分がチートを使った事を運営へ告白し、そのまま事情説明となった。

1人はこの場から逃走したようだが、あっさりとガーディアンに発見されて逃走失敗。

結局、不正手段を使ったプレイヤーは逃げられないと言う事なのだろう。

『他の選手が出場辞退した為、このレースは比叡選手の不戦勝と――』

「さすがに不戦勝はまずいでしょ」

 不戦勝と言うスタッフの発言を遮ったのは、何と比叡本人である。そして、スタッフにあるデータを転送する。

それはリズムゲームプラスパルクールで採用されたゴーストと言うシステムだ。

レースゲーム等で使用される自分のタイムと同じダミープレイヤーをコース上で走らせると言う物だが――。

彼女が呼び出したダミープレイヤーは、周囲の予想とは180度違う物だったのである。

『これは――ウォースパイトです! ネット上で噂になっていた謎のプレイヤーであるウォースパイトです』

 スタッフの方も思わず驚きを隠せなかった。

そのデータとは、何とネット上で様々な噂が存在していた人物、ウォースパイトだったのである。

何故、そのデータを比叡が持っていたのかは言及する事はなかったが――。

「これって、まさか――?」

 別会場のファストフード店で昼食を取っていたビスマルクは、タブレット端末に映し出されたアバターを見て驚きを隠せなかった。

「ウォースパイトが――比叡だったと言うのか」

 ヴェールヌイと別れた後に電車に乗って草加駅へ向かっていた大和も、この映像を見て驚きを隠せない。

ただし、ウォースパイトと比叡が同一存在と知っているのはごく少数のメンバーであり、この事実は運営本部も知らないのだ。

本来であれば同じARゲームにサブアカウントの類は一部ジャンル以外では禁止されており、発覚すればアカウント凍結になる可能性も高い。

それを踏まえても、彼女の行っている事は非常に危険である。

そして、彼女にチートを断罪する事は出来ないというネット住民もいるかもしれない。

それ程に、サブアカウントはチートよりも卑怯と思われている。クイズゲームでのサブアカウントは黙認とは言わないが、色々な話がネット上でも拡散されている。

「このデータはあくまでもコピーのデータに過ぎない。これがARゲームのサブアカウントではないのは、既に本部が証明済みよ」

 比叡の言う事を確認する為、スタッフはARゲームのデータを照会し、同じアカウントに該当するかの調査をする。

約1分後には比叡のアカウントで習得された物とは異なると証明された。

「一体、比叡は何をやろうとしているのか――」

 ファストフード店で中継を見ていたビスマルクは、比叡が何を行おうとしているのか――若干気になってはいた。

これがデモンストレーションで終わるのか、それとも別の意味を持つのか? 全てはレースの結果で決まるかもしれない。

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