第7話 父さん、驚異的な回復をみせる

 翌日、


「譲くん、お出迎えありがとうございます」


 父さんはいつも通り慇懃いんぎんなあいさつで空港の到着口にあらわれた。


「それより左京さん、腰は大丈夫なんですか?」


「はい、おかげさまで。それよりさっそく参りましょう」


 なんかむちゃくちゃ元気そうだけどやっぱりギックリ腰って、嘘だよね?

 というか、難局は僕が乗り超えたからもう大丈夫だと思って出てきたのだろうか?


「で、これからの予定は?」


「はい、先方のオフィスには4時でアポを取り直しましたので、まずはホテルにチェックインしましょう。弁護士にはホテルに直接来てもらうようお願いしています」


「わかりました。ではタクシーの中で少し話しましょう」


 そう言いながら父さんは僕にタクシーを拾わせた。



 ☆☆☆



「ところで譲くん、本社への報告はまだですよね?」


「え? ええ、まあ……」


「わかりました。まだこれからどう転がるかわかりませんので、結果が出てから木村課長に連絡するようにしましょう」


「……はい」


 父さんの表情は言葉とは裏腹にやけに余裕があるように見えた。ひょっとして、今日の交渉が上手くいったら自分の手柄として課長たちに報告する気なのだろうか? これまでの父さんの動きからして、その可能性は非常に高い気がするけど。


「そういえば譲くん、昨晩は遊びに出たのですか?」


「いえ、そのままホテルにこもっていましたけど」


「あら、いけませんね。若い男の子が引きこもっていると、社交性を失いますよ?」


 ……父さんが張り切ってフィリピンに出てきた理由がわかった気がした。なんだかやけに生き生きして、楽しそうに見える。お金がない僕には関係ないけど、父さんは現地のフィリピンパブで遊びたいだけなんじゃないだろうか?


「それより新たな顧客との契約の件、どうするんですか? 館山自動車との契約の件も含めて考えないと」


「館山自動車との契約はもう難しいでしょうし、新規顧客との取引でカバーしましょう」


「えーっと、その販社が館山と取引しているということは、値段的に相当厳しいと思うのですが、大丈夫ですか?」


「何がですか?」


「製造会社が販社に売っていた単価がいくらなのか知りませんが、販社としては館山自動車にうちより相当安い金額で卸していると思うんです。でないとそんな簡単にうちとの契約を切らないと思うんですよ。だから販社に対する製造会社の売値がいくらなのか知っておかないと。製造会社からの仕入れ値と販社への売値の間でうちが数字出せるんですか? 場合によっては間に入るうちは利益がゼロどころか、契約そのものを見直さなければならない可能性も出てきませんか?」


「そこは製造会社にコスト削減を求めるしかないですね」


「やつら、昨日3倍の値上げを要求してきたばかりですよ? もちろん断りましたけど」


「ふざけた話ですね」


 ふざけてんのはどっちだよ! なんで館山自動車との契約をむざむざ捨てて、新規の売上にこだわる必要があるんだ? 利益なんてほとんど出ないの、わかってるじゃないか!


「譲くんはどうすればよいと思います?」


「そうですね。例えば販社との新規取引をあきらめ、製造会社からも販社に商品を流させないようにすれば、館山自動車はうちから部品を買うしかなくなるんじゃないですか? 特許はうちにあるわけですし」


「そんなことをすれば、私の面目はまるつぶれじゃないですか!」


 突然父さんが怒りだしたが、僕は冷静だった。


「ではどうすればよいですか?」


「交渉してください」


「ちょ、ちょっと待ってください! 交渉って、僕がですか?」


「他に誰がいるんですか?」


「他にって、左京さん、交渉しにここまでいらっしゃったわけですよね?」


「それもありますが、私は君の教育係ですから。獅子はわが子を千尋の谷に突き落とします」


 来なきゃ良かったのに……。


「いったい左京さんは、落としどころはどこだと考えてるんですか?」


「それは当然、販社と結んだ契約については、われわれの利益分をこれまでどおり確保させてもらうラインです。それは譲れません」


「どう考えても拒否されると思いますよ?」


「交渉してください」


 ダメだこりゃ……。


「左京さん、この件一度、部長たちに報告すべきだと思うんです。ホテルで本社に連絡しましょうよ」


「そんな時間はないはずです。4時でアポをとっているですよね?」


「そこは調整しますので」


「ダメです。タイムイズマネーです」


 さすがにカチンときた。


「それだと交渉できません」


「私の命令に逆らうのですか?」


「逆らうも何も僕、どの程度値切れば利益が確保できるのか知りませんよ! 左京さんは見積されているんですか?」


「そんなの、相手の会社に聞くに決まっているじゃないですか。私は販社とのフレームワーク契約しか結んでいませんので、いくらで卸していたのかなんてわかりませんし」


 もうむちゃくちゃだ!


「ですが……その条件では譲くんに対しては厳しいとも思います。ので……」


「はい」


「成功した暁には、今晩の夜遊びの費用については、私が負担して差し上げますよ」


「結構です‼︎」



 ☆☆☆



 ホテルに着くと、僕はフロントに父さんを残し、自分の部屋に戻った。そして、本社に連絡を取る。


「あいにく松波部長も木村部長も外出中です。大事な商談があるとかで、携帯もつながらないと思いますよ」


 よりによってこんな時に! 念のため自分の携帯から松波部長たちの電話に連絡してみたものの、電源はやはりOFFになっていた。


 しょうがなくフロントにおりた僕は、父さんと目を合わせたくなかったが、彼がそれを許さなかった。


「それでは行きましょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る