第21話 レンタルホラー

 今日のセットリストは1爆雪ばくせつ、2雷、3雨、4強風、アンコール1は雪、アンコール2は雨、ラスト竜巻たつまきそのくらい天候が変わる日だった。

 だが結局は暑いフェーン現象か? こんなときはやっぱり部屋に戻って静かにDVDを観るにかぎる。

 俺はセルフレジにて前回借りたのDVDを大政奉還した。


 さあ、今日はなにを借りて帰るかな~? こんな暑い日はホラー系映画が俺を呼んでいる気がする。

 いやまさか逆に呼ばれてるとか……お~怖っ!!

 てか、このレンタルビデオ屋で映・画次郎作品を探してみたがまったく置いてなかった。

 地元の店にないってどういうことだよ? たしか映画館のポスターには【日本9000万人が泣いた感動の映画】ってあったよな? ほぼすべての日本人が泣いてんのにレンタルもされてねーって怪しい。

 ホラーすぎるぞ映・画次郎。


 やっぱり鑑賞した人って九千人なんじゃね? それとも最初は数館で上映したけどそれが口コミで大ヒットパターンか? まあ、ないものはしょうがない。

 俺はさっそくジャンルを示す札を確認しつつホラーコーナーへと進んだ。

 そこにはアーケード商店街にいた、映画通ガジロリアンのふたりがいた。

 おっ、なんだ彼らはホラーもたしなむクチだったのか? 俺は耳をそばだててみた。


 「あれ観た? この前新人賞とった若手映画監督の最新作」


 「えっ? なんてタイトル?」


 「タイトル忘れたけど。ほら、成仏に至るまでの過程に密着したセミドキュメンタリー」


 「ああ、二泊三日しないと成仏しない悪霊を日帰りで成仏させられるかどうかのやつだ」


 「そうそう、その監督が撮ったSFホラー超大作」


 「ああ!! 思い出したあれでしょ? AIエーアイを搭載したヒゲソリのが殺人シェーバーの中でただただスゲ―早く動く映画」


 「あれって現代文明へのアンチテーゼだよな?」


 でたよ。

 映画好きな人が使うアンチテーゼ。

 俺は残酷な天使しか知らん。


 「結局物語の中ではヒゲがよく剃れるとして大ヒット。その年のオブザイヤー商品になるんだよな?」

 

 「そうそう」


 ガジロリアンたちに幸あれ。

 俺はそう願った。

 そこにいつもの聞き覚えのある声がふたつ聞こえてきた。

 

 「なあ、咲子、今日の夜は怖いDVD観ようぜ~?」


 まさか俺としたことが、ちゃんなかと同じ思考回路だったとはまったく悲しいぜ。


 「え~やだぁ。咲子が怖いの嫌いなの知ってるくせにぃ!! 賢ちゃんほんといじめっ子なんだから~」


 「けど、そっちのほうが咲子の峠攻めしやすいべ?」


 「もう~。また今日も峠越え~?」


 ……。


 「おじいさんが山に芝刈りにいって、おばあさんが川へ洗濯しにいくくらい当たり前だ。じゃねーと日本昔噺界にほんむかしばなしかいは絶滅するからな」


 「咲子わかんな~い。でも賢ちゃんもう全国制覇したでしょ?」


 「ああ、あの高校時代のメモリアルファイトのことか? 友達の部屋に出現する悪霊をゴーストバストしてヘッドハンティングした戦いの」


 「そうそうそれ。賢ちゃんってむかしっから戦いばっかり……」


 「咲子。心配か?」


 「ううん。咲子それでもいいの。賢ちゃんが無事でさえいてくれるなら……もし賢ちゃんが傷ついたときはね……」


 「おう、なんだいってみろ?」


 「うん。咲子いう。咲子はナイチンゲールの職がなくなってそのあとにハローワークに通い詰めてもつぎの職が見つからずに生まれ故郷に引っ越すくらい看病のいしづえになる」


 「さ、咲子、俺は感動した」


 「ううん。咲子そのものが看病になる。なんなら看病というひとつの病気になってもいいの!!」


 花咲子は、ちゃんなかに惚れすぎで戦場に旅立つ男を見送る女になった。

 やつのどこにそんな魅力が? 心臓に爆弾でも埋め込まれてんのか? そしてそのスイッチをちゃんなかが隠し持ってるのか? そうじゃなきゃこの状況の説明はできない。

 ちゃんなか、そのうち就寝中に仕留められるかもな? 花咲子の女スパイ疑惑はまだ晴れてねーし。


 「さ、咲子、そこまで俺のことを。咲子はもうイチンゲールじゃなくてルチンゲールだな」


 そんな会話をしながらやつらはコーナーの角を曲がった。

 俺もそのあとを追う、って俺はなぜやつらを尾行けてしまうのか?


 「おっ、咲子、なに潤ませてんだよ? この棚のビデオが怖いのか?」


 「えっ……ううん」


 花咲子は首を横に振った。


 「強がんなくてもいいんだって」


 「えっ、ホント? 咲子ちょと怖いの。でも観たいの」


 「この~やっぱりかわいいんだからよ~咲子。俺がいるから安心しろ。キャッチャーがホームを守るよりも守る!!」


 「け、賢ちゃん、ありがと。咲子は大丈夫だから、バックホームに気をつけてDVD選ぼうね?」


 花咲子なかなかできる野球監督になりそうだ。


 「だな」


 ちゃんなかは棚から一本のDVDを手に取ってタイトルをながめている。


 「怖さを東京ドーム何個分で例えられても俺らじゃドームの大きさが理解できねーんだよな? どれくらい怖いか俺の靴下で例えてほしいぜ」


 世の中の靴下にそこまで背負わせんなよ? なんだかんだ俺はエージェントの仕事でやつらを張っている感覚になってしまった。

 ふたりはまた棚からつぎのDVDをとりだす。

 

 「じゃあこれは『ももひきの上から白タイツ』…これって怖いのか?  いや、ある意味怖えーな……」


 ちゃんなかはひとり起承転結した。


 「う~ん、それなら咲子はこっちの『白タイツの下から ラクダのももひき』がいいな」


 「……それも怖えーか? シリーズ物だな」


 どうやらこの棚は怖さ星ひとつのゾーンみたいだ。

 だがやつらの散策はどんどん進んでいく、スピードを早めたか? ま、まさかここでなにかの取引をするのか? エージェントとしてはますます目が離せねー。


 「『火の玉 チャカマン』…ヒーローものか? これ棚間違ってんじゃねーの?」


 ちゃんなかがそのDVDを棚に戻す。


 「賢ちゃんじゃあこれは? 『止まったはずの心電図、電源消しても消えなくて裏ぶたを開けたら電池式、えっ!? 単三アルカリ四本格納? 電池を抜いても消えない青いあなたが自家発電。恐怖におののく看護師はついにソーラパネルを持ちだした。集めた光で浄化しようと思ったら逆に充電しちゃったよ。結局消えない電源。そのとき聞こえた誰も居ない部屋のすすり泣き……と思ったらアラームだった、えっ!? アラームまでついてんの……?』ふぅ~長いタイトル」


 花咲子は一息ついた。


 「バカ長いタイトルだな。ほんとムチャクチャすんな!! 怖さのためなら手段選ばねーんだな?」


 ちゃんなかの率直な感想、俺もそれには同感だ。

 そしてそれをぜんぶ読む花咲子も褒めて遣わす。


 「咲子、これタイトルを長くしてサスペンスタッチで怖さをあおってるところが気にいらねー。なんか怖く見せようとする会社の戦略見え見えなんだよな~」


 「えーそうかな……でもこの帯見てよ、怖そうだよ?」


 花咲子、怖いの嫌いだとかいってたのに、より強い刺激を求めはじめたな。

 これが暑い日特有のホラーマジック。


 「なんだよ……パッケージに帯までついてんのかよ?」


 ちゃんなかは不機嫌そうに花咲子の手からDVDを受けとった。

 その帯とは『脈打つ鼓動がドリフトを繰り返す。タイヤも心臓もバースト寸前。今宵こよいあなたの恐怖にピットイン!!』だった。


 「き、恐怖にピ、ピ、ピットイン……ちょー怖ぇぇぇぇぇぇぇ!! こ、今宵は早すぎますよ~。せ、せめて一日心の準備をぉぉ!!」


 ちゃんなかは拳を握りしめた。

 ――早すぎますよ~。は、まるでデビュー半年で卒業を発表したアイドルにいうようないいかただった。

 それがなぜだか、ちゃんなかの好奇心の火をつけたみたいだ。


 「咲子、これ借りようぜ。ぜってー怖ぇぇって!! 帯がヤベー!!」


 「うん、わかった。賢ちゃんとなら咲子観れる気がする」


 ふたりはDVDを小さなカゴに入れレジの方向へと向かった。


 「咲子。『秋晴れ、ネタバレ、 血の雨だれ~悲鳴のさみだれ~』。これもいっとくか?」


 「はいな」


 レジ前のイチゴ大福をついで買いするようにDVD追加すんなよな? ちゃんなかはその行動と同時にこっちを振り返った。


 「あっ?」


 ヤバっつ!? 

 み、見つかった。

 俺の尾行スキルもまだまだだな。

 FBIのスカウトが遠ざかっていく。


 「涼介。ここまでついてくるとは」


 「いや、その」


 「さては俺の往年のファンだな?」


 「偶然だ」


 「それともムード壊し家か?」

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