第16話 恋愛イベント

 昨日は金曜日で今日は土曜日だからゆっくり寝ようと思ったんだ。

 なのになぜ俺の頭の横でシャカシャカと音がしてるんだ?

 これはまるでデッキブラシで床を擦ってるような感じだ。

 俺はそんな場所で寝たか? いや、俺はたしかに自分の部屋で寝たはずだ。

 

 目を開くと見慣れない風景のようだが……見慣れた光景でもある。

 不思議だ。

 まだシャカシャカいってる。

 これはなんの音だ? 俺は徐々に体温の変化に気づく、さ、寒っ!? 

 か、風の冷たさが完全に布団の防御力を超えている。

 殺人未遂の寒さとはこのことだ。

 布団よ、あなたは偉大だ。


 それにしても、ここは……。

 見慣れない風景であり見慣れた光景というのはどういうことだ? 

 あっ!?

 ここって寮の廊下だ。 

 ただ、なんで俺は自分の部屋で寝てただけなのに廊下の天井が見えてるんだ? そしてシャカシャカしている音の正体にも気づく。

 やっぱデッキブラシか。

 俺が横を向いた顔の真ん前を漬物石がさーっと通りすぎていった。


 この状況を観察してみる。

 俺は布団ごと廊下にだされて枕元で廊カーリング・・・・・・されてるってことか? どうやら布団の周辺も廊カーリングの道具の一種である漬物石で覆われているようだ。


 だが、俺はこんなことでは驚かない、いや驚かなくなっていた。

 それはここの寮生でもありエージェントだからだ。

 なにかの人質になってもこれくらい冷静じゃないとクライアントの信用は得られない。

 

 「どうやって俺の部屋に入った?」


 俺はそう声を発した。

 

 「気にすんな」

 

 「するわ。バカが。つーか告訴も辞さない」

 

 こんなときは上の立場からいったほうが効果的だろう。

 相手は誰かって、そういつものあいつだ。


 「涼介、辞してくれっ!! これ以上この寮で物議をかもしていいのか? おまえの立場が悪くなるぜ?」


 ちゃんなかは自分がしたことを棚に上げて俺を丸め込もうとしてきた。

 わざとらしい嘘だ。


 「かもすに決まってんだろうが!?」

 

  「涼介そんなニュースチックにいうなよ!! たかが管理人に鍵を借りたくらいで」

 

 パフェ盛りババア、やつが犯人か。

 それはどうでもいいけど誰にでも鍵貸すんだな? 逆に誰になら貸さないのか?

 寮生の鍵を気軽にレンタルしてんじゃねーよ!!

 このご時世そんな簡単にフランチャイズ展開できるか? 軽く義理の兄あにさんの影が見え隠れした。

 

 「賢ちゃん、咲子ね。パリスいきた~い!!」


 こいつもいるのか? いや、いて当然か。

 

 「咲子、パリスってどこだよ?」

 

 「だからパリス。ピーエーアールアイエス


 また、このバカたちは……。

 花咲子はスマホをちゃんなかに披露した。


 「おう。ほんとだパリスって書いてあるな」

 

 「うん。あるよ~。咲子嘘つかないも~~~ん」


 だから”~”が多いんだって。

 

 「フランスにそんながあったのか。俺知らなかったぜ」

 

 「咲子も知らなかったけど昨日ね隠れ地名・・・・見つけたの」

 

 「咲子、よくそんなの見つけたな。偉いぞ~」


 おまえらが新しい国を発見しようがしまいがどうでもいいんだ、しかも感情をデフォルメしすぎなんだよ。

 

 「ちゃんなか。まずこの状況を説明しろ?」


 俺はやつらに問う。


 「おう、その前に」


 ちゃんなかはそういってデッキブラシでゴシゴシ廊下を擦った。


 「よし。咲子、良い感じだ。いったん休憩入るぞ、なに飲む?」


 「咲子はボタニカル系しか飲まないよ~」

 

 花咲子、ずいぶん話がぶっ飛んだな? おまえの好みなんでどうでもいいんだよ。

 いつものようにこのバカたちが廊下でイチャついてるだけじゃないのは、よくわかった。

 俺も、ようやく布団から体を起こす。

 


 なんだかよくわからないけど、寮長とグリムと髑髏山が玄関前で正座したまま、ちゃんなかの話を聞かされていた。

 いや、ほぼ説教だ。

 だが、なぜみんなここまで静かなのかがわからない。

 花咲子は、魔王が座るような椅子で足を組んでいる。

 どういう状況だよ?


 「俺は思った。勤労(金郎)が感謝されて休みになってんのに俺が感謝されないわけがねー!! 銀郎が休みになる前にまず俺が休日になる」


 はっ? ああ、勤労感謝の日のことか? おまえごときと比べんなよ。


 「涼介、とりあえずおまえも座れ」


 「いやだ」


 「くぬぅ」


 「いいから座れ」


 「だから、やだ」


 「座んなきゃ話がつづかないだろ」


 「でも、やだ」


 「始球式で百五十キロのツーシームを投げたという伝説アイドルのサイン入りボールをやる」


 「いらねー」


 「そのアイドルが一塁に牽制してボークになったときのサインボールもつける」


 「いらねー」


  ――ほら。朝比奈くんも、僕の横に座って。


 なぜか寮長がちゃんなかに味方した。

 悔しいけど寮長の一言には逆らえない。

 だって寮長は良い人だし、引っ越しの初日に親切にしてくれたし。


 「わかった。寮長がそういうなら。俺も座るよ」


 しかたなく俺もその列にならんで正座した。

 正座までする必要があるのかはわからないけど、なんとなく寮長が背筋を正して座ってるから俺もそうしてみる。


 「よしよし。あなたの暮らしを見つめる中村おれからしてみれば、おまえらの将来が心配だ」


 そのコピーは小比井雷太こぴいらいたのか? てか、ちゃんなかはなんの心配してんだ? 


 「俺は高校生のときモテてモテてしょうがなかった。第二ボタンがなくなりすぎて第二ボタンキラーなどとも呼ばれたこともある。またの名をボタン供養中村」


 第二ボタンのストック何個あんだよ!?


 「そこで俺は考えた。よく聞けぇぇ!! 下等生物どもがぁぁ!?」


  生物的にはおまえも同じだろうが。

  よくそこまで上からイケるな?


 「髑髏山。おまえは下等生物だ。以下同文」


 省略は許すけど、俺らをにすんな。


 「はい」


 髑髏山が素直に返事をするとはめずらしい。

 はは~ん、なにかのミッション中だな。

 なるほどじゃあ俺も乗っかる必要があるな。


 「っとその前に僕の生い立ちから語ろうと思います」


 その生い立ちこそ略せや!!

 なぜか静かな拍手がおこった。

 しゃーねー俺も手を叩いておこう。


 「おお、みんなありがとう。そうかそうか、そこまでして俺の人生を知りたいか」


 謎が解けたあかつきにはドタキャンしてやる。

 ちゃんなか、おまえの部屋の中で土壇場キャンプだ。

 突然のキャンプに怖れおののけ!!

 だが、なんかあったら壁を突き破ってくるやつだ、効き目うすかもしれない。


 「父は工事現場の”ご迷惑おかけしています”のモデルだったために僕はその印税でなに不自由なく暮らしてきました。工事すればするたびにあの看板が立てかけられ毎度毎度ミリオンヒットです」


 ちゃんなかはわざとらしく両手で顔を覆った、てかあの看板って使用料もらえるんだ。


 「そんな生活のため僕は少々悪い道にも入ってしまいました。だってすこしばかりのお金があったし。”危険なので良い子のみんなはマネしないでね”をマネするほどの悪い子です」


 ――ああぁぁ。


 なんだ? えっ!? り、寮長が感化されて泣いてる。

 ちゃんなかめ寮長の良心につけ入るとは、このクズめ。

 そんな金に不自由しないやつがあんな偽物のビットコインは掘らないだろう。


 「――ごめんあそばせ。というマダムの”ごめん”を無断で遊ばせてみたり」


 ――な、なんで、そんな悪い道にいってしまったのぉ、た、たのむから戻っておいでー!!


 寮長の涙腺が崩壊してる!?


 「ヤドカリに代わりに家を借りてやるといって狩ってやったり」


 ――この人でなし!!


 寮長、それは正しい。


 「テレビ局にお邪魔しにいって本気で邪魔したこともあります」


 ――この極悪人!!


 寮長、もっといってやれ!!

 ……ん? ちゃんなかの目が泳いでる。


 「おい目が泳いでるぞ。目泳ぎ世界選手権に出場するか?」


 俺はいってやった。


 「お、お、おい。そのことについて実家に電話すんなよ。担当者不在でお答えできないからな」


 これでわかったぜんぶ作り話だな。

 最初からわかってたけど。


 「つ、つぎは花咲子さんとの出会いを語ろう。バニラは木になるか、土になるかで俺が悩んでいたのを助けてくれたのが花咲子さんでした」


 グリムよ。――わ~花咲子の過去知れて良かった~みたいに目輝かせんな!!

 

 「俺は心のカートに花咲子さんを入れました、でも、すぐに購入はしませんでした。古風だろ?」


 早くレジいけや!! 振り込みの手続きしろや!! グリムうなずくなや!!


 「そこで俺は思ったんだ。世界はLOVE&PEACEだと。彼女のいないおまえら下等生物にも愛を知ってほしいと!!」


 そういうことか。

 だから寮長たちは彼女のいない弱みからここで正座させられているのか。

 おまえだって花咲子という珍獣じゃなきゃ、こんな奇跡は起こってねーし。


 「愛のアンバサダー中村賢二が、いまから男女の出会いイベント、愛とモンテスキューを開催する。開催というよりもうおこすね。勃興ぼっこうだ。参加する者は自薦推薦は問わない」


 問えよ。



 町のとある坂にきた。

 ちゃんなかがマイクを握って司会進行をしている。


 「さあ、坂道フルーツ開始です。転がるリンゴ、オレンジ、レモンなどを拾ってください。そしてフルーツを落とした彼女のもとへと盛大にかけていけぇぇ!! フランパンを拾った者はスタンプ一個で~す!!」


 紙袋にフランスパンとかフルーツ入れて坂道歩く人っているの? つーかそのスタンプ貯めればどうなるんだ。


 「さあ、ご覧あれ、おまえらの将来の彼女が待ってまーす!!」


 俺らはいっせいに坂道を凝視した。

 するとそこには管理人の妹がいた。

 くっそ!? 

 ちゃんなか人件費安くあげたな。


 結局ちゃんなかは、しこみスタッフを管理人の妹でカバーしたためにイベントそのものが頓挫した。

 その前に妹はサルエルの義理の兄あにさんしかなびかねーし。


 「で、ではつぎの中村賢二プレゼンツ。クリスマスケーキ上のサンタ争奪戦にてお会いいたしましょう~」


 無理やり締めやがったな。

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