第29話 反撃の顔面セーフ

「それでどうだ、送信には既存の設備を接収せねばならんか」


問題その1、通信すればばれることは確実、なのでせめて通信出来るまではじゃなされたくない。


「こちらの通信機器を流用することにはなりますが、真一様の八正であれば、針尾送信所の様な大規模設備でなくてもかまいませんでございます、計算では市販されている無線機を改造しても大丈夫でございます」


問題その1、解決。

またしても弁慶さんに変装してもらい必要な資材一式を購入してきてもらう。宿泊は3泊4日と、一般市民としては怪しまれないギリギリ長期に取ってあるから、時間はある。





問題その2、通信開始後どの程度で妨害が入るか。


「この分野では、吉野と私では勝負になりません、使用すれば即座に捕捉されるでございます。

ですが、既存の有線通信、例えば公衆電話などですと、全国どこで利用使用とも、即座に切断されます。しかし、新規の無線通信ですと、その場に赴き妨害工作をする必要がございまので、数分程度から稼げる可能性がございます」


問題その2、一応解決。

相手がこちらの世界の国民生活を無視し、超大規模ジャミングを行った場合で数分の計算。現在の消極的な追跡(指名手配を行っていない)を考えれば、上手くいくと十数分は稼げるかもしれない。

何しろ、受信側は世界の向うだ、そっちの電源を落とす事が出来ない以上、こちらの無線を妨害するしかないからだ。





問題その3、妨害が入った後の対応。


「当然の如く、兵が派遣されましょう、しかしこれこそ運しだい。近辺にどの程度の兵力が集結しているかに左右されます」

「それを、調べる方法は無いのか?」

「弁慶が兵装を用いて調査すれば、逆に探知されます。暗くて見えないからと言って、明りを灯せば、敵方から丸見えとなる様なものです」

「それもそうだな、だけど完全に運任せと言うのもな」

「出来る事と言えば、地形から、検問していそうなところを予測する程度ですな。取りあえず最大限の警戒がなされていると言う条件で、計算してみましょう」

「派兵された後の対応は?」

「多勢に無勢、逃げの一手です。博多では伯父上にお守りいただきましたが、此度はそうも参りませぬ。なるべく早く逃げるが肝要。ただし弁慶の輸送機などの大規模兵装は使用不可ですね。設置に手間がかかり過ぎます、頑張って徒歩で逃げましょう」


問題その3、方針決定。

 頑張って逃げる。


 多少の?不安は残るが、大筋では方向は決まった、行動開始、反逆への一歩だ。





 弁慶さんと牛若には観光の名目で外出してもらう事にした。宿を出てからは弁慶さんは市街地へ買い出しに行ってもらい、牛若には近隣への斥候だ。牛若の隠形術は体術によるものなので、機械の目にはとらえにくいと言う利点がある。


 そして残った俺は、特にこれと言った仕事は無い、しいて言えばテレビでの情報収集程度だ。ここで俺が最初についた嘘が役に立った。チェックインした時の俺は松葉づえをついた障碍者を装っていたので、宿に籠りきりでも不自然ではない。

 外聞的には普段お世話になっている妹たちには存分に羽を伸ばしてもらい、俺は療養に専念していると言うことになっている。まぁ実際には八正の脅威の回復力で温泉に入って一晩寝たら普通通りに動けるようになったのだが、それでも情けない事に、俺の運動力では牛若達の足手纏いには変わりがない。

 バラバラに行動することに多少の不安があったが、今は時間の方が大切だ。





 そして山の様に買ってきた資材を、4次元ポケットにしまって、堂々と玄関から帰って来た弁慶さんは、そのまま通信装置の作成作業に。宿のネットで大体の地理を把握した牛若が、斥候を終えて帰って来てからは、プリンターで印刷したそれに敵の進攻予想と逃走経路の候補作り。俺はテレビで得た情報を伝達などしていると、あっという間に時間が過ぎていた。





「完了いたしましたでございます」


 弁慶さんが、作成したそれは、自販機サイズのごちゃごちゃした箱だった。携帯するにはとんでもなく邪魔だが、平行世界と通信するとなると頼りない微妙なサイズ。だが、弁慶さんに絶対の信頼を寄せている牛若は全く戸惑うことなくこう言った。


「では主殿、通信の準備は整いました。善は急げです今すぐ試運転件本番に出発しましょう」


 そうして、俺たちはつかの間の隠れ家を後にした。

 ステルスモードを使用しつつ、上空からの発見リスクを減らすため野生動物や木々を揺らさず慎重に、山の中を突き進むこと小一時間。ついに目当ての場所にやって来た。

 そこは牛若の見立て通り、敵の進攻は見つけやすく、かつ逃走に容易な見事な場所で、戦の天才の名は伊達じゃないと言ったところだった。





 博多湾は百道浜、廃墟と化した博多を見渡すこの海に、一隻の船が浮かんでいた。そのシルエットは一見すると歴史資料館にある様な屋形重の舟だが、近づいて見るとその違いに唖然とするだろう。

それは、排水量5千トンはある船で、興味のないものが見てもあらゆる所に未知の技術が用いられていることは一目でわかった。

 知盛が居城としている平家の旗艦であるこの船は、平家の威光を示すため僅か一日で築き上げた。そして博多大火災で負った福岡の傷をいやすための、人的インフラ全てに対する病院船としても機能していた。


「妙なもんをしこたま買い込んだ奴がおる?」

「はい、吉野様からの報告では、佐賀市中心部において、通信機器を中心に大量の機器を購入した人物を発見した模様です」


 秘書長から知盛に報告が入る。懸案事項の一つであったが、ある意味優先度の低い問題であった。

 ディスプレイに報告書が現れる、成るほど確かに様々な人物がカメラに映っている。だが、彼らには服装と言う共通点があった、気回しは工夫しているもののどれも同じ服のアレンジであった。


「ほー、涙ぐましい努力じゃのう。まぁ現地人は騙せても儂らには通用せんが」


 いや、正確には源氏のアンドロイド吉野には通用しなかったと言う事か、正直アンドロイドの技術では平家は源氏に劣っている。少数精鋭でやっている源氏と、大所帯の平家の差ではあるのだが、今後はアンドロイドにも力を入れねばならないと、かねてから知盛は提案していた。

 と、考えていると優雅にドアをノックする音が聞こえ、1人の男が入室して来た。ウエーブの掛かった金髪に、やや目じりの下った瞳、一言でいえば美男子と言って差しさわりのない男だった。


「聞いたかい!知盛君!あいつらが見つかったそうじゃないか!」

「あぁ、維盛(これもり)はん。たった今聞いたばかりじゃ、相変わらず耳が早いのう」


 そう言い、知盛はちらりと秘書の方に視線を向ける。秘書長はすまし顔だが、維盛が来るタイミングを計算して、こちらに報告を持ってきたのだろう。ここら辺の機微はアンドロイドではまだ足りないだろうと、彼は思いつつ。維盛と話を続ける。


「はっはっは、これであの小娘にようやく止めを刺せると言う事だね!知盛君!」

「くくく、あんま燥ぎなさんなや維盛はん、今となっちゃあの小娘の問題なんぞ些細なこっちゃ。兵站が確立しつつある平家の軍を前に、たった数人で何が出来るっちゅーんじゃい」

「おっと!いけない、いけないよ知盛君。その油断のおかげで博多では奴を取り逃してしまったんじゃないか」

「かはは、いやまったく。維盛はんの言う通り、そこは儂の不徳の致すところ。まさかあの状態の為朝が動くとは思わんかったんじゃ、流石は人界の鬼っちゅーことじゃったな」

「あぁそうだとも!それでだね!」

「皆まで言うなっちゅーことじゃ、維盛はん。牛若追撃の指揮を任せてほしいっちゅーこっちゃろ。儂もそう思っていたとこじゃ」

「そうかい!いやー話が分かる!」

「じゃが、注意してくれよ維盛はん。儂らは今の所世間の皆様に愛される駐留軍っちゅー立場で動こうとしちょるんじゃ、あまり派手な真似して現地の民草に迷惑かけたらあかへんで。

 それともう一つ、牛若は生かして捕える事じゃ。この二つの決まりが守れんなら任を出す事はでけへんな」

「んー、前半はともかく後半はどういった事なんだい?少し気になっていたんだが」

「あぁ、ウチに下った佐藤忠信からの条件じゃ。『姫さんの命を保証してくれるなら協力する』ってな」

「佐藤忠信?はっ!源氏を捨てた裏切者じゃないか、そんな奴の言葉を重宝してどうするんだい?一度裏切った奴はまた裏切るに決まってるよ!」

「まぁ、それも承知の内じゃ。じゃが奴ら裏切者たちが今回の作戦で重要な役割を果たしたのも確か、信賞必罰は組織の常。維盛はんには悪いようにせんからここは儂の顔を立てて引いてくれや」

「ははっ、ははは!まぁいいさ!あの小娘に生き地獄を味わせれると思えばそれも一興!いいだろう、今回は君の顔を立てておくよ!」


 そう言い彼は上機嫌で知盛の執務室を出ていった。


「相変わらずのお方ですね」

「あーそうじゃな。教経とは違った意味で喧しい奴じゃ」


 維盛が退出したタイミングで、秘書が差し出したお茶で喉を潤わせながら、知盛はそう答える。


「しかし、あのお方でよろしかったのですか?」

「ははっ、散々な評価じゃのう。じゃが儂の信じる駒は、儂以外では教経だけよ、他はどれも大した違いは無い、誰に任せても同じようなもんじゃ」

「それはそれは」

「そう、さっき言った通り。今では小娘の価値はその程度というこっちゃ。これは単に戦力的な意味じゃなく、大局的な意味でもじゃ。正義は我にありっちゅーこっちゃな」

「詳しい話はお聞きしませんが、そう心得ておきます」

「あぁ、まだお前さんに聞かせる話じゃないからの、そのうち聞かせたるは」

「はい、よろしくお願いします。

 ところで、先ほど『自分以外で信じるに足りる駒は教経様だけ』とおっしゃいましたが私達はその中に入っていないのですね」

「はっ、阿呆なこと言うな、貴様らは儂の右腕よ。下らんこと言ってないでとっとと働け」

「はい、かしこまりました」


 彼女はそう言って、お茶の代わりを注いだ後、見る人が見ればわかる程度の笑みを浮かべ、静かに秘書室に戻っていった。





 背振山脈の某所、人気のいないその場所で。ごくりと唾を飲みつつ、通信装置の機動スイッチを入れる牛若を見守る。

 その瞬間から、秒単位の勝負だ。現時点で通信は見つかったと思ってもいい。通信機が正常に作動する事を祈りつつ、静かに応答を待っていること数秒。音も無く緑のランプが点灯した。


「つながりましたでございます」

「でかした弁慶!こちら牛若!こちら牛若!応答願う!」


 喜びを抑えられない牛若が、必死に通信機に呼びかける。


「??……?…・・・って!牛若様!牛若様なんですか!ちょっとお待ちを今――」

「時間が無い、貴様……貴様与一か?」

「へ!?は!はい!与一です!八正技術――」

「よい!時間が無い貴様が兄上に届けろ」

「兄う…よっ頼朝さ――」

「こちらの状況を伝える、平家の襲撃を受けた、知盛と教経が来ている、GENとは数度交戦、生態については不明、以上」


 なんか、非常にアタフタとしてる向こうは無視し、落ち着いて最小かつ最大の事を伝える牛若。流石に場馴れしている。そして、数秒の空白と言う貴重な時間を費やした後、向こうから反応があった。


「牛若様、報告確かに承りました」


 それは、先ほどとは別の落ち着いた声だった。


「むっ?その声は政子殿か?」

「さようでございます、緊急事態の様なので挨拶は後ほど。それと、こちらからも頼朝様より伝言を承っております」

「兄上から?」


 頼朝さんから?定型文を用意していたのかと思うほどの早い対応だが?


「はい、『一旦本国に戻り報告せよ』です」


 帰還せよか、それが出来るならとうにやっているのだが、その方法もメインの技術・設備は吉野さんが抑えていたと言う話だ。


「なるほど、吉野がですか」


 それで、と小さな声が聞こえた、やはり向うでも何かあったのだろうか。


「大丈夫です、今最新のプロトコルをお送りします、弁慶は居ますか?」

「はい、こちらでございます」

「それならば、大丈夫です。今、データの送信中です、それに従い作業をお願いしま」


 ぷつりと、唐突に通信が終わる、時間が来たのだ。


「弁慶、図面は?」

「1割でございます」

「そうか、だが、通信機は正常に作動した、取りあえずここを切り抜けてから、邪魔の入らないところで再通信だな」


 そう言って、牛若は鬱陶しいそうに周囲を一瞥する、俺にはさっぱりだが、こいつには敵が見えているのだろう、そんな視線の動きをしている。その間に弁慶さんは通信機を収納し取りあえず逃げる用意は完了だ。


「牛若、八正はどうする?」

「んー、敵の出方にもよりますが、取りあえずは温存で、主殿はいつもの様に弁慶にお任せします」

「任されましたでございます」


 そう言って、弁慶さんにお姫様抱っこされる俺、うん、そうだね、何時もの事だ。

 そして、俺たちの準備が整うのを待っていたかのように、木々の間から何処に隠れていたんだと思うほどの兵士たちが現れた。


 牛若達とは異なるデザインの鎧を纏い、手には小銃を抱えている兵士たち。人間の兵士が中心だが、後方にはアンドロイドとみられる兵士もチラホラとみられる。

 その中で、人垣を割って隊長とみられる1人の兵士が現れた。

 そいつは何というか、派手だった。木曽義仲も派手だったがこいつも負けていない。白銀の鎧を身に纏い、装飾過多な太刀を佩いている。髪はきつめのパーマを掛けた金髪で、それを手串で書き上げた後、大仰に両手を広げこう言った。


「やぁやぁ、僕こそ――」


 ズガンと、何か言っていた金髪を蹴り飛ばし、周囲の兵士を無視し疾風怒濤の勢いで隠してあったカタパルトへ。一度とんだら後は弁慶さん作のピタゴラスイッチ、俺たちは一瞬で包囲を突破し、あれよあれよと言う間に、山向こうへ逃げ延びた。


「おい、牛若。なんか派手な人がいたんだが、知り合いだったのか?」

「さて、蹴りやすそうな頭をしていたので、あそこを基点に突破しましたが、まぁ目立ちたがり屋の一般兵でしょう。なにしろ相手にとっては、負ける気なしの残兵狩り。浮かれる者も多少は出ましょう」





「牛若様を取り逃がしたとお聞きしました」


 知盛の執務室に、1人の若武者が通された。彼の背後には2人の警備員が付いており、部屋に緊張感が張り詰める。


「あぁ、そうじゃ。貴様も耳が早い、いや吉野がおるんやったら当然か。のう佐藤忠信」


 知盛の指摘に、忠信は黙して語らない、その顔はやや焦燥感があるものの、瞳には力があった。


「……まぁええ、その通りじゃ。儂も維盛の事を過小評価しちょった、下には下があったとはな」


 くくくと、知盛は愉快そうに笑う。良きにしろ悪しきにしろ、彼の想像を超えて動いてくれる人間と言うのは数少ない。道化師としては中々の才能だった。


「そんで?貴様に牛若の追討を任せろと?」


 そんな彼には、忠信の言う事など手に取るようにわかる。彼の様に義理堅く生真面目な人物ならば尚更だ。


「はい、その通りです」


 だが、忠信もそんな事は承知の上だ。知盛の手の上で踊ることは承知の上で、彼にはやらなければならない事がある。


「牛若様は、本国との通信に成功したと聞きました。あの方にとって頼朝様は絶対の存在です。ならばこそ、頼朝様とお会いする前に、説得しなければなりません。

 あの方を、お救いするために」


 知盛は、その言葉を聞き、ニヤリと、笑う。

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