第27話 博多防衛少女

『――――――――!!!』

「主殿ッ!」


 世界が紅蓮の炎に包まれ――


「つッ!」


 ――焼け落ちる


 八正空間が強制解除され、通常空間へ戻される。八正空間で抑えきれなかった炎は通常空間の博多の街にも炎龍の舌となって現れる。

 大濠公園を中心とし、半径2km程の空間の所々に突如爆炎が立ち上る。その様な事態に対応できる人間など存在しない。平和な街は地獄と化した。


 真一は全身に重度の火傷を負い、人間体へと戻った。予定と違う、予定では使用する荷電粒子砲はだけだった。

 それならば、極度の疲労はあれど、真一は五体無事で終わるはずだった。


「主殿!主殿!」


 牛若は左手首に重度の火傷を負ったが、それに構わず真一に声を掛け続ける。掛け続けるしか出来ない。全身至る所黒墨となった彼は触れてしまうだけで崩壊してしまいそうだった。

 それは、傍に立つ弁慶も同じこと、彼女のスキャンでは佐藤真一は完全に死亡していた。彼女の所有する装備ではここからの蘇生は不可能だった。


「大将!嬢ちゃん!弁慶!」


 同じく強制解除された継信が、初めて見せる焦り顔を浮かべながら二人に駆け寄る。


「っち!おい屋島!出番だ!大至急!」


 彼にできることもなにも無かった、彼は待機している屋島に救援を叫ぶ。


「おい!屋島!どこ行ってる!返事をしろ!」


 だが、その叫びは空しく響くだけだった。


「くっ!何が起こって!」


「ーーーーーーッ!!!!!!」


 咆哮が上がる、継信がその方向を見ると、そこには全身至る所から煙を上げ、血を流す1匹の鬼が立ち上がっていた。


「……ウソだろ、旦那」





「どうしたどうしたッ!今の俺ならば貴様の様な雑魚ですら殺せるかもしれんぞ!」

「ちぃいッ!」


 鬼が拳を振る度に、血が周囲に振りまかれる。鬼が蹴りを出す度に、炭化した皮膚が剥がれ落ちる。その状態で「己を殺してみろ」と、鬼は笑う。

 まさにひん死の状態にありながら、なおも繰り出す攻撃は一撃必殺の威力が込められている。容赦、加減など出来はしない、気を抜くならば己が殺される。炎にまかれた大濠公園を背景に、1匹の鬼と若武者が拳を交えていた。


「勝負は終いだ!認めろ!あんたの言う雑魚に殺されかねん時点であんたの負けなんだよ!」

「殺せ!そう吠えるなら!殺してみろ!」


 実際に、継信が為朝と互角に戦えているのは、彼がひん死の重体であるからだ、彼がまともであれば、継信は拳を交える事すら許されていない。それほどまでの、天と地との差があった。

 だが――


(っち!なんて化け物だ!殺す気だ?そんなもん、最初っから全開だってんだ!)


 継信の拳がいくら、為朝を捕らえようと、その攻撃は全く効果が無い、それどころか


(もしかしなくても、回復してないか!この化け物!?)


 為朝の動きは、徐々に精彩を増してきていた。拳が、肘が、蹴りが、膝が、鬼に振るわれるたび炭化した皮膚が剥げ落ち、その下から艶々した瑞々しい皮膚が現れてくる。その度に若武者の振るう攻撃は効かず、弾かれ、ついには防戦一方になってくる。


「本物の化け物だってのかよ!」

「そうだ、そいつは化け物。世界の異分子、人の忌子だ」

「っ!?」


 突然差し込まれた、新たな声に、つい其方に気をやってしまい。ギリギリの状態で持ちこたえていた継信は為朝の一撃を食らい吹き飛ばされる。





「来いよ鬼。引導を渡してやる」

「貴様――」


 鬼が向けた視線の先には、髪を短く刈り揃え、燃える闘志を瞳に込めた、威風堂々たる若武者が立っていた。


「――教経(のりつね)か」


 鬼は歓喜の笑みを浮かべ、拳を振り上げる。


「全く、俺も戦の鬼とは言われるが、本物の考えはさっぱり分からん」


 教経は腰に佩いた剣を抜く。それは不思議な剣だった。素材は青銅の様な青緑をしているが、清く輝くその刀身に、青銅の野暮ったい重たさは無い。造りは直剣を左右に真っ二つにしたように不自然で、一見すると銃剣の様にも見えた。


「貴様が俺の死か!殺してやる!殺して見せろ!」


 鬼の拳が振り下ろされる。教経の剣が振り上げられる。それが交差し終わった時――


 ――立っていたのは教経だった。




「そうか、此処が終わりか、殺した、大いに殺し尽くし、殺された……満足だ」


 そう言い、為朝は袈裟に切られ絶命した。


「悪鬼羅刹の類と言え死なば仏。念仏の一つでも上げとくぜ」


 そう言い、彼は剣を持ってない左腕で片合掌を行った。





「ってめぇ!」


 為朝の一撃を受け、砕けた鎧を散り落としながら重体の身を無理矢理起こしながら継信が叫び――


「何故ここにいる」


 重く、小さく、静かな牛若の声がそれを引き継いだ。


 パチパチと木々が弾ける音がする、人々の悲鳴が、爆発音が、サイレンが鳴り響く、地獄絵図の中で、そのか細い声は不思議と良く響いた。


「何故やと?それは儂の台詞や小娘?」


 炎の中に光が生まれ、そこから長い黒髪をオールバックで固め、眼鏡を掛けた男が現れる。


「見ろ!貴様が!貴様たちが起こした光景がこれや!貴様らが巻き起こした!貴様らがこの世界に持ち込んだ光景がこれやッ!」


 眼鏡の男、知盛(とももり)はそう言い、紅蓮にまかれた背後の地獄絵図を指し示す。


「っち!違う!これは俺らの――」


「だぁっとれ三下!儂はそこの小娘と話しとんじゃッ!

 何故ここにいると聞いたな小娘!いいわ答えたるわ!儂らはな!この様な非道を巻き起こした貴様ら源氏の尻拭いにやって来たんや!」


 知盛はそう叫んだ。眼鏡の奥に冷酷な光を浮かべ、口元には隠す必要のなくなった笑みを浮かべながら。


「テメェッ!」


「罪人共を捕縛しろ!」


「了解です」


 ズラリと何処からか現れた完全武装の兵士たちやアンドロイドが牛若達を取り囲む。弁慶は真一を前に俯いたままの牛若を守るために、武装を展開し立ちふさがる。


「はっ、この数を前に何が出来るちゅーんじゃい。大人しく縛についとけ」


 知盛が腕を振り落としたのと同時だった。


 鬼の骸が――


 ――動いた


 為朝は炎と爆発でガラクタとなった弓を放り投げる。それはブーメランの様に射線上にある兵士たちを薙ぎ払い、一直線に牛若へと向かう。


「感謝いたしますでございます」


 弁慶はその隙を逃さず、牛若と真一の死体を抱え飛んできた弓に蹴りを放つ。強烈な反動が弁慶を弾き飛ばし、大濠公園の広大な池を水きりの石の様に跳ね跳んだ。


「生きてみろ、牛若」


 為朝の体は、弓を放り投げた反動で、上半身と下半身が真っ二つに分かれ、血と腸をまき散らし、地面に赤い円を描いていた。





「やられたな」

「左様でございます」


 ステルス化を使いひたすらに西へ西へ、牛若達は名も知れぬ山中へと身を隠していた。

 あの局面で平家が現れた、それですべてが分かった。義仲からの一連の不可思議な動きの裏には平家が居たと言う話だ。

 だが、それだけではない、ああも都合よく奴らが現れる事が出来たのは、こちらの計画を奴らに漏らした裏切者が居ると言う事だ、それはおそらく。


「伊勢と忠信か」


 荷電粒子砲を仕込んだのは伊勢だ、奴は間違いなく裏切者だろう。それと情報管理の全てを担っていた吉野も裏切者の線が濃厚だ。当然アンドロイドである吉野が、単独で裏切るとは考えにくいので、その主である忠信が、裏切っていると考えた方がよいだろう。

 となれば、忠信の到着が遅かったのに納得もいく、奴らはずっと以前から到着していたのだ。それを弁慶に悟られずに行動することなど、吉野の力をもってすれば容易い事だ。

 あの場に屋島が来れなかったのは、裏切者たちの妨害によるものであろう。継信の行動から見て、奴は裏切者でないことは分かる、裏切りを隠したまま行動できるような、器用な男ではない事はしっている。


 これからの平家の行動。知盛は、あの惨状が源氏が起こしたと宣言した。ある意味では間違ってはいないが、奴はこれからそのことを錦の御旗にし、事後処理の名目でドンドン兵を持ち込んでいくだろう。なにしろ奴らの転移装置ならば、一度に100の兵を持ち込むことも可能なのだ。使用頻度やコストがどの程度か知らないが、それだけの数があれば、十分にこちらの世界と戦を出来る。

 その結果は……。


「……まぁどうでもよいか」


 牛若は、そう呟き、膝枕をしている真一の髪をそっとなでる。皮膚も服も黒焦げで、染めもパーマも当てていない黒髪と同じ色をしていた。

 弁慶はそんな主をいつも通り黙ってみていた。それが彼女に刻まれた行動様式だ、何時も主人の傍らに立ち、主人を守り、補佐する、アンドロイドとしての彼女なりの矜持だった。


「少し……疲れた……」


 じくじくと熱を帯びる左手首。簡単な治療は施しているも、あえて完全治療せずにそのままにしている。これが治った際には歪な刺青のようになるだろう。

 もっとも、ソレまで無事でいられるかどうか、なにしろ敵には吉野がいる。彼女が本気になれば、彼女の目と耳は、この星の全てを網羅する。

 勿論レンジャー経験は豊富なので、その気になれば、いくらでも監視の手が及びにくい山中に隠れ続けることは可能だが。


「そんな気力をどう描き集まればいいやら」


 牛若は、膝枕した真一の髪の毛をそっとなでる、なでる、なでる?


「おい弁慶」

「なんでございましょう」

「何故、主殿の髪は無事なのだ?鋼糸ででも出来ているのか?」


 何しろ、八正世界の出来事と言え、あれだけの爆発を浴び、全身が黒焦げとなっているのだ、皮膚と同じタンパク質の塊である髪の毛だけが無事なのは謎だ。


「不明でございます。何しろ八正と同一した人間の焼死体のデーターなぞございません。

 いえ、申し訳ございません、訂正いたします。元焼死体のデーターでございました」

「なに?」

「なにか?」

「今何と、いや良い。そう聞けば、一語一句全て欠かさず繰り返すに決まっている。

 弁慶、貴様。元焼死体と言ったか?」

「さようでございます」

「主殿は生きておられるのか」

「原理は不明ですが、その様でございます」

「何故それを言わん?」

「お尋ねになさいませんでしたので」


「…………弁慶ーッ!!」


 牛若の叫びが、何処とも知れぬ山中に木霊した。


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