第12話 市長面談 2

「伊勢か、よくぞ無事にたどり着いた、大義であった」


 美綴の親父さん、もとい市長に続き入室した男、伊勢義盛に対し、牛若は労いの言葉を発した。その言葉は静かで冷徹さを感じさせるものだったが、牛若と手を重ねている俺には分かる。交渉の場と言うことで表面上は大人しくしているが、一皮むけばちぎれんばかりに尻尾を振っている状態だ。

 しかしこの男が伊勢義盛。こちらの世界においては、元は上野の野盗と義経四天王の中では異色の出自。武辺者の弁慶、奥州の名門佐藤兄弟ではカバーしきれない、汚れ仕事や謀担当の知恵者として描かれることが多い。

 一方牛若達の世界では、彼は牛若の教師だったそうだ。

元々は今の牛若の様な鉄火場仕事をしていたが、現役引退後教導係へ。そこで働いている時に牛若の父義朝の目に留まり、一時期牛若の教育係として武芸を中心に指導していたとのことだ。





「えっ?それじゃ全部終わっているんですか?」

「まぁ根回しの段階だがね」


 話し合いの場を美綴の部屋から応接間へ変え、向こう側の事情を一通り聞き終える。俺の間抜けな返答に、市長は軽く笑いながらそう答えた。よく見ると目の縁に疲れが出ており、その根回しにかなりの労力が必要だったことが見て取れた。


「いやはやまったく、この2週間は私にとっても驚天動地の日々だったよ」


 俺の様なガキではなく、存分に常識と理性を築き上げてきた大の大人が、異世界話なんて訳の分からないものに付き合わされて来たのだ。その苦労は俺の比じゃなかっただろう。

 伊勢さんの説明によると、彼がこちらの世界に到着したのは2週間と3日前、場所は鎌倉だったそうだ。初日は金銭及び衣服等の調達と言った潜入工作の下準備や情報収集、2日目は首都東京での拠点作り、そして3日目に事件が起こっているであろうこの都市に来たそうだ。


「伊勢さんの交渉術と言えば、よく言ってヤクザのそれでしたからねぇ」


 しみじみと語る市長に対し、伊勢さんは『時間が惜しかったので』と頼りなく微笑んだ。

伊勢さんは、先ず、証明が容易な自分たちの科学力(軍事力)を実例込みでアピール、その後、間髪入れずにGENの危険性についてこれでもかと説明したそうだ。

そんな風に鞭で追い立て逃げ場をなくした後に、飴を用意したと言う。


「飴、ですか?」

「ああ、それも飛び切り甘い飴だ」


 彼が提示した飴は、原子物理学。その中でも放射能の半減期についてのものだったそうだ。


「原発ですか!」

「その通り」


 彼の示した理論により、半減期の大幅な短縮が可能であると言うことが計算されたらしい。まだ絵に描いた餅の段階ではあるが、これが表に出ると原子物理学が数十年分は進化してしまうと言う話だ。

 微かに開いた扉から漏れた光だけで、今の日本が抱える懸案に強烈な明りがさしたのだ。これには期待してしまうし、甘えてしまう。その上で彼が要求してきたことが――


「黙認すること?」

「ああそれだけだ。散々脅した後に、飛び切りの飴を与え、安全な逃げ道を与える。驚くほどスムーズに事は運んだよ」

「……そんなものでいいんですか?」

「ええ、同じことを何度も聞かれましたけど、それで十分ですよ。正直な所、戦闘力や分析力で、こちらの世界の方々に回せられる仕事はございません。我々の行う行為を黙認してくださるだけで望外の幸せと言った所です」


 俺の不信感溢れる問いかけに対し、伊勢さんはそう答えた。まぁ確かにあいつ等相手では、こちらの世界の技術力では役に立たないので、こちら側が牛若達に差し出せるものと言えば、そう言う事になるのだろうか。

 しかし露骨に力を見せつけながらの交渉術とは正しくヤクザの如し、いや彼の来歴を考えれば野盗の如しと言うべきか。

 なるほど、こう言ったアプローチを聞かされると、先ほど俺につけられた点数が低いのも分からんではない。交渉と言うか唯の近況報告かなんかだ。





 なるほど、伊勢さんの行ってきた仕事の効果は絶大だ。これで後顧の憂いなくGEN対策に専念することが出来る。先着していた脳筋2人では届きっこない仕事をしてくれた。唯、個人的には要求が少ないような気もする。

 

「はぁ、見返りが少ないですか」

「あーはい。勿論予断を許さない状況ですので、話が早くまとまる事に異論はないのですが」


 ついつい思ったままに疑問を口に出してしまったが、圧倒的技術力を持った側が要求するには、かなり謙虚な要求の様に思える。


「まぁ、そのことで不審がられも致しましたが、この要求が一番早く通ると思ったのですよ。何しろ見て見ぬふりをして頂けるだけで済みますからねぇ」

「それはそうですが」

「そもそもそれ以上の事をして頂いても、手続きが増えるだけで、足かせになってしまいそうなんですよねぇ」


 まぁそれもそうだ、技術力と、ついでに常識が違いすぎて、お互い上手く連携を取るのは困難だろう。


「中には侵略の為の先兵だと仰る、想像力の豊かな方もいらっしゃいましたが」


 はははと、疲れたようにため息を漏らす伊勢さん。

 しかし侵略、侵略か。俺の場合牛若が本性を現した直後にGENとの戦いを経験したので、そんな事は思いつかなかったが、いきなり黒船外交みたいな事をされた人はそう思っても無理はないかもしれない。


「まぁ、銃の威力や原子物理学など分かりやすいものは、実物を見せれば話が済むのですが、八正や世界転移など、こちらの世界にない技術概念については、信じて頂くほかないですから厄介な所でしたね」


 まぁそりゃそうだ。『高度に発達した科学は云々』と言う有名な一文があるが。実際に牛若達と過ごしてきた俺でも考えることを放棄して、結果だけを受け止めることしか出来ない。


「あぁ、そうですね。初めての方もいらっしゃるので平行世界への転移について軽くご説明させていただきましょうか」


 そう言って、伊勢さんはテーブルに置かれたお茶で喉を湿らせた。


 演算装置八正、それはGENの脅威に当り源氏と平家が共同開発した次元を超える装置である。ユニットのコアに当る部分に平家が供給した機密物質が使用されており、それを制御・操作するシステムを源氏が担当している。

 その機能は先述したとおり次元操作。元は虚数次元に潜むGENを引きずり出す為の装置だったが、それを応用することで平行世界の観測そして跳躍が可能となった。

 だが、GEN対策の様な、同一世界において世界を裏返す事に比べ、平行世界への跳躍は八正のメモリを多大に使用し、極々小規模の効果範囲となる。

 八正空間の展開では使用者にもよるが半径数百m単位まで展開し十数人の同行が可能であるが、平行世界への転移では高層ビルサイズの強力なバックアップを使用しても、使用者ほか1人程度の転移が限界である。


「つまりですね、こちらの世界での宇宙飛行と同程度かそれ以上のコストをかけて、漸く数人送り込めると言った程度でして、コストとリターンを比較してもこちらの世界を侵略するメリットなんて無いんですよ」


 そんな事したら、自国が干上がりますと、伊勢さんは苦笑いをする。

 軍事力的には侵略、いやもしかすると世界征服も可能かもしれないが、此処で得た戦果を本国に送るたびに大赤字だし、荒廃した向こうの世界から移民を送り込むにしても大赤字と。

 おまけに、知識や技術と言った重量のないものにしても、向こうの世界の方がはるかに進んでいるので意味が無い。

 要するに、態々莫大なコストをかけてまで、こちらの世界に来て得られる、最大にして唯一のものはGENの調査だけと言うことだ。

 冷酷な言い方をすれば、向こうの世界にとってこちらの世界の価値とはその程度のもの、宇宙に漂う小惑星程度でしかないと言うことだ。


 

「……最後に、どうして今まで牛若に顔を見せなかったんですか」


 疑問、彼が登場してから感じていた最大の疑問を口にする。継信さんは真っ先に牛若の元に駆けつけたし、何より継信さんが転移してきたことを弁慶さんが真っ先に感知していた。


「いやぁ、情けないことに、転移直後に色々故障してしまったようで」


 伊勢さんは、申し訳なさそうに頭を掻きながらこう語った。

 そもそも、八正と言うのは機械の癖に持ち主を選ぶ性質があり、使い方さえ学べば誰でも扱えると言う訳ではないらしい。八正への適合力が低かった伊勢さんはプロトタイプと言うか簡易版と言うか、機能の制限された物しか使用することが出来なかったと言うことだ。


 『年ですからねぇ。こちらの世界で言うらくらくフォンの様なものですよ』と冗談交じりに行っていたが、まぁ牛若と弁慶さんが否定していなかったのでそう言うものなのだろう。

 今回の様な任務の場合、八正装備の人間とそれをサポートする弁慶さんや屋島さんのような完全自立型アンドロイドのツーマンセルで任務にあたる。しかし、伊勢さんの場合、彼の八正のキャパシティの問題から、演算能力と収容力のみを備えた式鬼(しき)と呼ばれる旧世代のサポートユニットを連れて来ていた。


 因みにその式鬼の外見だがパッと見は唯のスーツケースにしか見えない。現地に溶け込めるように多少外見に手は入れたようだが、もともと自走能力の付いた唯の箱らしい。勿論その演算能力はこちらの世界のスパコンなんか足元にも及ばないし、収容力も四次元ポケットクラスなのだが。それらの能力も弁慶さん達には及ばないらしい。


「つまり、式鬼の一部機能が故障した結果、こちらとの合流が難しくなったので、予定の任務遂行を優先したと」

「いやぁ、そういう事になりますね。めんぼくない」

「そして、伊勢さんの持つ八正は出力が弱いので、弁慶さんも感知できなかったと」

「まぁ、地味人間でして、申し訳ございません」


 年齢を感じさせる目じりの皺を深めながらそう頭を下げる。何というかトコトン腰の低い人だ。

 以前聞いた牛若の話とは、少し、いや大分印象が違う。まぁ牛若の話では鬼眼(きげん)とか言うレンジャー養成機関の教導を務めていた時代の話がメインだったので違和感があり過ぎる。『戦場の死神』とか『英雄』とか言った、数々の渾名はみじんも感じられない。唯の人のいいおじさんにしか見えない。

 

 伊勢さんの表情は終始変わらない、相変わらず疲れたような、困ったような、気の抜けたような、覇気のない顔をしている。しかしその口調はこちらを安心させ、心の隙間にするりと入ってくるような心地よいものだ。その印象は、こんな冷酷な言葉を浴びせかけられていると言うのに変わりがない。

 『戦場の死神』『英雄』『野盗』、違う、どれも違う。彼と会話した結果俺が得た感想は『悪魔』だ。心地よい言葉使いで人々を魅了し、気が付けば後戻りのできないところまで追い込んでしまう、そんな魔物だ。牛若の味方なので一安心だが、全く気を抜けそうにない。


 ごくりと唾を飲み込む。GENとの戦いとは違った汗で背中が濡れる。なんで牛若の関係者たちはこんな面倒くさい奴らばかりなんだろう。唯の学生が相手をするレベルじゃない、正直誰かに押し付けて楽になりたい気持ちが無くはないが、それはそれで楽にならないこと位分かる。

 と言うか、俺の胸の中に牛若の八正が鎮座している時点で、もう牛若達とは一蓮托生だ。もっともそれを公言したら面倒くさいことこの上ないだろうから、少なくとも滅多矢鱈に言いふらすつもりはないが。





 取りあえず、市長との面談は終わり解散となった。晩飯のお誘いを受けたが、牛若と伊勢さんの間でのすり合わせを先行しなければならないので丁重にお断りした。





「先生!よくぞご無事で!!」


 市長宅を出てすぐ、牛若が伊勢さんに抱き付いた。その姿は年齢差もあり久しぶりの親子の対面と言った微笑ましい光景だ。

 牛若と暮らしてきて分かったが、こいつは一度認めた相手にはトコトン信頼し気を許す。たまにそれが行き過ぎて、味方を過剰評価し、限界の2・3歩上を行くトンでも作戦を立案実行してしまうと言う悪癖があるそうだが、お疲れ様と言うかご愁傷様と言った所だ。

 まぁ俺も幾度となくその被害にあっているので、現在進行形で他人ごとではないが。



「佐藤さん、あー我が社の佐藤兄弟と紛らわしいですね。真一さんと呼んでも宜しいでしょうか」

「えっいやいや、呼び捨てで結構です」


 牛若による歓迎の儀が一通り済んだ後、伊勢さんが俺に語り掛けて来た。


「そう言ったわけにはいきませんよ、貴方は私たちの世界とこの世界をつなぐ重要なアンカーであり、なにより今まで牛若様の面倒を見ていただいた人物ですからね」


 そう言い、今までの困ったような、窮屈な笑みと違い、彼は優しく、柔らかく微笑んだ。


「いやぁ、それにしても牛若から聞いていた人物像と大分違ったので困惑しましたよ」

「はて、何の話でしょう」


 キョトンとした顔をした伊勢さんに、『戦場の死神』などの話を語ると、彼は何時もの困ったような顔を浮かべこう答えた。


「現役時代はそうしなければ生き残れませんでしたからねぇ。私は只々、死にたくなくて必死だっただけですよ。教導になってからも同じこと、部下に死んで欲しくなくて必死にやっていただけです。今の私が素の私ですよ」


 彼はそう言い、自分には決して手の届かない貴いものを見るような視線を前を歩く牛若に向ける。


「あの、昔の牛若ってどんな奴だったんですか?」


 彼の視線の先にいる、光を放つ牛若に触れたくて、ついそんな質問を投げかけてみる。


「そうですね。私が牛若様の指導に当たった時は、彼女が10を数えた時でしたか。私はその少し前に任務でミスを犯してしまい、体の半分を義体で補う事になってしまいました」


 その様子はさっき市長の部屋で見せてもらった、一人蚊帳の外の美綴へのサービスの面が多かったが、弁慶さんのトンでも機能と伊勢さんの高機能義手を披露してもらったのだ。


「その件もあり、前線を引退し教導部へと回して頂いたのですが、そこに現れたのがまだまだ幼さが抜けない彼女でした。他の候補生が20代前後の中、彼女はその半分ほどの歳にも関わらず、素晴らしい成績を誇りました。

 無論体力や筋力と言った面では上位には及ばないものの、それを補って埋まりうる戦術眼と戦闘センス、そして何より天性ともいえるカリスマ性を備えていました。

 彼女こそは、真に英雄と呼べる存在です。彼女に比べれば、私は死から逃げ回っていただけの臆病な凡人に過ぎません。そんな私が彼女の育成に微力を尽くせたことこそが私の自慢ですよ」


 伊勢さんが、静かに語ってくれた話には、長い時間を前線で過ごしてきた戦士の厚みと重さがあった。彼自身様々な二つ名がつくほどの歴戦の戦士だったのだ。臆病者と言っていたが戦場を生き抜いてきた自信や誇りもあっただろう、それが牛若と言う天才に出会い根底から揺さぶられた。それにどれ程の葛藤があったのか想像すらできないが、今はそれを大切な思い出として抱えていてくれている、そのことになぜか俺は安心感を覚えたのだった。



「はぁーーーーーーーー」


 疲れた、今日は疲れた、晩御飯もそこそこに。早々に自室に戻った私はベットに倒れ込む。只者ではないと思っていたが、只者どころではなかったと言った所だ。

 私の予想よりも、あの馬鹿2人の予想の方が近かったとは笑えなくて笑えてくる。何もかもがごちゃごちゃの頭の中で、微かな希望と言えることは。佐藤君たちが帰った後にお父さんと交わした会話だ。


『……なんだったの結局』

『ふむ、さっきの会話の通りとしか言いようがないな。それに里美もその目で確認しただろう?』

『……確かに、あれを手品と言うには無理がある事は分かるわよ。けど、けど!』

『混乱するのは無理もないがね、しかし私は、先ほどの伊勢さんと佐藤君の会話で少し安心したよ』

『安心?』

『ああ、さっき伊勢さんが言った通りさ。私たちの世界では確立されていない技術概念である平行世界についての話について裏が取れたことさ』

『どういう事?』

『私に確認させるためにワザと佐藤君を話し相手に選んだのだろうけどね、伊勢さんと再会して気が緩んだ牛若さんの反応を見れば、少なくとも彼の言っていた事は向こうの世界ではごく当たり前のことであることが分かったよ』


 アレが当たり前と言うことは佐藤君が侵略者の手先として利用されている事ではない。つまり、彼がこの世界の裏切者として糾弾されることは無いと言うことだ。それだけは安心できる。いやそれだけしか安心できないと言った所でもある。

 荒廃した平行世界の地球、想像できないほど科学力の発展した地球、思い出したくないほど不気味で危険な敵。佐藤君はそんなものに巻き込まれて行ってしまう。

 今日の様子を見ても彼は完全に牛若さん達の世界よりの視点で、この問題に相対していた。この問題がいつ片付くか分からないが、彼の気質なら中途半端な所で抜けることは無いだろう。


 私はもう一度大きなため息をつき、ベッドにうつ伏せになった。

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