第6話 戦い終わって

「現場となった構内からは損傷したガス管が発見されており――」


 決戦翌日、不思議空間を解除した後速やかに気絶した俺は、異様にすり減った体力やら精神力やらに足を引っ張られ、朝を迎えても布団から抜け出る事すらかなわず、二度目の弁慶さんによる看病生活を送っていた。もっとも、冷たく眼鏡を光らせあれやこれやと多数の検査をしてくるその姿は看護と言うより、実験対象を見る研究者のそれだ。まぁ俺に起こった、あちらの世界の常識に照らし合わせても非常識な現状を解明するために、必要最低限の処置と言ったところだろう。


「また、地下水からは高濃度の――」


 俺と弁慶さんはその様な時間を過ごしているが、牛若と言えばまったく元気なもので。朝っぱらからやっていたゲームが一段落ついたのか、今は駄菓子を食べながらネットにご注進中だ。


「ところで、さっきからテレビで物騒なこと言ってないか?」


 テレビでは出来たてほやほやの美味しいイベントと言った感じで昨日の事件の事を取り扱っている。もっとも現実世界ではGENだと言う正体不明の白い化け物の事なんかには触れてはいないが、それでも当時構内にいたほぼ全員が一斉に気絶した大事件だ。

 今回も幸いに死者は居なかったが、警察消防は元よりテロ発生を疑い自衛隊の化学防護隊が出動したそうだ。


「必要最低限のアフターケアーをしただけでございます」

「……」


 やはりと言うか何というか、弁慶さんの口から不穏な単語が聞こえてきた。GENが危害を加えるのは生物だけだ、二次被害で様々な事故が生じる可能性は多々あるが、ガス管やら地下水やらに被害を及ぼすものではない。


「ガス漏れ事故の演出、長期的な健康状態へ配慮しつつも人目に引く物質の地下水への混入、その他この世界の化学力では分析不能のトリックを幾つか仕込ませていただいてございます」

「……その心は?」

「アフターケアーでございます。他の表現では隠ぺい処置とも言いますでございます」


 こんなことも分からないのかこの男はと言った視線を投げつけてくる弁慶さん、いや表情は変わってないので、自意識過剰なだけとは思いたいが。


「分かりやすい原因、特殊な原因、奇妙な原因、不思議な原因、大小様々なトリックを仕掛けてきましたので、為政者は納得しやすい原因をチョイスして結論を下すものと思われます」


 木を隠すなら森の中でございます、と言ってのける弁慶さんだが、嘘の焼き畑農業と言うか火のない所に絨毯爆撃と言うか、関係各所に多大な迷惑をかけてしまう事になるのではと思うが、嘘も方便で済むのならそれに越したことは無いだろう。





 色々と考えだした佐藤様を寝かしつける、平凡な学生が異世界とのトラブルに巻き込まれたので心労があるのだろう。何時までも悩んでないですっぱりと割り切って欲しいものだが私が言っても詮無きことだろう。

 ……しかし、マニュアル通りの隠ぺい工作を行ったつもりだが、こちらの世界の文化では違和感があるのだろうか。私は直接戦闘支援を主目的として運用されており、情報戦については門外漢なので……なにかあった時はその時に考えよう。


「おい弁慶、主殿はお休みになられたのか?」

「はい、お食事後に服用された薬が効いてきたようでございます。バイタルは安定しておりますので、明日には通常通りの活動が可能でございます」

「ふむ、それならば一安心だな。主殿は我々に比べ基本スペックは劣るので繊細に扱ってくれ」

「了解でございます」


 佐藤様の体調を慮ってか、彼が寝静まった後に寝室に顔を出した牛若様と会話を交わす。しかしこれほど他人に気を遣う牛若様を見るのは非常に貴重な事だ。触れれば壊れてしまう繊細なペットでも飼育している気分なのだろうか、昨日の戦働きは何時もと変わらぬ様子だったので、不安は残るがひとまずは安心と言うことにしておこう。



 


「おはようございます主殿、お加減はいかがですか」

「おはよう牛若、おかげさんでもうすっかりだ」


 横になりっぱなしで凝り固まった体をほぐしながら挨拶をかわす。台所からは弁慶さんが朝食の準備をする音が聞こえ、窓からは爽やかな朝日が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえてくる、全く平和な一日を感じさせる気持ちいい目覚めだ。

 それにしても、ウチのアパートが2LDKでよかった。築30年かつ立地も不便で彼方此方痛んではいるが、スペースだけは余裕があるので3人で暮らすのも問題ない。特に意味もなくむやみに広い家を借りて正解だった。まぁこんな愉快な生活を送ることは全くの想定外だったが、ゆとりある生活と言うのは大切だ。しかし、3人暮らしになってからほぼ寝たきりの被介護生活だったので、別室で牛若と弁慶さんがどんな生活を送っているのか分からないが、まああっちは長い付き合いらしいので問題ないだろう。





「それで、何か分かった事はあるか?」

「否でございます牛若様。GENに対しても佐藤様の胸中の八正に対しても新たに判明した事実はございません」


 朝食後、また3人で会議をすることとなり、牛若が口火を開く。議題は今後のGEN対策と俺の中で稼働している演算装置八正についてだ。一昨日の大学での戦いで膨大なデータ収集が出来たものの、それを解析し結論を出すには何もかも足りないと言うことだ。


「GENに対しちゃ受け身にならざるを得ないだろうが、八正はどうなんだ?出来る範囲で協力は惜しまないぞ」

「ええ、勿論協力して頂く予定でございます。しかしそれは私の仕事ではないでございます」

「弁慶さんで無理なら誰が出来るって言うんだ?」

「私は戦闘支援が主目的でございまして、情報分析は専門家には劣ります。ですので安全かつ効率的に分析を行うのはその者の方が適切でございます」

「んー、だからその人はどっから連れてくるんだ?」

「本家への救難信号は送っておりますので、そのうち現れるのではないでしょうか」


 と、いつも通りの真顔で返される。牛若もさも当然と言った顔だ。ちょっとこのコンビは戦闘特化すぎるんじゃないだろうか。あっちの世界はなんでこんなバーサーカーを送り込んだんだ。


「むー、まぁ主殿がご不満なのはわかりますがー」


 と、牛若が珍しく煮え切らない口調で会話に入り込んできた。


「某達も出来る事なら大規模な調査隊を送り込みたかったのですが、様々な制約から先ずは少数での偵察と言うことになったのですよ」

「だとしても、お前たちに対する負担が大きすぎるだろ」

「いやー、それが出発した時は4人だったのですよ」

「4人?後の二人とはまだ合流できてないのか?あっ!その2人が情報分析担当なのか!」

「えぇ、そうですねぇ。その2人が担当でした」

「……でした?」

「えぇ、でした」


 そして俺は牛若達が向こうの世界を出発して、こちらの世界へたどり着くまでの話を聞いた。

 まず、異世界におけるGEN調査隊として選抜されたのは4人。そのうち戦闘担当として選抜されたのは牛若と弁慶さん。その他に事務方の調整役として梶原さん、そして梶原さんの補佐として情報・化学分析能力に長ける石切さんと言うアンドロイドが付いていたそうだ。


 異世界へ出発したのは4人、だが到着したのは2人だった。異世界への旅とは俺がモンハンの世界へ入った時に通った道の様に、上下左右も分からなく主観時間もあやふやになる出鱈目空間を、出発点の転移装置と到着地の目印(今回は俺)を結ぶ頼りないロープに沿ってちっぽけな八正の灯りを頼りに旅するものだそうだ。勿論途中で道を間違ったら次元の狭間とやらで永遠に迷子生活を送ることになる、常人なら真っ先にお断りする類のデスゲームと呼んでも良さそうなものだ。


 そしてその旅の途中で梶原さんと石切さんはロストした、だがただ単に道に迷ったのではなかった。敵襲があったそうだ。


「敵襲?」

「はい、敵襲です、おそらく相手は彼奴等、GENだと思います」

「だとって、分からないのか?」

「ええ、弁慶と合流後に確認したのですが、弁慶のデータバンクにも『襲撃があり撃退した』としか残ってありません。某が覚えているのはエラーの音と敵を切った手ごたえだけです」


 まぁ、俺に嘘を付いてもどうしようも無いだろう。ともかく正体不明の敵を撃退したものの、その時に梶原さんと石切さんはロストし、この世界にたどり着いた時には弁慶さんとも離れ離れになってしまったと言うことだ。


 見知らぬ世界で独りぼっちになってしまい、尚且つ武装や身の回り品も襲撃で無くしてしまうという状況に陥った。だが、手ぶらでの単独潜入など慣れたものだったらしく、また言語も通じるし八正も無事と言うわけで、救難信号を送った後は気持ちを切り替えバカンスの気分で異世界生活を満喫していたそうだ。


 ところで、離れ離れになってしまった弁慶さんについてだが、彼女は牛若よりも少し後、具体的にはあの路地でGENと戦った日の2日前に、ここ北九州から遠く離れた北海道は旭川近郊の山中に到着したそうだ。そして牛若の救難信号を頼りに色々な手段を使い駆けつけたと言うことらしい。

 たくましいと言うか何というかコメントに困るが、とにかくそんな成り行きだったそうだ。


 しかし梶原と言う名は気になる、こちらの世界で牛若丸、源義経にまつわる人物で梶原と言えば梶原景時だ、逸話は多々あるが源氏側の敵役として義経失脚のキーパーソンであることは確かだ。


「牛若、梶原さんって言うのはどういった人なんだ、亡くなったのは確かなのか?」

「ええ確かですがって、あー、まぁ気にするなと言うのは無理かもしれませんが、そちらの世界とこちらの世界とは似て非なる世界なのです。そちらと違いこちらでは某と兄上の関係は悪くはありませんし、梶原殿とそりが合っていたかと言えばそうでなかったですが、彼の人柄はともかく能力は評価していますよ」

「……そうか、済まない」

「私からも補足でございます。梶原様は完璧主義すぎるのが欠点ですが、事務能力は非常に高く、今回の調査隊のリーダーとして欠かすことが出来ない人物でございました。石切も私と製造目的は異なりますが共に未知なる世界へと旅立つに値するすぐれたアンドロイドでございます」

「はい……すみませんでした」

「もうよい弁慶、それ以上主殿を虐めるな」

「了解でございます」


 ぺこりぺこりとお互い頭を下げる、以前牛若に言われたがついつい比較して考えてしまう。彼らは彼らの世界を生きる自立した人物なのだ。

 

「じゃぁ現状は……」

「ええ、口惜しいですが待ちの一手ですね。まぁ八正が正常に機能していると言うことは現状では大きな安心点です。救難信号を受けた本家がいつ救助隊なりなんなりを送ってくるかは分かりませんが。主殿と八正、二つの基準点があるのでより正確な時空間座標を設定できます」

「んー、ちょっとした疑問なんだが、よくあるタイムパラドックスみたいなことは起こらないのか?」

「タイムパラドックスですか?」

「ああ、お前と弁慶さんの到着時間がずれたように、お前が来た日より前に着いてしまって一切合切解決してしまって、お前が来る必要が亡くなったとか言う事にはならないのか?」

「あー、そう言う話ですか、主殿は小知恵が回りますねぇ。ですが大丈夫です。某が来た時点で楔は打ち込まれましたから、到着が遅れることはあっても時間を逆戻ることは無いそうですよ」

「そうなのか?」

「ええ、某も専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、出発前のブリーフィングでそう説明されました」


 弁慶さんの方を見ると無言で頷かれた。まぁ俺もSF化学について詳しい理論を聞かされても理解することは出来ないだろうから、そういう事だと納得しとこう。


「じゃぁ質問ついでにもう一つ聞いておきたいことがあるんだが」

「なんですか、主殿」

「八正について聞きたいんだ。この装置は一体何なんだ?」


 そう俺の胸に埋まり俺を生かしてくれている、演算装置八正。一連の事態の最大級のキーアイテムとでも言うべきものについてだ。


「んー、正直某達も詳細については知らないのですよ。まぁ兄上から直々に『これは非常に希少な物質を用いて作られた特別な装置故、心して取り扱うように』と手渡された次第でして。使用方法は熟知しておりますが、その他は秘中の秘となっております」


 ふーむ、まぁ末端の兵士がそこまで詳しく知る必要なしと言う事か。しかしまぁそんな貴重な装置を渡して重要な任務に派遣するのだ。頼朝さんは厳格な人のようだが、さっきの話の通り、そちらの世界では兄妹間の信頼関係は確かなものと言うのが感じ取れて嬉しくなる。


 しかし、これを聞いてまた疑問が一つ浮かぶ。まぁこの疑問自体は心の片隅に以前から引っかかっていたものだが、聞く機会を逃していた、いや正確には聞くことを恐れていたのかもしれないが、思い切って流れに乗って聞いてしまおう。


「あの牛若、最後にもう一つ聞きたいことがあるんだが」

「はい、某に答えられることならば」


 牛若は、いつも通り自然体でそう返した。


「この八正が大事な装置なのは分かった、だったらなぜそれを使って俺を助けてくれたんだ。それも、一か八かの賭けにまで出て」


 そう、もしこれを無くすような羽目になれば、下手すれば元の世界に帰れなくなってしまったかも知れないのだ。希少性と帰還のリスク、それと俺の命が釣り合っていたのか正直よく分からない。いや正直な所とてもじゃないが、唯の学生の俺の命と英雄である牛若の命運とでは重さが違いすぎて心苦しくもあるのだ。


 牛若の目を見る、いつも通りの澄んだ瞳が真っ直ぐに俺を見返してくる。思えばこいつと知り合ってから少なくない時間が過ぎた。出会いは突然で突拍子のない行動に振り回されてきた。何時も茶化して付き合ってきたが、そうでもしないとこいつの目は眩しすぎる。


「なんだ、そんな事ですか」


 牛若は、いつも通り自然体でそう返した。


「兄上は別格として、某に勝ち逃げしようなぞ許しません。主殿には借りを返すまでお付き合い頂きますよ!」


 牛若は、いつも通りのどびっきりの笑顔でそう言い返した。

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