45話 蘇る田中

 よく耐えたご褒美だと、美人CA様が俺のお尻に。




「アッーー!」




「あ、やっと目を覚ましたぜ?」




 天国から目を覚ますと、真っ暗だった。


僅かな明かりに照らされる壁。 岩壁だ。 ズキズキ痛む目で辺りを見渡すと、すぐそばに入口も見える。 どうやら雨から逃れて洞窟で休憩しているようだ。




「うぅ……」




 無造作に硬い地面に寝かされていたようで、体中が痛い。


それとも蛇に巻き付かれたせいか? 骨とか折れてないだろうか。




「今日はここで野宿かな」




「だなぁ。 火をどうにかしないと……」




 むさい男どもが話し合っている。


荷物を降ろし上半身裸で話し合いをしている。 日焼けした肌に無駄な肉の落ちた引き締まった筋肉。 苦楽を共にしてきた彼らは仲がいい。 親友か戦友といった感じ。


 俺のような寄生虫には縁の無い言葉だ。




「太陽も隠れてるし、薪も濡れちまってる……」




 火が起こせないのか。




「蛇も焼かないとマズイよな?」




「おっさんなら生で喰いそうだけどな……」




 談笑する彼等。


俺は乾いた喉を水で潤す。 染み渡る温い水。


 頭にかかっていたモヤがとれ、状況を思い出してきた。


それと同時に焦りも出てくる。




(迷子になっちまったんだよな……)




 しかも俺のせいで。


なんだこれは、謝ったほうがいいんだろうか。


 でも上手く切り出せない。 楽し気に話す彼らを見つめることしかできない。


ニートだった期間が俺の社交性を完全に奪っている。 いや、元からそんなものは無かったけど。 てかまだニートだけど。 




「はぁ、はぁ、だめだ。 点かないな……。 誰もライターとか持ってないよな?」




 火起こしか。


マッチもライターも無しじゃ難しいよな。 雨も降ってるし。


 おっさんは木の棒だけで三十秒くらいでつけちまってたけど、やっぱ凄いんだな。




「俺もやってみるか……」




 男どもが集めてきていた薪をちょっと拝借。


おっさんが火をおこす時にやっていたことを思い出しながらやってみる。


ポケットからおっさんにもらった石製のナイフを取り出し、薪の表面を削っていく。 


 表面は濡れていても中は乾いている。




「うーん、たしか切れ込みを入れるんだよな」




 なんとかそれっぽい物ができた。


あとはひたすら回したらつくんだろうか?


 手を前後させ木の棒を回転させていく。




「……」




 洞窟に雨の音と手を擦り合わせたような、シュルルっといった音が響く。


何度も、何度も繰り返す。 額から落ちた汗が、目に入り沁みる。 




「あっ……」




 木の棒で擦っていた穴に汗が入ってしまった。


せっかくイイ感じだと思ったのに。 体を起こし一つ溜息を吐いた。


 だけど音は止まない。 周りで他のやつらも諦めず火をおこしている。




「ふぅ……」




 手が痛む。 だけどもう少しやってみるか。


どうせ他にやることもない。 硬い地面じゃ寝てもよけい疲れる。


 俺も上着を脱ぐ、ポッコリお腹が出るが気にしない。


どうせ野郎しかいないんだ。 気にしてもしかたあるまい。




「ふんぅ……ふんぅ……」




 疲れる。


腕が、疲れる。 腰も痛い。


 こんなに大変なの? 火をおこすのって……。


いつもは誰かがおこした焚き火にあたるだけだったから分からなかった。


 そもそも、電気やガスがあれば火の心配なんてしたことなかったし。




 諦めてもいいんじゃないか?


誰かがつけてくれるだろ。 今までと一緒だ。 誰かがやってくれるはず。




「くそ……」




 頭に浮かぶ考えに吐き気がする。


空腹だからかもしれない。 疲れが出ているからかもしれない。


 なんにせよ、他人任せの負け犬根性丸出しの自分の考えに吐き気がする。




 俺は一心不乱に棒を回し続ける。


周りの音が聞こえなくなるほどに、どれだけの時間回していたか分からない。




「……おい、おいってば!」




「んあ?」




「それっ! 火種ができてるぞ!!」




「!」


 


 煙だ!


木くずから火種が上がっている。


おっさんが火起こしをしながら説明してくれていたけど、木くずの方から煙がでたらOKだって言ってた。




「あぁ、なんかに、移さないと!」




「ほらっ、これ使え!」




 なにかフワフワした塊を渡された。


それに火種をそっと落とす。 俺は慎重に、優しく息を吹きかける。




「あちっ!」




 急に燃え上がった火を投げそうになるのを堪える。


野郎どもが用意していた小枝の焚き床の上にのせる。




「よし、いいぞ。 後はまかせろ!」




「お、おう……」




 俺が作った火種を消さないように、焚き付けを足しながら息を吹きかけ大きくする野郎ども。 




「よし! もう大丈夫だろう。 よくやったな!!」




 バンバンと、上半身裸の男に笑顔で肩を叩かれた。


正直な所、馴れ馴れしいのも、体育会系のノリも苦手だ。


 小学四年生で始めたサッカーも六年生の時には辞めるくらい苦手だ。


中学は囲碁部の幽霊部員で即時帰宅。 高校はもうね、帰宅部だよね。




「……はは。 火起こしくらい楽勝だよ……」




「ぶはっ、めっちゃ汗だくで強がるなよ。 しかし意外と根性あるよなぁ、田中!」




「だなぁ! さすがおっさんと一夜を共にしただけのことはあるな!!」




 なんだその誤解を招きそうな言い方は。


その後は初めての蛇の解体をやらされ、汗だくの体を雨で流した。




「おお、気持ちいい……」




「やっぱ男だけだと、気兼ねしなくていいな」




「だなぁ、水辺じゃ女子に気を使わないとだからな」




 裸身の野郎どもは恥ずかし気もなく、雨で汗を流している。


温泉も銭湯も行かない。 男同士とはいえ、裸になるのが恥ずかしい。




「田中も汗を流せよ! 臭いぞ!!」




 臭くないし、カメンムシの臭いなんてしないし!




 トラウマは蘇る。 


あれは中学時代。 まだピュアなハートを持っていた俺に起きた悲劇。


 まだまだ男子と女子の境が曖昧な、甘酸っぱい青春時代。


乱雑に置かれたジャージの中から、女子の一人が言ったんだ。


「私のジャージどれかなあ?」


そこにさらに女子が素晴らしい回答をする。


「匂い嗅いだらいいよ!」


 そこでどうしてにおいを嗅ぐという回答をチョイスするのか。


素直に名前を確認すればいいだろう? 学校指定で名前入りなんだから!




「うわっ! こえっ、カメンムシの臭いがする!!」




 名前入りのジャージを掲げ、その女子は声高らかに宣言する。


このジャージの主はカメンムシの臭いがすると。


 そう俺だよ、田中だよ。 カメンムシ田中の爆誕である。






「おら、洗ってやるから早くこい!!」




「うぅ……」




 トラウマでおかしくなっていた俺は野郎共に連れられ雨の中で脱がされる。




「こ、こいつ!?」




「――マグナム!?」




 再び蘇るトラウマ。


俺を脱がした奴らの表情。


中学時代、俺をからかってズボンを脱がしたやつらと同じ、驚愕の表情をしている。




 宝の持ち腐れ。


俺の未使用品はとても立派なのだ。




「く……。 約束だからな、洗ってやるよ……」


 


「え?」




 これが友情なのか?


男たちは自分を拭いたであろうタオルに石鹸をプラスし、泡立てた。


 そして俺を洗い始めたのだ。




「うああ……」




「お前ちゃんと洗ってるのか? 汚いぞ!!」




「ひぃい、アカが凄い取れるぅう!」




 雨が俺の浮いたアカを洗い落としてくれる。


なんだか少し、軽くなった気がする。




「アアーー!!」




 誰だ、俺の玉を弄る奴は!?


大変だ。 この野郎どもの中に、変態がいるかもしれない。


 俺は新たなトラウマを抱えそうになりながら、眠れない夜を過ごすのだった。






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