38話 ボディタッチしてくる女は俺に気がある
水場の拠点。
バナナをメインに沢からも食糧を手に入れ、拠点の整地も順調に進んでいる。
三十人以上の大所帯。 トイレを作り、寝床や使いやすいカマドを作るだけでも時間はかかる。
そのうち自然と、六人ほどのグループに分かれた。 イケメン君の所は少し多く、おっさんの所はすこし少ないが。
「なぁ……いいだろ?」
「ほえ? 何がですか??」
そんな拠点のうちの一つ。
夜も更けグループで焚き火を囲み食事をしている。
簡単な物だ。 バナナを焼いたもの、バナナの葉に包んで蒸し焼きにした魚、食べられる山菜を見つけカニと一緒に塩で煮込んだスープなど。
多少の慣れと水と食料の確保、十分とは言えないが僅かに余裕ができた。
「なにって……もちろん、この後だよ?」
「……?」
そのせいだろうか、男は女を口説いていた。 女の方はそのことに気付いていないようだが。
木で作った長椅子に隣同士で座る、近くに座っても嫌がらない。
それどころか女のほうからのボディタッチも多い。
今もこちらを上目遣いで覗いてる。 漂ってくる匂い。
甘くてイイ匂いだ。 女の色香とでも言えばいいのだろうか。
「ほら、行こうぜ!」
我慢できない男は女の手を掴み、手作りの無駄に手の込んだ壁付の寝床に連れて行こうとする。
その寝床は一人を想定した物ではない。 四本の太い支柱を深々と地面に埋め込み、体重を支えられるような頑丈な横木を探しきちんと切れ込みを入れ、ガチっと合わせて縛り付けてある。 寝床の床板には細くて頑丈な枝を無数に探し、その上から葉を敷き詰めバナナの葉で覆う。
屋根もバナナの葉を使って十分な高さを確保し作った。 さらには外からの視線と風をカットする横壁も完備。 そんなにバナナの葉を持ち帰ってどうするのかと訝しがられながらも往復したかいがあるというもの。
まさに情熱が宿った逸品である。 ……情欲かもしれないが。
「おい……。 やめろよ」
「あっ、美紀ちゃん。 おかえりなさい〜」
「ちっ……」
邪魔者が現れた。
男はつい舌打ちをしてしまう。
「ふぅ……」
現れた邪魔者は溜息を吐いていた。
女とイイ感じになるといつも邪魔をしてくる。
ナイト気取りの、黒髪ショートヘアの女だ。 男は邪魔者がいない隙を狙ったのだが遅かったようだ。
「あのさ、亜理紗にその気はないから。 もう無駄な努力やめたほうがいいよ?」
「は? 何言ってんだよ! お前がいつも邪魔しなけりゃ、とっくにうまくいってんだ!!」
男は女、ひらひらのピンク服に落ち着いた茶色のハーフアップの髪。 美人ではなく可愛い系でしかもちょっと天然。 特筆すべきは甘い匂いと、その胸元を押し上げる豊満な胸。 しかも人懐っこく距離感が近い。 ついつい男は自分に気があると勘違いしてしまった。
「邪魔すんなよ!!」
男はつい怒鳴り声を上げてしまった。
すぐに人がくるだろう。
男は苛ついていた。 砂浜から離れ水場の拠点にきて、男よりも女の比率の方が高い。 これなら自分にも……。 などと思っていたのに、実際はイケメンの取り巻きや機長について来たCA達を除くとトントンか男の方が多いのだ。
しかし男には希望があった。
とあるおっさんという実例があったのだ。
若くてスタイルのいいエロそうなギャルを連れ込むおっさん。
俺もああなりたい。 そんな思いで、辛い無人島生活を頑張ったのだ。
「俺だってえええええ!!」
男は泣き叫び崩れた。
元来ここまで感情の起伏が激しいタイプではない。
しかし、現実から目を背けるように頑張った結果が報われない。
その事実は男の感情を大きく揺さぶってしまった。
「はわわ! だ、大丈夫ですかっ!?」
「……いいから。 あっち行こう、亜理紗……」
他のグループの者達からは白い目で見られる。
いや、すでに水場の拠点ではといったほうがいいだろうか。
『真面目に働いていない』『男に媚びを売っている』『キャラ作り過ぎ、キモイ』
働いていない、という訳でもない。 少し珍しい物を見つけるとフラフラと興味を惹かれてしまうだけ。 男女関係なく距離感が近いし。 キャラを作っている訳では無く天然なのだ。
「……」
しかし、それを理解し許容してくれる人は多くない。
彼女もまた自分と同じく人の群れに馴染めない。 そう黒髪ショートヘアの女は思っている。
(亜理紗は私が守らなきゃ……)
彼女にその気はなかったかもしれない。 けれど亜理紗は私をかつて救ってくれたのだからと。 泣き崩れた男の代わりに彼女の手を取り歩き出した。
夜の風は冷たく、地面で寝るのは厳しい。
寝床の空いている場所を求めて、二人は彷徨う。
◇◆◇
「ん……?」
何か悲鳴のような、断末魔のような、男の心からの叫びが聞こえた気がした。
焚き火から離れた場所に張った鳴子に反応はない。 気のせいか。
しかし、夜もだいぶ遅くなってきているが、まだ眠くない。
「フゴォ……フゴゴォ……」
イノシシもどきのような鳴き声でいびきをかく田中一郎。
さきほどのことがあったのにすぐ眠れるとは、大物か。
これは結構真面目な話。 サバイバルで睡眠をとれるのは需要だ。
メンタル面ではなかなかに優秀なようだ。
「もう食べられないっす……デュフフ……」
小川で冷ました肉は解体し、あばら骨の肉など持ち運びしずらい部位は食べてしまった。
湿度が高いから食料の保存には向かない。 持ち帰ったらすぐに乾燥させて燻製にすべきか。
「三十人もいたらすぐに食べちゃうかな……?」
独り占めする気はないし、救助が来るまで気持ちを保つためにも美味い物は重要だ。
もちろん、自分やギャルたちを少し優遇はするけど。
「明日は雨かな……」
頭上の星は輝いている。
眠れない時間を使い、俺は色々なことを考えていた。
一つはこの森の危険性。 緑が濃く危険な蜘蛛や棘の植物など、それに先程のイノシシもどきもいる。 判別のしずらい芋やキノコなどもある。 なにより水が綺麗ではない。
良い所もある。
「美味い。 これはまた取りにこないとな」
野生のイチジク。 美味しいだけでなく栄養も豊富。
デンプンを含むヤシ。 サゴヤシに似た樹木もまだまだ生えている。
イノシシもどきだって貴重な肉だ。 動物性たんぱく質は生きていく上で欠かせない。
「ただこれ以上奥に行ってもなぁ……」
この先は更に森が厳しくなる。
蔦のカーテンは視界を狭め、湿地に潜む毒虫や、深い場所には危険な大型生物がいるかもしれない。 森の探索は一旦ここまでにしておくべきだろう。
シュッ。シュッ。
「……」
折れてしまった石斧の柄を新しく作っている。
きちんと滑らかにしないと、マメができやすい。
しかし、危なかった。 イノシシもどきの突進。
一歩間違えれば、死んでいたかもしれない。
「ふぅ……。 戻ったら少し大人しくするか」
そう呟きつつも、沢の上流や島の反対側はどうなっているのか?
溢れてくる好奇心を紛らわす様に、道具作りに没頭するのだった。
「デュフフ……お肉が欲しかったら、俺に従えぇ……フゴォゴォゴォ!」
「うるせぇなぁ……」
いびきと寝言のうるさい田中一郎。
明日は馬車馬の如く働いてもらおうと決意した。
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