32話 ハニートラップ


 陽の落ちた水場の拠点。


森に向かったおっさんの帰りを待たずに、辺りは暮れていく。




「おっさん……」




「……大丈夫、きっと何事も無かったように帰ってきますよ?」




 おっさんの帰りを心配するギャルを、お嬢様が優しく慰めていた。




 多くの者たちは夕食の準備。




「魚そろそろ焼けたかな?」




「……いいんじゃない?」




「英斗君! 焦げちゃうよ!」




「ああっ、すみません!」




 イケメン君もまた、心ここにあらず。


せっかくの川魚を焦がしそうになる。 それほどまでに気にしているのだろう。




 森に入っていく後ろ姿は勇ましく、憧れを抱く。


自らの危険を顧みず、未知の森へと足を踏み入れる。


 それは一体何のためなのか。 




「山田さん……。 無事で帰ってきてください」




 おっさんの奇行に助けられたことを思い出し、イケメンは無事の帰還を願う。 






◇◆◇






 一方のおっさんは、ハニートラップに引っかかっていた。




「く……。 今日はもう移動は無理だな。 とりあえず、寝床を確保しよう」




 高い木々に囲まれ、分厚い樹冠は暗闇を濃くする。


今日の寝床となる場所を探すおっさん。 




「しかし、良い物が採れた。 これはギャルたちも喜ぶぞ……!」




 はたして、お土産に喜ぶよりも心配させたことで怒られるほうが濃厚だろうか。


おっさんは手に入れた黄金色に輝く天然の甘味料を見つめ、袋に入れたそれをバックパックに戻した。




「一箇所刺されちまったな……。 まぁ痒い程度だし、複数刺されなくてよかった」




 蜂。


ミツバチに刺された場所をなめるおっさん。


刺された場所は赤く少し腫れていた。




 道に迷ったおっさんは斜面を下り沢にでようとしたが一向に見つからない。


そこで高い木、カジュマルの木に登り上から見つけることにした。


 そしてハニートラップに出くわしたのだ。


高い木の太い枝の間に作られた蜂の巣だ。




「くふふ。 待ちきれないぜ」




 おっさんは一緒に食べようと、一口しか食べていない。


 蜂の巣を見つけたおっさんは、まるでどこぞのクマプーさんのように採取するべく動き出した。 方法は至ってシンプル。 煙を焚いてミツバチを弱らせ掴み取る。


怒ったミツバチが襲ってくるかもしれない。 その為の対策としておっさんはとある生物の巣を探した。 実際にはほとんどが驚いて逃げて行ったのだが。




「ついでにこいつもゲットしたしな」




 今日の晩御飯だと言わんばかりに、デカイ蜘蛛の入った缶を揺らす。 背には人の苦悶の表情の浮かぶ謎の蜘蛛だ。


 おっさんが利用したのは蜘蛛の巣。 ミツバチは蜘蛛の巣を怖がるのだ。


大量に集めた蜘蛛の巣を防護服ばりに張り巡らせ、煙を焚きミツバチを弱らせる。 そんな作業を木の上で行っていたらすっかり時間が経ってしまっていた。




「ここでいいかな……」




 おっさんはまた木に登った。


木の上で夜を明かすつもりのようだ。 


 木の枝の溝で焚火をし、木の枝の上で眠る。


虫や野生動物から最低限は身を守れる。




「ふむ!? 卵つきか、当たりだな!!」




 素揚げにした蜘蛛の腹には卵があったようだ。


おっさんはその濃厚な味わいにご満悦の様子。


一般人からしたら狂気の宴にしか見えない、木の上の晩餐会は続く。




「おぉ、タランチュラ。 こいつも旨いんだよな」




 一人になったことでおっさんの遠慮は一切ない。


木の穴にいた大きな黒い蜘蛛。 大きな牙があり気持ち悪い毛が生え八個の目に見つめられる。 もしそんなモノと目が合ったなら、ギャルたちは悲鳴を上げたに違いない。 おっさんにとっては貴重な食料でしかないけれど。


 箸で捕まえ、火で炙り、毛を焼いてかぶりつく。




「おふっ! カニっ、カニだわぁ……。 濃厚なカニの味!」




 おっさんの宴は続いていく……。






◇◆◇






 おっさんのいない夜が明けた。




「帰ってこなかった……」




 ギャルは呟く。


顔色は悪くほとんど眠れていないようだ。 となりの寝床では小さな寝息を立てるお嬢様。


 ギャルは朝焼けの空を眺めながら、ため息を漏らした。




「おっさん……帰ってきてよ……」




 不安に押しつぶされそうなギャルは、寝床の上で体育座りに顔を埋めた。


鼻を啜る音。 泣いているのだろうか? 僅かに肩が震えている。


 僅かに聞こえる沢の音、木々の囁きと虫たちの声に紛れて足音が聞こえた。




「よお。 大丈夫か? 酷い顔だぞ……?」


 


「……っ!」 




 埋めた顔を上げると、何事も無かったように帰ってきたおっさんにディスられるギャル。




「おっさっ――!?」




 焦って転びそうになるギャル。


そんなギャルをおっさんは抱きしめる。




「……ただいま」




 おっさんの胸の中で、ギャルは呟いた。




「……おひゃ、おかえりっ、――おっさん!!」




 離れようとしないギャルの感触を楽しみながら、おっさんは寝床にギャルを運ぶのだった。


 そんな二人を見つめる二人の男女。




「山田さん……よかった……」




「なんなのよ……」




 ともに心配していたようだが、見つめるその表情は異なるようだった。




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