9話 にわか雨

 

 バナナ美味い。

頬張りながら、夕暮れの砂浜を歩く。

 地平線に隠れようとする太陽は、近くの雲をオレンジ色にして空を染めていた。

頭の上の空はまだ青く、曇り雲も合わさり幻想的なコントラストを描いている。


「……いいから、こいっ!」


「やだ、離してっ!」


 簡易に作った寝床のある拠点に近づくと、男と女の喧騒が聞こえた。

一人は水を渡した黒いキャミソールのギャル。 そのギャルの手を掴むのは元カレか。


「ひろきが悪いんでしょ!?」


「うるせぇ!! いいから、こいよ!」


 男の怒声にギャルは体を震わせる。

痴話げんかは止めて欲しい。 関わりたくもないが、寝床でやられては止めに入るしかあるまい。


「おい?  男、連れ込むなよ……まぁいいや、バナナ採ってきたから食べるだろ?」


 驚く二人を通り過ぎ、寝床に腰をかける。

男はギャルと俺を交互に見て、俺を睨みつけた。

 男が何か言いかける前に、バナナを揺らし続ける。


「食い物とってきたんだから、早く今朝の続きしようぜぇ。 うひひ!」


 我ながら酷い。 昔見たアニメのやられ役のようだ。


「ああ? 何言ってんだ、おっさん! ふざけてんじゃねぇぞっ!?」


 激昂する男。 

顔をやたら近づけ怒鳴る。 ツバが飛んで汚いんだけど、マジ最悪。


「別にふざけてないが? 男に浮気されたとかで寂しくしてたから、優しくしてやっただけだろう?」


 血管が切れそうなほど怒ってる。

そう言えば昔、女上司にお前は人を怒らせる天才だと、褒められたことがあったな。


「てめっ――」


 男は俺に掴みかかろうとするが、ギャルはその前に男の手を思いっきり振り払った。


「いい加減にして! リサはここにいるから、もうどっか行ってよ!!」


 ギャルの剣幕に男は仰け反る。 俺も少し驚いた。


「なっ……。 俺は、心配して……」


 ギャルの瞳に浮かぶ涙。 零れ落ちそうなそれを見た男は黙り去っていく、俺をめちゃくちゃ睨みつけて。


「……ごめんね」


 ギャルの呟きを消す様に、涙の跡を隠す様に、無人島に雨は降る。

ポツポツと葉を叩く音は次第に大きくなった。

 次第に風も強くなる。




「あ、ありがと……」


 寝床にまだ屋根が無かったのですぐ作る。

ヤシの葉を掛けただけの簡単な屋根。 それでもないよりはマシか。

 少し濡れてしまったが、寝床に二人で腰を掛ける。 ギャルは震えていたのでウインドブレイカーを掛けてやった。 加齢臭がすると言われたら、どうしよう。


 雨の創る音だけが響く。

陽は沈み辺りは暗く、雲で月明りも無い。

 騒がしくも静かだった。


「ね、水集める?」


「そうだな。 空のペットボトル貸してくれ」


 自分の分は満杯に入っている。

さんざん沢の水を直接飲んだが、残りは一応煮沸しようと思う。 念のため。


 大きな葉っぱを漏斗にして水をペットボトルに集める。


「止んじゃったねー……」


「だなぁ……」


 あまり溜まらなかった。 二十分も降っていなかっただろう。

にわか雨だったようだ。


「あのさ……さっきさ」


「ん?」


 ギャルは膝を抱え小さな声で喋る。

雨は止み森からは夜の虫たちが騒ぎ出し、よく聞こえない。


「リサが寂しそうにしてたから、優しくしてくれたの?」


 小首を傾げこちらを見るギャル。

雲が晴れ、月明りに照らされる。 濡れた髪、頬を滴る雫。

 瞳はまた少し潤んでいる。


(は? 何これ?)


 分からない。 この状況が、何と答えればいいのか、分からない。


「……捨て猫みたいだったから?」


 なんとなくそう思った。

 ふらふらと近寄ってはシャーと鳴く。

近づけそうで近づけない。 でもどこか寂しそう。


「……なにそれ」


 ギャルはそう言って反対を向いてしまった。


(くっ、間違えたか!?)


 ギシリと木製の寝床が揺れる。


「……可愛かった、てこと?」


 俺のすぐ横に座ったギャルは上目遣いでそう呟く。

可愛い息遣いも分かる距離、ギャルはゆっくりと目を瞑る。


 これが無人島マジックなのか?

俺は髭がジョリジョリし始めた顔を近づける。

 ぷるんとした口まであと少し。



――――カタカタカタカタカタカ!!


「「っっ!?」」


 突然、俺の背中が鳴りだす。

背に背負ったバックパックの中だ!

 緑色の缶に入れた蛇が暴れまわっている。


「きゃっああああ!?」


 首根っこを捕まえた蛇を見せると、ギャルが悲鳴を上げた。

駆けつけた機長とイケメン君に尋問され、ギャルは女性グループの元へ。


 二日目の夜もまた、一人寂しく更けていく……。


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