憧れ

「ううん……」

「げぴぃ」

「ふん、まさかこんなガキどもがイービルとはな、見間違いかと思ったぞ。……流石に三人は無理だな」


 全身を黒い衣服で覆い、目元さえもが闇で隠されている男は、三人ものイービルを相手に一方的な虐殺を行った。文字通り瞬きの間に一人を気絶させると、残り二人も赤子の手を捻るが如く組み伏せてみせた。そして今はその内の一人に跨り、拳銃で頭部を打ち抜いていた。惨事を予想して目を覆ったダイは、銃撃音が聞こえないことを疑問に思い様子を窺った。すると出血といったものは見られず、ただ気絶しているだけに見えた。同じことをもう一人に行うと、三人目には触れずその場を去ろうとした。


「な、お前俺の仲間になにをしたんだよ」

「さあ、答えると思うか。それに……」


 最後に残ったイービルは後ずさり、ついには背を見せて逃げ出した。だが願いが叶うことはなかった。無防備なイービルの後頭部にレナードの蹴りが炸裂し、そのまま路上に転がった。


「……テメエの心配をしとけってんだ」


 レナードは服を払うとその場を後にする。しかしそこに声がかかった。


「待って、待ってくれ!」

「うん?」


 振り返ったレナードを見て、ダイは呼び止めたことを少し後悔した。目元を隠す真っ黒なマスクや、只ならぬ気配を目の前に、足の震えが止まらない。


「なんだ、小僧」

「お、俺、俺に……、た、戦い方を教えて、教えてください!」

「はあ」


 間の抜けたレナードの返事、だがダイは本気であった。目の前の男がヒーロー、少なくとも自分が知るそれとは趣を異とする存在だというのは理解している――まさかイービルだとは考えてはいない――が、それでもいい。今はこれしか縋るものがない、間違いなく強者に懇願できる機会などそうそう無いのだから。とは言え返答は概ね予想通りであった。


「冗談じゃない、子守なんぞしてられるか」

「……俺は子供じゃない」

「年の話じゃあない、戦場で震えているのは餓鬼の証だ」


 射抜くような目線に、思わず目を逸らしたくなるが、ここで引いては話が終わってしまう。だからこそ勇気を振り絞り、睨みつけてみせた。


「……そうか、強くなりたいのか」

「そうです」

「そりゃあ結構、ヒーローらしい、良い答えだ」

「――なら!」


 手を差し伸べてきたレナード、喜色を浮かべて近寄ろうとするダイ。その瞬間、ダイの本能とも呼ぶべき勘が足を止めさせた。


「どうした、来ないのか」


 穏やかな声色と対象的に、隠そうともしない殺気。先程イービルを相手取っていた時にも出ていなかったそれを、真っ向からの放射を浴びて一歩が出ない。ついには進むどころか、一歩後ずさってしまった。


「あ……」

「残念、不合格だ」


 なんとも思っていなさそうに、適当に言葉を発したとしか思えないやる気の無さ。レナードは今度こそ夕闇に溶けていった。ダイは呆然と立ち尽くし、やがて帰路についた。


 次の日の朝、ダイは学校に行く支度を終えたあとで、自宅の居間で母とともにテレビを見ていた。内容は学校でも人気の「フィニッシャー」、シュレインの話題であった。凶悪なイービルを三人、倒し街の平和に貢献したという。戦闘の模様は一部ではあるが、啓発やヒーローの地位向上のために公開されており、今も繰り返し再生されている。これは昔からの、ヒーローとイービルが対等にあった時代からの、一種の伝統である。

 確かに凶暴で、凶悪なイービルがシュレインに翻弄されている。息をもつかせぬ連撃で、ゲイルという名のイービルが崩れ落ちた。今日も学校に行けばこの話題で持ちきりだろう、そう思う一方でダイはやや冷めた表情でテレビを見つめていた。いつもであれば彼も尊敬すべき、目標にすべきヒーローの活躍に興奮していたことだろう。しかし今はどうにも、シュレインが、鮮烈な活躍が滑稽にすら思えた。どうにもヒロイック過ぎる、無駄が多いように見える。間違いなくダイにはまだ至らぬ高みの、恐るべき戦闘技術ではあるのだが、それでも今のダイには色あせて見える。それはおそらく昨日の邂逅、真の戦闘者とも言える存在を目にしたからであろう。シュレインは全力で、レナードは相当に手を抜いて、そういう違いがあって尚、レナードの圧というのはダイに大きな衝撃を与えた。それはややもすれば、彼を誤った方向に導きかねない衝動であり、一つの核心を孕んだ――。


「大丈夫、ダイ。時間は」

「――時間、ああ! 大変」

「ボウッとして、最近多いわよね。なにかあったの?」

「ううん、なにも」


 悟られまいと足早に家を出て行くダイ。父が早くに死に、母一人で育てられたダイは、なるべく早く一人前のヒーローになり、恩返しをしたいと思っているので、余計な心配だけはさせまいと心に決めている。

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