結果

「――やられたな」

「坊っちゃん!」


 砕けたシャンデリアの傍らに佇むシュレイン。音声を聞いて駆けつけたナリアンが話しかける。


「奴、レナードは」

「逃げたよ」


 指差す方は砕けた壁。ここに逃げ込んだイービルとの戦闘で壁に亀裂が入っていたようで、レナードでも簡単に壊せたようだ。追いかけようともしたが、すでに姿は見えなかった。慌てていたせいでナリアンも追跡は出来なかった。


「上にイービルが倒れている、警察を呼んでくれるか」

「……分かりました」


離れていくナリアンを見送りながら、やっとのこと仇敵に出会えたこと、目的に近づけた実感と、まざまざと見せつけられた実力差を感じていたシュレイン。能力によって不利を突きつけられたことは間違いないが、戦ったことからの推測では能力を失った状態でも力は五分。ではなぜあそこまで一方的にやられたか、ただただ実力の乖離。足の運び一つ取っても先手を許した、弛まぬ訓練を積んでいるからこそ、一見してやる気無げに見えたレナードの動きに、培われた戦闘経験が滲み出ていた。つまり言い訳のしようがない程の、完敗。生半な時間では埋められぬ差に思え、歯を食いしばるシュレイン。そうしているとナリアンの歩いてくる音、ハッと我に返り手伝いに向かう。

その後は警官を呼び、引き渡したところで任務が完了した。警察を含め共闘したヒーロー(特にミレイ)や市民からの歓声、それらはレナードの存在を知らないがゆえに、完璧に達成された仕事ぶりに感動しているのだが、シュレイン自身はそれを素直に受け入れる気にはなれなかった。とはいえ一ヒーローとして、笑顔を崩さず手を振って屋敷へと帰って行った。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 翌朝、レナードは再び朝からガウンを来て書類と睨み合っていた。正面にはテレビも付いているが、そこでは昨日のシュレインの活躍を大々的に取り上げていた。ゲイルは間違いなく市民の脅威であり、あれを打倒できるヒーローは限られる。しかし報道の中にレナードの事は一切触れられない。カイルという、ゲイルの取り巻きの男はシュレインが駆けつけた時すでに、レナードの儀式を受けてその能力を失っていた。

 シュレインはその事を、イービルがただの人間に戻ることに否定的な気持ちがある。立場の都合上、方々の影響を考え、はっきりと口にすることはないが。それは警察上層部や、一部高官の間でも意見が別れている案件であり、基本的に捕らえられたイービルは一般人よりも重い刑に処される事が多い。それは犯罪の重大さもあるが、市民がイービルの再犯を恐れ、また収監の難易度の高さからの傾向である。だからこそ無力な人間になった以上は、それらの問題が解消されたことになるが、公にできないからこそ、理由付けに無理が生じる。であるからシュレインは、イービルがただの人間に戻る事自体が問題であると考えている。そこに個人的な理由が無いとは言えないが、同じ意見を抱えている者は他にも居る。いわゆる強硬派に属する者が多いのではあるが。そういった問題についても沈思黙考しながら、昨日の戦いに付いて考えていた。

 昨日帰ってからというものの、シュレインは休むこと無く自宅にある訓練室で鍛錬を行っていた。かなりのオーバーワークであり、ナリアンに幾度となく制止を受けたが聞く耳を持たず、結局気絶するまで追い込んでしまった。その事自体を反省すれこそ、間違ってはいない、今まで以上の訓練が必要だと考えているシュレイン。顔を上げ、部屋の中央にある大きなザ・トップの彫像を見上げる。


「僕は……、ザ・トップの息子だ」


 誰にでも無く呟いたシュレイン。ナリアンは気を利かせて今日は近くにいない。今は朝食の準備をしている。

 一つ、昨日の一件でシュレインが分かったことがあった。それは今まで漠然としかイメージできていなかったレナードについてである。ザ・トップを打ち倒すイービル、イービルを狩るイービル。悪魔のような姿すら想像していたシュレインにとって、レナードの実際の姿はその想像を大きく壊す落ち着き、数多く見てきたイービルとは一線を画す存在感。それに見合うだけの圧倒的な実力。ある種尊敬の念すら覚えていることに、苛立ちを感じるシュレイン。


「――シュレイン様」

「どうした」

「朝食の準備が出来終わりました」

「……もうそんな時間か」


時計を見れば、確かに前に見た時は五時を指していた短針が、七の数字を指していた。


「すぐ行くよ」

「畏まりました」


 手早く書類を片付け、食堂へと向かう。テレビを消し、暗くなった画面に自分の顔――自身でもどうかと思うほど暗い――が映った。強張っていた頬を叩き、気分を切り替える。彼は自分の中で、レナードに対する思いが、怒りが膨らんでいくのを感じており、その事に恐怖を覚える自分を、無意識に考えないようにしていた。

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