断罪人

 視線の先にいたのは一人の男、薄汚いトレンチコートを羽織って、濡れたようにウェーブの掛かった黒い長髪で顎には無精髭、顔には鼻から目までを真っ黒なマスクで覆っている。穴が開いている様子はなく、どうやって物を見ているのかわからない。だがそれは確実にクーピーを見据えていた。

 カビラーンが抱えられながら叫ぶ。


「お前は……、『断罪人』!」

「……だせえ名前で呼ぶなよ」


 断罪人と呼ばれた男は頭を掻きながらクーピーらに近寄る。


「糞っ、なんか臭えと思って来てみたらこんなことかよ……。買い出しは日を改めりゃよかった」

「断罪人、んん?聞き覚えがあんなあ……。ま、いいか邪魔だよおっさん」


 そう言うとクーピーが手を捻る、しかし何も起こらなかった。


「……あれ、おかしいな」


 今度は首を捻る。


「相殺……? テメエもサイキッカーかよ、面倒くさいな」


 そう言うと虚空に顎をやる。すると何もないところに砂埃が舞い、トレンチコートが靡いた。しかし男にぶつかると、何もなかった場所から人が現れた。

 その男は素っ頓狂な声を出す。

 

「あれ?」

「……透明なのがバレたくねえからって、素手はねえだろう」


 透明“だった”男は後頭部に肘を喰らい倒れる。


「はあ、こんな雑魚かよ。本当に厄日だぜ、『呪い』もいい加減堪らんぞ」

「な、なんだお前!」


 クーピーが狼狽える。


「ははは! 驚いたか! その男には特殊能力は『何一つ効かない』ぞ!」

「大声でバラすんじゃねえよ」

「断罪人……、断罪人! 思い出した、テメエ、アグリオン・レナード!」


「……野郎に呼ばれても嬉しくねえよ」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 体育館で待っていた生徒たち、すると突然横の扉が吹き飛び、男が転がり込んできた。


「ぐがっ、糞、糞が! 化けもんが!」

「ピーピー鳴くな、ぼけ」


 クーピーが倒れ込んできた男で、それにゆっくりと迫るレナード。胸ぐらを掴むと、腰に手をやる。掴みだしたのは『拳銃』。古めかしいリボルバー拳銃だ。それをクーピーの額に突きつける。


「信じている神はあるか?」

「な、なにを」


「どうだ?」

「や、やめてくれ……!」


 拳銃を向けるレナードの顔はマスクで何もわからない。


「なあ」

「な、ない! なにも!」


「そうか」

「ひっ」


 引き金に指をかけ、ゆっくりと引く。


「――俺もだ」

「――」


 引いた銃からは弾は出なく、空砲であった。しかしクーピーは恐怖により白目をむいている。


「……ふん」

「まだやっているのだな、その『儀式』は」


「お前、なんだっけ。見覚えがあるような……」

「カビラーンだ! 出会ったことがあるぞ、その時は一撃で“のされた”がな! はっは!」

「自慢することじゃないでしょう……」


「儀式じゃねえよ、これも必要なことなんだ」

「うむ、そうだったような……。しかし不思議だ、弾が入っていないと分かっていてもそれをされると皆気絶してしまう」

「そういう能力なのか……?」


「お喋りする気はねえぞ、俺は帰る」

「む、そうか! だが礼は言わねばなるまい、有難う!」


 そう言うと腰を九十度に曲げたカビラーン。


「僕からも、礼を――」

「いらん」


 立ち去っていくレナードにミルクルが声を掛ける。


「礼を求めるでもなく、じゃあなぜ?」

「――『日課』だ」


 そうして去っていくレナード。


「うむ、相変わらず謎の多い男だ!」

「それじゃあこいつらを縛ろうか……」


「ふうむ、一応必要か」

「一応?」


 首を捻るミルクル。


「あいつの銃で撃たれたものはな、『普通』になるのだ!」

「普通?」


「そう、“能力を失う”のだ!」

「馬鹿な……」


「勿論、条件はあるらしいが今回のは間違いないだろう!」

「そんなことが……」


 やがて現れた警察に連れて行かれたクーピー達だが、驚くほど静かに聴取に応じたという。まるで『憑き物』が落ちたように。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 男は路地裏を歩く。汚いトレンチコートを羽織る男は不機嫌そうに空を見上げる。


「漸く晴れたか、遅えんだっての」


 そのまま窓の割れたレストランに入ると、湿気た顔の店主に注文し伸びたパスタを頬張る。

 その後には父親と子供が食事を取っていた。子供はザ・トップのコミックを読みながら。


「……ふん」

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