仕事開始

 オブレイナが言った、この部署の通称「わんわんヒーロー」とはそのコミカルな響きに対して、名付けられた理由は面白みのないものだった。

 そもそも警察内にある、ヒーロー適正のあるものたちによって構成された部署は、別にある。それらは公に認知され、また公然と職務を敢行している。ではここは何のために存在しているのか、つまるところ『汚れ仕事』を担っているのだ。社会的、政治的に打倒が困難な相手を対処するために生まれた組織である。いざとなれば切り捨てられるような立場で、尚淡々と仕事をこなすさまを、イービル達が皮肉った呼び名なのだ。

 はっきりいってここにいるというのは、将来の出世を絶たれたようなものであり、そうなることに心当たりのあるクレインは、オブレイナのこの説明に強く納得していた。


「それで、お前の能力は『発火』だったか」

「……はい」


 クレインの能力、手も触れずに火を起こすことが出来る。しかし有り触れた力において、彼の持つそれは異端であった。ふんぞり返って座るオブレイナは、手元にある紙を見て話す。


「瞬間温度、“最低”2000度から3000度。持続時間は最高1.5秒……、ふん。随分と物騒な力だ」

「……ええ」


 クレインは自身の能力が嫌いであった。極端な、暴力的な力。とても生産的とはいえず、容易く振るうには凶悪過ぎるそれを、常に持て余してきた。


「まあいい、お前の仕事は補佐だ。それに身体能力は悪くない、精々こき使ってやるさ」

「よろしくお願いします」


 ヒーローになり得る、能力を持つものは総じて身体能力にも優れる。常人の倍以上はある力は、それだけで脅威となりうる。正しく使えば大きな武器ともなりえるが。


「そうそう、我々の存在意義、もう一つあってな」

「それは?」

「相手が強い、そうであると推測される場合に、出動が要請される。まあ断れるわけもないのだがな、所謂『捨て駒』だよ」

「ご愁傷様」


 デットがくつろいだまま、慰めの言葉を投げかけた。


「お二人の能力は?」

「私が『強化』、デットが『洗脳』だ」

「“狂化”が正しいのでは?」

「お前こそ訂正しなくて良いのか?」

「……嘘は言っていないでしょう」


 愉快な会話を聞いて、クレインはテッドの仕事内容がおおよそ想像できた。相手を始末できない場合は、“そういう”手段――命ではなく、心を破壊する――が用いられるのだ。これは公然と出来る訳がない。それとオブレイナの能力はともかく、性格に難があるようなのも理解した。


「あだっ」

「今失礼なことを考えていたな」

「今の会話で思わないわけ無いでしょうに」


 オブレイナがふうと息を吐いて、横の雑に物が積み上げられた机の中から、一つのファイルを手に取り、開いてみせた。


「仕事内容の説明、任せた」

「あいあい、害者がこれとこれ、場所がここ、本部の推測がこれで、命令はいつもの」

「……?」


 端的すぎて困惑したクレイン、自分でファイルを受け取ると概要を確認した。


「被害者はいずれも浮浪者、困窮者。社会的弱者で、犯行現場は人通りの少ない河川敷など。本部の見解は――」


 容疑者、イービルの情報はデータベースには無し。能力は局所的な重力の変動、強度、効力は不明……。数少ない目撃者の証言、見た目の特徴は、黒い衣服に大きく割れた笑みの仮面。


「――つまり、ほぼ情報なしってこと、それでいつもの命令とは……」

「敵の排除。まあ殺せってことさ」


 デットの言葉を横取りして、非難の眼差しを受けるが痛痒に介さないオブレイナ。


「簡単だろ?」

「……」

「ドン引きしてますよ、隊長殿」

「すぐに慣れるさ」


 前もった情報、出会ってからのこの一時間ほどで、自分が警官から遠ざかっているのを感じたクレイン。しかし最後にオブレイナが言った言葉が辛うじてその意識を押しとどめた。


「だが忘れるなよ、我々はあくまでも『警官』、市民の盾だ。その意義、根幹を違えるな」

「……だそうで」

「分かりました」


 拳を握り、覚悟を決めたクレインだった。


「では捜査は今から……?」

「そうだ、行くぞデット」

「了解」

「あの、なにか宛があるのですか?」

「あるわけ無いだろう」

「捜査は足から、基本でしょ」


 クレインは決めた覚悟が霧散するのを、必死で堪えた。

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