レジェンド・オブ・イービル

バルバロ

裁く者 レナード編

プロローグ

 何時もの通りを歩く。ここは変わらない、いいや寧ろどんどん酷くなっている。所謂いわゆる捨てられた街だ。薄汚いアスファルト、彷徨く浮浪者。俺の手にはクソ不味いコーヒー。急な雨の所為で気に入っていた白いトレンチコートはグシャグシャで、すっかりねずみ色だ。

 どぶ色のハット帽を被り直すと窓の割れたレストランに入る。親父がいつも通り湿気た顔をしながら不味い飯を用意していた。待っている間の無聊ぶりょうを慰めたいが、ここには飾り気のないテーブル以外に何もない。

 しかし今日は珍しいことに先客がいた。何を思ったかガキを連れたおっさんが飯を食っている。そしてガキが持っている、呼んでいるコミックが目に入った。


『ザ・トップ』


 現実にいた男を描いた物語。誇張が酷すぎるが、あいつの人気はコミックよりもずっと上だった。

 伸びたパスタが目の前に置かれ、手早く食べると足早に店を出た。すると向かい路地にたむろしている生意気そうな、まだ十代半ばに見えるガキが三人。後を振り返ると父親と息子は未だ店内にいた。それを尻目に俺は一人薄暗い街へと消えていく。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






トップ・ザ・ヒーロースクールの校長ニール・グレイマンは、常に浮かべている微笑みのままで茶をすする。机を挟んで向いに居るのは警備会社の重役だ。彼にも茶は出されているが一口つけたのみで置かれている。


「それで、昨期の我が卒業生たちはどうですかな」

「流石はニールさんの所の子達だ、皆優秀で現場からの評判もいいですよ」


「そうですかそれは良かった」

「ええ、特に態度が良いと。貴校の指導の賜物ですよ」


「おお、そう言って頂けると嬉しいものですな」

「ただ……」


 この後に続く言葉は決してポジティブなものではないと、ニールは分かっている。


「貴校の所為ばかりではありませんが、いささか数が足りませんで」

「むう……」


 腕組みをして渋い表情を作ってみせる。


「その分質は高いと、貴方も先日仰っていたではありませんか」

「それは間違いありません。しかしどうにも、『イービル』の増加にどこも追いついていないようで」


『ヒーロー』と『イービル』。これは昔、光と影だった。

 ニールは顔を上げ立ち上がり、後ろの窓から見えるザ・トップの像を懐かしむように見る。校長室にはヒーローの人形やポスターが多く飾られているが、ザ・トップのものが群を抜いて多い。これが校長の意向が多く反映されており、校内にもいくつか存在する。


「昔は、昔はイービルにも『矜持きょうじ』があった。だが今のあれはなんだ、チンピラと変わらんではないか!」

「まさに、仰る通り」


 二人の顔には怒りがあった。

 この世には超人がいる。それはそうでない一般人を守るためにいる『ヒーロー』と社会に害をなす『イービル』。そしてどちらにも含まれないその他に分かれていた。ヒーローとイービルの間には一種のプロレス、暗黙の敵対関係があった。戦う時はお互いに全力で、しかし命は奪わず。とは言えイービルの行いは感化できるものではなく、一般人の被害はそう少なくなかった。

 その中で一際輝きを放ったのが『ザ・トップ』だった。目を見張る力と類まれなる勇気の持ち主であった彼は多くのイービルを打倒し、一般人も、同じヒーローからさえも尊敬を集める存在だった。

 しかしある日、彼は命を落とす。それも並ならぬイービルではなく、それを成したイービルは十代の非行少年達だった。超人で、尚且つイービルであった彼らはザ・トップが戦い終えて一息ついた所を襲い、囲んで袋叩きにした。

 路上に横たわるザ・トップの姿は、彼の功績に対してあまりにも無残な姿であった。そして更なる問題は、ある時を境にイービルが爆発的に増加しだしたのだ。割合にして少数だった、無軌道なイービルが多くなりヒーローを上回り始めた。何よりそれらは“強かった”。若いイービルでも中堅のヒーローを圧し、徒党を組めば歴戦の戦士をさえ倒してしまった。


 社会は絶望し、混乱に陥った。結果街は一都に集中し、その中で人々は暮らしている。その街に入れなかった者達は、混沌とかした外の世界でイービルに怯えている。

 それを改善するための一つにこの学校がある。


「ザ・トップが死んでから十五年、イービルの増加は留まることを知らない……」

「だからこそ、より多くのヒーローが必要なのです」


 後ろ手に手を組み、ゆっくりと振り返るニール。


「いや、我が校の方針である『再建』に未熟なヒーローは入りません」

「……そうですか。ですが知っておいて頂きたい、イービルはより先鋭化しています。貴校の生徒は万能ですが、最近はてこずる場面も増えているようです」


 それにニールは返さなかった。

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