異世界ファンタジーの美少年王が、うちの庭で寝ていた件について

斉藤希有介

令和に美少年王キター!

我が家の庭のエンデュミオン

 とんでもない美形がそこにいた。


「な、なんじゃ、この美形は……!」


 我が家の庭に置かれたハンモック(自立式。鉄パイプ製の台座に渡すタイプ)で寝ていた金髪の少年は、物憂げに眉根をよせ、真珠の唇からバラ色の吐息をもらした。


 小学生の頃から趣味はラノベで、高校生になった今もお小遣いの範囲内で月に三~四冊を愛読している。


 恋愛描写のあるラノベを読むたび、「まぁた“信じられないぐらい”まつ毛が長いイケメン出た! たまにはまつ毛の短いイケメンはいないんかい」なんて笑っていたけど、事ここに至り、わたくし塚本ひまわりは考えを改め申した。


 美形はまつ毛が長い!


 爪楊枝どころか細いストローぐらいなら余裕で乗りそうなまつ毛は、当然のごとく金髪で、太陽に透けて輝いている。日本人コスプレイヤーがどうあっても再現できない、宝石の美だ。


 あ。見とれている場合じゃない。なんでうちで寝ているのかは知らないけど、さっさと出ていってもらわないと。


「あ、あのぉ。すみません。ここ、うちの庭なんですけど……」


 だが、気持ちよさそうに寝ているハンモックの少年はいくら揺すっても目を覚ます気配がない。まったく。どんだけぐっすりなんだよ。警戒心などまるでないかのように眠るその姿は、うちのモルトが子犬だったころにそっくりだ。


 酔っ払いなのかな? それで昨日、うちに上がり込んで寝ちゃったとか? でも、私と歳はそう変わらないぐらいに見える。こんなに無防備なのに、まさか空き巣……なわけもないだろうし。


「あの、起きて……。学校行かなきゃ」


 今日はゴールデンウィーク前最後の土曜日。早く起きてもらわないと遅刻してしまう。明日なら、もう少し寝かせてあげられたかもしれないけど。


 ゴールデンウィークに入ったら、ようやく人心地つける。買ったまま遊べていない新作ゲームにも手を出せる。授業がある日はいつも、ゲームなんてしている暇はなかったからなぁ……。それもこれも、我が家には私がいないと何にもできない半ニートがいるせいで。


「おぉ~い、ひまちゃん。ちょっと見てくれるか」


 家の中から半ニート、もといパパの声がした。


「今日パパ、打ち合わせなんだよ~。ひまにチェックしてもらわないと」


 滅多に外に出ないパパの、外行きの洋服をチェックするのは私の役目だ。一度、真っ黄色のダボダボスウェットで打ち合わせに行こうとして、慌てて止めたことがある。


 それ以来、やつのコーディネートに関しては全責任を丸投げされた。ま、あいつはそういうやつよ。私だってファッションに興味があるわけじゃないし、常識的にあり得ない格好だけ阻止できればそれでいいので、適当にやっている。


「ここだよーっ! パパ、それより、モルトにご飯あげてくれた?!」


「あーっ! ごめ、いや、忘れてたわけじゃ……」


「おんっ、おんっ!」


 やっぱり。あいつ、忘れてたな? モルトの世話はパパの仕事という約束で飼い始めたのに。モルトが嬉しそうにパパの周りを駆け回る音がする。


 さて、どうしよう。パパの騒音で、美形が起こされるのが忍びなくなった。


 空き巣……じゃないよね? 戸締りをきちんとしておけば、多分大丈夫かな。サンダルを脱いで、掃き出し窓からリビングに入る。さりげなく、少年を隠すようにカーテンを引いておいた。


「あ。ひまちゃん、パパ今日遅くなるから、モルトの散歩お願い」


「おっけー。……モ~ルト! 今日はお姉ちゃんとお散歩だよ! うりうり~」


「おんっ、おんっ! へっへっへっ」


 もう図体はだいぶデカいのに子犬みたいにはしゃぐハスキー犬をひと撫でして、二階からガーゼケットを取ってきた。


「ひまちゃん、その布団、何?」


「あ、パパ。ちょっとそこで気をつけ。とりあえず、半ズボンはやめて。後は、うーん。ま、いいでしょ。吉田さんも細かいこと言う人じゃないし。下はこないだの黒いのに替えて、いってらっしゃい!」


「え、あ、うん」


「ほら早く。着替えた着替えた」


 パパを二階に追いやって、ハンモックの少年を隠すようにガーゼケットをかける。春先ではあるけど、まだちょっと寒い。目が覚めたら勝手に出ていくだろう。ガーゼケットはハンモックにかけておいてくれればいい。


「ひま~、着替えたよ~。パパ、先に出るからね」


「じゃ、モルト。行ってくるね!」


 こうして、私たち父娘は慌ただしく家を飛び出した。

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